鈴木あつし:非正規雇用を「我々」と零した国会議員 - 国民民主党・挑戦者たちの分光分析
「これで、我々…本当に非正規で働いている人達ってのは―――」
2023年2月6日、衆議院予算委員会。
質疑に立つその議員は、涙をにじませた。
厚生労働大臣から、『非正規雇用の無期転換ではなく、正規化を促進する』との答弁を引き出しての一幕だ。
彼は、「我々」と言った。
用意された言葉ではないだろう。
我々、と言い、そして「非正規で働いている人達」と言い直した。
言わずもがな、国会議員は非正規労働者ではない。
彼もまた然り。
なぜ彼は、「我々」と言ったのだろうか。
そこに、どんな思いがあったのか。
答えに迫るべく、2023年3月某日、彼の事務所を訪問し、取材を行った。本稿は、そのインタビューをもとに、ある種の報告文学として再構築したものである。
彼の周りには、壁がない:鈴木あつし事務所への初訪問
取材当日の何日か前から、話を始めよう。
本取材の前に、別件の挨拶も兼ねて、僕は鈴木あつし事務所を訪れていた。
国会議員の事務所を訪問する。おそらくは多くの人々にとって、人生の中で、あまり得ることのない機会ではないだろうか。御多分に漏れず、僕もまたそうだった。
鈴木あつし事務所の扉を開けるまでは―――やや芝居掛かった表現をすれば―――国会議員の事務所とは、このようなものだとイメージしていた。
革張りのソファ、重厚感あふれるローテーブル。背の高い観葉植物。整然と並べられた事務机にスタッフたちが粛々と向かい、高級なスーツに身を包んだ議員と、直立不動の秘書。先生、聞いて下さい。先生、お願いします。陳情に来た市民たちが、涙ながらに訴える。先生、先生―――。
果たして、はじめて踏み入れた鈴木あつし事務所には、それらは何一つとしてなかった。革張りのソファ、なし。重厚感あふれるローテーブル、なし。背の高い観葉植物、なし。そして、高級なスーツに身を包んだ議員もいなければ、直立不動の秘書もいなかった。
あったのは、大量ののぼりとポスター、チラシ。選挙などの運動に使う備品だろう。そこらじゅうに積み上がり、ひしめいている。きりりと姿勢を決める玉木雄一郎代表が写った国民民主党のポスターの前に、庶民的なお菓子。事務デスクとホワイトボードに、書類の束。まるで、地元の中小企業の事務所みたいだ。それが第一印象だった。
そして、その事務所の片隅で、思い思いに椅子に座り、楽しげに談笑する人々の姿。年齢は20代、30代、40代が中心だろうか。カジュアルな姿でくつろいでいる。
正直に言えば、この時、僕はまったく―――状況を把握できていなかった。この人たちはボランティア・スタッフだろうか。鈴木あつし議員の支援者?それとも、何か陳情に来られた方々だろうか。
その輪に少し入ってみて、やがてわかった。答えはどれでもあり、どれでもなかった。街頭演説を手伝いに来た人もいれば、ただただ雑談をしに来ただけの人もいた。そして雑談の中で、趣味の話題と同じ空気で、政治の話も交わされていた。
何より、そこには壁がなかった。
偶然その場にいた人々に聞いた、鈴木あつし議員と国民民主党の印象
取材の許可を得て、2023年3月某日。改めて鈴木あつし事務所を訪問した。
取材当日も、鈴木あつし事務所には、何名かの“雑談に来た人々”が、ごく自然体でそこにいた。良い機会だ。僕は目的を告げて記事掲載の許可を取り、彼らと少し話をしてみた。
一人は、今日、はじめて鈴木あつし事務所を訪問された男性。あまりにその場に馴染んでおり、僕はてっきり、常連の方だと思っていた。しかし、こうして事務所に訪れるのも、鈴木あつし議員と向き合ってお話をするのも、初めてだという。彼にまず、率直な感想を伺ってみた。
「国民民主党の議員さん全体に言えるのかもしれませんが…。対話を重ねるとか、声を聞いてくれるとか、そういったことがとても親身というか。とても話しやすいし、信頼感があるんですよね。」
そしてもう一人。鈴木あつし議員を「あっちゃん」と親し気に呼んでいる男性にも、お話を伺った。僕はてっきり彼のことを、鈴木あつし議員の古いご友人だと思い込んでいたのだが…どうも、そうではないらしい。
彼はもともと、業務上の必要に迫られ、話を聞いてくれる国会議員を探して、いろいろな人に声を掛けていた時期があったそうだ。その時、もっとも親身に話を聞いてくれたのが、鈴木あつし議員だった。そんな経緯をお伺いしてから、僕は少し聞いてみた。
「最初、鈴木あつし議員に話を持って行った時、まさかその後、“あっちゃん”と呼ぶ日が来るとは?」
「まったく思っていなかったですね。」
朗らかな笑いが広がる。
そんな僕らのやり取りを、少し気恥しそうに、鈴木あつし議員は眺めていた。
政治の原点は、非正規問題:鈴木あつし議員の語る、自らの過去
その場に居合わせた懐の深い人々の助けで、すっかり打ち解けた雰囲気ができた。この上の無い取材環境だ。それでは、鈴木あつし議員、本人へのインタビューをはじめよう。
「すみません、お待たせいたしました。」
改めてそう仕切り直し、鈴木あつし議員と向かい合う。
あらかじめ用意しておいた質問は不要だと気付くのに、3分もかからなかった。鈴木あつし議員は―――これまで、この「国民民主党 挑戦者たちの分光分析」シリーズでお話を伺ってきた人々とまったく同じように―――飾らず、気取らず、隠さず、全ての本心のまま、話を聞かせてくれた。
たまたま交通事故に遭わなければ、今でも「あの場所」で働いていた
最初の話題は、「どういった経緯で国会議員になったのか」。非正規から国会議員へ。あまり見ることのないキャリア・パスだ。
きっかけは意外にも、交通事故だったそうだ。
当時、非正規で働いていた鈴木あつし青年は、父親の勧めで、小池百合子氏の主催する「希望の塾」への参加を予定していた。しかし―――
鈴木議員 : 仕事が非正規だと、シフトが自由にならないんです。(希望の塾へ参加するために)職場に休み希望を出してたんですけど、書き直されちゃって。有給申請をしてるんだけど、申請を消されちゃって。普通にシフト入れられてたので、「ああ、これ行けないな」と思ってたんです。
でも、たまたま事故に遭って、休職することになって。
休職中だからあまり良くないんだけど、病院行って、希望の塾に行く、っていうことをやったんですね。
その時のことを振り返り、彼は、ぽつりと言った。
「あの時、たまたま事故に遭わなければ、今でもまだ非正規で、あの場所で働いていたと思います。」
彼は始終、この話を、笑い飛ばしながら話していた。
僕もつられて笑った。
笑える話でも、笑って良い話でもないけれど、それでも。
数奇な巡り合わせにより、国会議員へ
希望の塾への入塾を契機に、鈴木あつし議員は、数奇な巡り合わせを辿ることになる。声をかけられて政治家のスタッフになるも、当時あった希望の党と立憲民主党の政局の余波を受け、無職になりかける。しかし、「次の仕事が無いのなら党職員をやって下さい」と別の方から声を掛けられ、自由党の職員へ。その後、(旧)国民民主党の国対職員となり、第49回衆議院議員総選挙にて比例当選し、現在に至る。
非正規労働、交通事故、政治塾、政治家スタッフ、無職、政党職員、そして国会議員。数奇な巡り合わせの中で、気が付いたらこうなっていた…そんな印象なのかもしれない。
しかし、彼には一つの志があった。
最初は、「お願いする人を探していた」 - 非正規雇用問題の解決のために
記憶を辿るように、鈴木あつし議員は続ける。
鈴木議員 : あの時は非正規でずっと働いていて、父親とかにも「一生この仕事する気かお前」って。確かによく考えたら、一生、非正規で、給料も上がらず、朝から晩まで仕事してできるか、って言ったら無理なんですよ。
当時まだ20代半ばで、体力があったから、ああやって重労働ができたけれど、あれは身体が若くないとできないんですよ。
これは、非正規っていう仕組み自体が、よくない。
これを何とかしようと思ったら、政治家にお願いするしかない。
だから最初は、お願いする人を探してたんですよ。
それで色々な人と話をしていて、自分で何とかするしかないって思ったんですね。
なぜ、そう思ったのか。
非正規労働の実像を、その肌感覚を捉えている政治家が、誰一人として居ないから―――とは言わなかったものの、当時の鈴木あつし青年が直面したであろう、その忸怩たる思いが、言葉の隅に少しだけ滲んだ。
非正規時代の思い出
「自分で何とかするしかない」。
非正規雇用問題の解決をライフワークと決め、政治家の道へと進んだ、鈴木あつし議員。
しかし自身の経験を振り返りながら、彼は何度も、この言葉を口にした。
「外に出てみて、はじめて気が付く」
「その場にいると、わからない」
鈴木議員 : そもそも、非正規で働くことで、どういう影響があるのかが、“働いていた自分にもわからなかった"んですよ。なぜかというと、正社員の経験がほとんどなかったから。正社員と非正規雇用に、どんな差があって、どういう不利益に自分が今、置かれているのかも、わからなかったんです。
給料少ないけど、みんな少ないものだと思っていたし。
労働組合の会報みたいなのがロッカー室に飾ってあって、「ボーナスは4.2ヵ月分を確保」みたいに書いてある。(非正規雇用だと)ボーナスなんて出ないから、わかんない。
だから、自分がどれだけ、大変な仕事をしているのか、とか。
雇用関係がどれだけ不安定なのか、とか。
その場にいると気が付かないんです。
外に出てみて、「非正規ってこんなに不安定だったんだ」と気が付くんですね。抜けてみて、あの時こういう問題があったんだと、はじめて認識できた。
“不安定”という“安定”:生活サイクルが固まってしまう
非正規から抜け出すことの難しさ。
彼自身、交通事故というトラブルが無ければ、今もまだ非正規で働いていたかもしれない。
その理由の一つとして、生活サイクルの固定化とも言うべき現象を、鈴木あつし議員は経験から指摘する。その内容はまさに、僕自身が非正規時代に経験した感覚と、驚くほど一致していた。
鈴木議員 : 一日のサイクルの始まりが、一般的な仕事をしている人だと、出社から始まるんですよ。でも僕ら(非正規)は、家に帰るところから始まるんです。感覚として。家帰って飯食って風呂入って寝る。それは準備期間であって、翌日出勤するために家に帰ってる。そういう感覚になっちゃう。
筆者 : まるでアリジゴクみたいですよね。でも、アリジゴクに落ちているって、自分でまったく気が付けない、というか…。今のこの生活が、当たり前だと思っちゃってる。周りも同じような境遇の人間ばかりですし。
鈴木議員:そうそう。(今いる非正規雇用という環境が)アリジゴクの穴だとは認識していない。
それこそ本当に、『いつまでこれやってるんだろう』と思いながらも、解決する具体的な方法が思いつかないんですよ。だって、急に正社員にしてくれるわけじゃないし。苦労してこれに耐えても意味ないけれど、辞めたとしても転職うまくいくなんて保証もないし。どこに目標設定するかができてないから、課題を解決する方法なんか、考えられない。
筆者 : 理屈では不安定だってわかっているけれど、感覚としては安定しちゃってるんですよね。不安定な状況で安定しちゃってる。
鈴木議員 : ルーチンが完成してしまっているから。生活基盤がそれで固まっちゃっているんです。
筆者 : で、何かでちょっとあると、すぐ翌月、ケータイ止まると。
鈴木議員 : ケータイもねぇ、だいたい18日とか20日ぐらいに止まるんですよ。25日給料日だから、その5日間ぐらい、電話できないんですよね。
筆者 : それで友達に「おおごめん、携帯止まってたわ!」って。
鈴木議員 : そうそう。それが当たり前になっちゃうんですよね。だから、(非正規を脱出して)国民民主党の職員になってからも、生活サイクルが変えられなかったから、度々ケータイ止まってたけれども(笑)。
この話を聞きながら―――そして、僕自身の経験を思い出しながら、昨年、うすきひでたけ北海道連代表(当時は候補者)へのインタビューを思い出していた。
「あまりにも大きな落とし穴」。
うすきひでたけ道連代表の語ったこの言葉が、鈴木あつし議員との対話の中で出てきた「アリジゴク」という言葉と重なる。
ただし違いは―――“そこに落ちている”ということを、当事者は自覚できない。
いや。自覚できない、という言い方は、少し違う。
振り返れば、僕らはずっと解っていた。
かつて非正規で働いていた、あの頃の僕らにも。
『寝る前に来るやつ』:いつまでこれやってるんだろう、というゾワゾワした感覚
鈴木あつし議員と僕は、どちらも非正規の経験者だ。
働いていた場所も、職種も、年齢も違う。しかしそれでも、あの頃に味わった“あの感覚“は、きっと共有している。
―――今でもよく覚えている。
鈴木議員 : あの時に…非正規をやってた時に僕らが感じていた、あのよくわからないゾクゾクした違和感みたいなやつ…。後ろめたく感じる必要は全然ないんだけど、「この仕事してて本当に大丈夫か?」みたいな気分ですよね。
筆者 : 明日仕事に行くために、寝るんですけれども。風呂入って電気消して布団に入って、それから来るやつですよね。
鈴木議員 : そう!寝る前に来るやつ!
朝5時出勤で夜11時までだったから。11時に帰って飯食ったり色々すると、だいたい1時ぐらいです。3時には起きないといけないから、その2時間、とりあえず寝るために横になって気付くんですね。
いつまでこれ、やらなきゃいけないんだろう、って。
確かにそうだった。
今でも鮮明に思い出せる。電気を消した、真っ暗なワンルーム。布団の中で、天井を見つめている僕。あのゾワゾワした感覚。明日は朝、5時には起きて、仕事に行って…明後日は、来週は、来月は、来年は―――おいおい、ちょっと待ってくれよ。いつまで続くんだ?
しかし、そこから先を考える前に、睡魔がやってくる。
そして起きたらすぐ、仕事に行かなければいけない。
考える余裕もない。
ただ、感覚だけがある。
それでも、「何もできなかった」僕ら
思えばあの頃から――――。
非正規で働いていた頃から、僕らにはわかっていた。このままじゃいけない。何かしなきゃいけない。でも、僕らは何もできなかった。鈴木あつし議員も、僕もそうだった。
鈴木議員 : たまにある休みの時とかに、空しくなるんですよね。
筆者 : そうでした。たまにある休みの日とかが、すごく空しいんですよね。何をやるにも、お金もないですし。
鈴木議員 : なんにもできない。家にいるしかない。そうすると不思議な感覚で…仕事してたほうが、まだマシなぐらいですよね。
筆者 : 一日の休みで勉強して、それで何かなるか?っていうと、別に何にもならない…って思っちゃう。頑張れる人なら、その貴重な一日でコツコツ勉強していけば、いつか非正規から脱出できる、みたいな理屈はあるかもしれないですけど…。
鈴木議員 : 実際にそれをやっている人達もいたんでしょうね。だけど、僕はできなかった。
筆者 : 僕もできませんでした。
鈴木議員 : あの仕事から帰ってからの時間を使うこともできなかったし、あの休みの日、一日を何に使うかって、難しい選択でした。丸一日休暇って言われても…その日はゆっくり寝れるから、だいたい昼前ぐらいまで寝ちゃってるし。あと半日ぐらいでしょう?何すると言っても、お金もないから。でも家に居ると落ち着かないから、ちょっと散歩するぐらいで。ジュース買うぐらいしか、お金もありませんからね。
筆者 : で、そのジュース買うのに120円使っちゃった…って、後悔するんですよね。ここで120円も使っちゃった、と。
鈴木議員 : たまに職場に偉い人が来て、みんなにスポーツドリンクをくれたりするんですよ。それを飲まないで取っておく。本当にここぞという時に飲むために、ロッカーに入れておいて。
筆者 : 仕事の休憩中に缶ジュースを飲むとか、非正規で働いてた時は、究極の選択でしたよね。
鈴木議員 : 水道水で間に合わせるか、どうするか。僕、ペットボトル持ち歩いてましたもんね。水筒を買うお金が無いから。
筆者 : そうそう!ラベル剥がしたペットボトルに水道水を入れて…
鈴木議員 : (塩分補給のために)塩とか入れて。ポカリとか買えないから。こういう生活をしてるとね、リスキリングなんて、考えられない。考えられる人もいたんだろうけど、僕はできなかった。
僕もそうだった。
何もできなかった。
何かをするという選択肢すら、思い浮かばなかった。
できない人をどう助けるかが、政治の仕事
そうして話は、まさに昨今話題の「リスキリング」に及ぶ。
リスキリング。社会人の学び直し。人への投資。人材開発。国民民主党が早くから訴え、2022年の臨時国会にて、政府の経済対策にも反映された政策で、僕自身も支持している。
鈴木あつし議員も、こう話す。
「リスキリングを“できる状態にしておくこと”が重要なんです。再チャレンジをする機会を奪うわけにはいかないので。リスキリングは出来る状態にしておくべきです。」
しかし同時に―――。
「できない人をどう助けるかが、政治の仕事なので。」
鈴木議員 : 一番最初の出発点が非正規雇用だと、そもそも「リスキリング」まで達しないんですよ。非正規で働いていると。家帰って飯食って寝て、起きて仕事に行く。そのサイクルが決まっちゃうんです。そのサイクルの中で生活していくので、リスキリングなんて考える余裕もないんです。そんな余裕は、全然ありませんでした。
筆者 : 確かに…リスキリングって、みんながみんな出来るわけじゃあないですよね。世の中の仕事自体も、技術革新で、どんどん高度化していっていますし。それに対応するためにリスキリングを、と言われても、万人ができるかと言われると…。
鈴木議員 : 僕がやっていた(肉体労働の)仕事だって、今はもうパワードスーツを付けてやってるんですよ。そのうち、パワードスーツが勝手に動くようになったら、人間いらないですよね。ロボットが代替する。たぶん、その方が正確なんですよね。
僕らは人間だから、やっぱり一年のうちに何回か、大きなミスをするんですよ。でもロボットがやれば、精度も高くなると思います。
―――この取材を行った数日後、OPEN AI社のChatGPTが大きな話題になった。ホワイトカラーの仕事の大部分が、大きな影響を受ける。自民党「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」の報告は、衝撃をもって世論に迎えられた。
技術革新がさらに進めば、人の手で行う必要のある仕事は、より高度化していくだろう。この競争に追い付くことは、誰にでもできることではない。
急速な技術革新を見せる人工知能と、リスキリングの暇もない非正規労働者の境遇。この強烈なコントラストに、社会は、そして政治は、どう向き合うのか―――。その答えは拙速に出すべきではないだろう。しかし、残された時間は、もうあと僅かも無いのかもしれない。
転職支援と、非正規雇用の正規化に向けて - 鈴木あつし議員の語る政策
リスキリングの必要性はある。しかし、それと転職支援とは、また別の話だ。鈴木あつし議員は、そう指摘する。
そして、政府もまだ見落としている、いくつかの観点を示してくれた。
失業保険。就業意欲喪失者の実態把握。そして、非正規の賃上げに潜む罠。
なぜ自己都合退職では、失業保険が下りるまで2~3ヵ月の期間が必要なのか
転職を考える上で大きな壁になるのが、失業保険の給付制限だ。
自己都合退職の場合、原則として3ヵ月。令和2年10月1日以降は、5年のうち2回までなら2ケ月まで短縮できるようになった。
しかしそれでも、2~3ヵ月も無収入ではいられない。
特に非正規雇用の場合は、貯金もないケースも珍しくはない。
一体、この給付制限は何故あるのか。
鈴木議員 : 調べましたが、「雇用の安定化を図るため」とか、そういった話のようです。3ヵ月我慢しないと、雇用保険をもらえないって考えると、離職をためらうってことですよね。
筆者 : それは…果たして、雇用の安定化って言えるんでしょうか?
鈴木議員 : 「失業はしていない」ということでしょうね。失意はしているかもしれないけれど、失業はしていない。そういう状況になっているでしょうね。お役所的な考え方では、そうなるでしょう。でも、これでは誰も救われません。
政府が見落としている「就業意欲喪失者」
そしてもう一つ。
政府が見落としている点があると、鈴木あつし議員は指摘する。
失業者でもなく、引きこもりでもない、ただ「仕事をすることが嫌になってしまった」人の存在だ。おそらくは―――実態として、非正規労働者の多くが当該するのではないか、と考えられる。
鈴木議員 : 完全に失業している人と、引きこもりの人数は、政府も数えている。ただ、就業意欲喪失者という言葉があるんですが、仕事すること自体が嫌になっちゃった、という人は、どのくらい居るのか政府に質問したんです。そうしたら、統計を取っていないと。
これについて、取材を終えた後、僕も少し調べてみた。
アメリカ労働局では、「自分の仕事が存在しない、あるいは自分と合致した仕事がないと考えているため、特に現在仕事を探していない者」と定義している。
またユーロスタット(ECの統計機関)では、就業意欲喪失者を以下の3分類で定義しているようだ。
・不完全雇用のパートタイム労働者
・仕事を探しているがすぐには仕事に就けない失業者
・就業可能であるが、就職活動を行っていない者
「不完全雇用のパートタイム労働者」が含まれている点に着目したい。
即ち、今の仕事が“自分に合致している”とは思わないが、転職活動を行っていない―――僕らの経験から言えば、転職活動を行いたくても行えない、あるいはその発想にすら至る余裕の無い人々、とでも言おうか。
「望まない非正規労働者」を、より高い解像度で捉えることが可能な概念に思える。しかし、我が国政府の労働政策からは、この観点が抜け落ちてしまっているようだ。
「非正規の賃上げ」に潜む罠
さらに彼は、非正規の賃上げについても警鐘を鳴らす。
非正規雇用者の処遇改善が進むことで、非正規雇用の固定化が進むのではないか、との懸念があるのだ。
鈴木議員 : 非正規の賃上げというより、正規にしろ、というのが私の見解ですね。
(とりわけ派遣社員の場合、)非正規の賃上げというのは、非正規という仕組みを作ったころの議論からすれば本末転倒でして。
そもそもは、特定の技能を持った人に、短期的に来てもらうと。そういう制度の使い方をするために、非正規雇用という仕組みを作ったのに、これを全ての業種に展開してしまった。そのせいで全ての業種で、長期的に安い賃金で不安定に労働力を使うことが出来るようになってしまった。そもそもこれ、制度の作り方が問題なんです。
一方で、この非正規の賃金を“上げてしまう”と、「正規にならなくて良いじゃないか」と。そういう話になってしまう恐れもあります。だから、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるように、私には思えます。
賃上げ自体は、良いことですよ。それに会社が応じるのも、すごく良いことなんです。ただ、それをするのであれば、全員、正規雇用にしたら?と私は思いますね。コストカットのために非正規をずっと維持し続けるのは、いかがなものかと。
賃上げ自体は良い。
しかし―――非正規労働者が、“非正規労働者のまま“賃金が上がることで、「給料を上げたんだから、正規にならなくても良いだろう」という方向に進んでしまわないか。そういった懸念は、確かにあるように思う。
もちろん、生活と仕事のバランスなど、さまざまな事情によって、自ら希望してパートタイムやアルバイトで働いている人々もいる。しかし一方で派遣社員など、“正社員と同じ仕事を、同じように行っているのに、待遇は非正規”という形が存在してしまっているのも事実だ。
本来であれば、特別な技能を持った専門職性の高い人材を、必要な時に短期で雇用するための制度が、派遣社員だったはずだ。しかしそれが今では、「雇用の調整弁」と言われてしまっている。
鈴木あつし議員は、こうも指摘していた。
「制度の本来の趣旨から言えば、派遣社員を『雇用の調整弁』と呼ぶこと自体がおかしい」
そして―――この“おかしい”運用になってしまっている派遣社員が、本来は正社員として雇用されるべき働きをしている人々が、賃上げが進むことで、返って正規雇用の道から遠ざけられてしまうのではないか。
そんな懸念は無い、とは言い切れないリアルさを感じる。
非正規雇用の無期転換ではなく「正規化を促進」 - 国会で勝ち取った政府答弁
非正規雇用を巡る諸課題は、まだまだ山積している。その改善は一進一退。というより、そもそも社会が、そして政治が、問題の実態を捉えきれていないようにも思う。
しかしそれでも、鈴木あつし議員は、“かつて非正規を経験した国会議員”として、一歩一歩、改善を進めている。
その一例をここで紹介したい。
非正規雇用には、大きく分けて「有期雇用」と「無期雇用」がある。有期雇用は、契約期間の定めのある雇用形態。そして無期雇用は、期間の定めのない雇用形態だ。
この「無期雇用」への転換については、労働契約法に定めがある。同一の使用者との間で、有期契約が更新されて通算5年を超えたときに、労働者の申込みによって、無期労働契約に転換されるルールだ。
ただし、無期とはいえど非正規は非正規。その処遇は決して良くはなく、不安定であることにも変わりはない。だからこそ、既存の「無期転換ルール」ではなく、正社員登用を進める必要がある。それが鈴木あつし議員の提案だった。
これに対して政府は、満額回答と言って良い答弁を示した。
単に無期労働契約になるのではなく、いわゆる正社員としての待遇。
有期から正社員というだけではなくて、無期から例えば正社員に転換する場合も含めて助成。
正社員として働いていくことを希望する方には正社員になっていただける、そうした支援にしっかり取り組む。
この答弁を受けて、鈴木あつし議員が応じたのが、冒頭に紹介した一言だ。
この場面は、僕も国会中継で見ていた。
「これで、我々…本当に非正規で働いている人達ってのは―――」
星を眺めるようにして。
この一言に込められた思いが、わかる気がする。
夜空に輝く小さな星。そこにあることは知っていても、手を伸ばすどころか、「手を伸ばそう」という発想すらもできなかった、あの日の僕たち。
"持たざる者”の代弁者・鈴木あつし
非正規雇用の問題をどう解決するか。取材は1時間以上に及んだ。鈴木あつし議員から、政策論が次々と溢れてくる。
ハローワーク、労働基準法、外国人技能実習生。
同業種の大手二社を比較して、非正規のまま人を雇い続けた企業より、正社員登用を進めた企業のほうが業績が伸びている、その具体的な事例について。
他にも、公営住宅の入居要件の緩和。非正規の待遇のまま社員寮に入ってしまうと、引っ越しをする資金も時間も余力もなく、抜け出せなくなってしまう。仕事を辞めると住む場所を失ってしまう。この問題への処方箋として、若者世代や単身者も公営住宅に入れるようにするべきではないか。
そんな具体的な政策もあった。
彼の語る政策は、いずれも生々しいほどにリアルだ。
当事者を経験した、鈴木あつし議員ならでは。
もしもこの政策があったら、あの頃の僕は、どれだけ助けられただろうか。そう思わされるものばかりだ。
きっと―――。
衆議院議員・鈴木あつしの中には、まだ「あの頃の僕ら」が居るのだ。
不安定な生活サイクルが固定化されてしまい、アリジゴクの中に居ることすら気づけず、あるいは気づいたとしても何もできず、ただ漠然と、あのゾワゾワした不安を心の片隅に感じながら生きていた、あの頃の僕らが。
だから、彼にはわかる。
本当に必要な政策は何なのか。
あの頃の僕らが―――そしてあの頃の僕らと同じ境遇に、今もなお置かれている人々が、何を必要としているのか。
そしてきっと、国会においては、彼にしか解らない。
非正規で働き、あの生活を経験した国会議員は、鈴木あつしを置いて他にいないからだ。
あの頃の自分が、まだ、心の中に居るからだ。
だから彼は、あの議場で、非正規を「我々」と呼んだ。
おわりに
最後にひとつ。この記事をここまで書き上げた今、僕自身の心境を記しておきたい。
この記事を書くことは、本当に―――今までにない辛さがあった。一週間で書き上げるはずの予定は、二週間、三週間と伸び、ついに一ヵ月もかかってしまった。
なぜならば、これは鈴木あつし議員の話であると同時に、僕自身の話でもあるからだ。僕らは―――年齢も時期も職場も職種も、何もかも違ったけれど、それでも同じ非正規を経験した。電気やガスやケータイが止まるのなんて、当たり前になってしまう、あの生活を。
否が応にも、自分自身の過去と向き合わざるを得ない。
録音した取材記録を確認し、鈴木議員の一言一句を聞くたびに、手が止まった。
―――あれからもう10年以上は経つ。
それでも、あの頃を思い出すたびに、あの「ゾワゾワした感覚」が蘇る。その度に、筆が止まった。
もしかすると彼も―――鈴木あつし議員も、“これ“に向き合いながら。自分自身の過去に向き合う、この困難に立ち向かいながら、政策を練り、議会に立ち、街頭に立ち、訴え続けているのかもしれない。
僕らにとっては過去になった、あの非正規という境遇に、今もなお置かれている人々のために。
それでも尚、朗らかに、国民民主党の仲間たちと笑いながら。
文:Utoka(@utoka_da4)
校正:法堂(@hatocotoco)
--転載・再配布について--
本稿の記事本文の全てについて、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-改変禁止 4.0 国際 の適用を宣言します。
以下のクレジットおよび出典URLを明記の上、非営利目的に限り、自由な転載と再配布を許可します。
・執筆者:Utoka(@utoka_da4)
・出典URL:(https://note.com/utoka/n/na30e57a4be14)
--ご支援のお願い--
本稿の取材および執筆は、全て無償にて行いました。読者の皆様にご支援をお願いし、もって本稿の取材および制作費を充当させていただくと共に、今後の執筆活動の諸経費に当てさせて頂ければと思います。
以下ボタンより、ご支援のほど宜しくお願いいたします。
(※note未登録でもご支援いただけます。)
ここから先は
¥ 500