「年収の壁引き上げ」の政策について、理解の浸透が急務です
Utokaです。
SNSをちらほら眺めておりますが、「年収の壁引き上げ」政策について、理解の浸透が急務だと感じています。
たとえば、昨年12月2日の浅野さとし議員の本会議質疑について、「年収の壁引き上げは、手取りが75万円増える政策ではないのに、75万円増えると誤解させており問題だ」という意見が見受けられます。
実際に見て頂ければわかりますが、浅野さんはここで「もし、皆様がパートで働いている立場だとして」と言っています。この一文から、これは働き控えの解消の話をされていると理解できます。
年収の壁を178万円まで引き上げれば、「103万円の壁」で働き控えていた人が、178万円まで働けるようになります。結果、この状況下にある人にとっては、手取りは年75万円増えます。こうした点が理解されておらず、「誤解を与えている」という誤解を招いているようです。
「年収の壁を引き上げる」政策の意図や効果に対する理解が、まだまだ浸透していないように思います。
また、この政策の交渉についても、「国民民主党は妥協も譲歩もせずゴネているだけでケシカラン!交渉が下手!」という声があるようです。下手かどうかは個人の主観ですから良いのですが、「なぜ妥協や譲歩をしないのか」という点についても、きちんとした説明が必要かと思います。
「最低生活費に課税せず」という古今東西の税制の基本や、税の三原則である「公平・中立・簡素」が求められることは、言わずもがなです。それらに並んで、この政策は複合的な効果が期待されるものの、経済政策の側面も大きいと、個人的には受け止めています。
1.働き控えの解消による労働供給量の増加。僕が昨年行った部分均衡モデルによる分析では、以下の効果が期待できます。
・労働投入量の増加: 控除引き上げによって労働時間が1日4時間から6.1時間に増えると、労働投入量が全体で約2.12%増加
・消費の増加効果: 労働者1人当たり年間62.6万円の所得増加により、消費は約1兆8,386億円増加(GDPの家計消費支出を約0.6%押し上げる効果)
2.物価高騰対策と個人消費の後押し。手取りが増えることで、コストプッシュ・インフレの家計経済への打撃を緩和します。マクロ経済モデルを用いた試算では(乗数効果等も加味して)、民間の消費支出を全体で約5兆744億円程度押し上げる試算となります。
3.家計消費を起点とする経済循環の押し上げ。民間の手取りが幅広く底上げされることで、長らく弱含んでいる個人消費が活性化し、それを起点とする好循環が発生します。これによるマクロ経済への影響は以下の試算となります。
GDPの増加: 消費の増加によってGDPは約2兆2,063億円(220,627億円)押し上げられる見込み。
投資の増加: GDPの増加に伴う投資の増加は約1兆7,650億円。
輸入の増加: 所得増加による輸入の増加は約3兆3,094億円。
労働供給の増加: 所得増加による労働供給の増加は約2,206億円分に相当する労働投入量の増加を引き起こすと見込まれる。
これらは個人的なマクロ経済分析によるものですが、概ね規模感は外していないと思います。モデル設計の詳細等については以下の記事をご覧ください。
逆に言うと、国民民主党が「こだわっている」理由は、「最低生活費に課税せず」「公平・中立・簡素」に加えて、これまで出てきた与党案には、上記で示したような経済効果がまったく期待できないためではないでしょうか。
本記事の執筆時点で行われているG20外相会合では、今年の世界経済の減速をいかに回避するかが、主要な論点の一つとなっていると承知しています。「Gゼロ」リスクや、米国の経済政策によるインフレ圧の高まり、それを見越した主要各国の金融政策など、警戒すべき事象が多いですね。
日本国内に着目すると、業況判断DIの見通しは昨年より良く、物価上昇率見込み2〜2.4%に対して5%の賃上げを見込む企業は全体の約36%と、決して悪い状況ばかりではありません。Rapidusが2mm半導体の試作ラインを今年4月に稼働開始予定など、個別の大規模プロジェクトでも兆しが見えつつあります。
一方で、6~7割の企業は十分な賃上げをできるか不透明であり、物価高騰に追いつく賃上げが可能な企業とそうでない企業との差が歴然と広がることを個人的には懸念しています。
こうした世界経済の流れと、日本経済で今起きていること、そして今後の見通しを踏まえると、
1.働き控えの解消による労働供給量の増加
2.物価高騰対策と個人消費の後押し
3.家計消費を起点とする経済循環の押し上げ
これら3つの政策効果を同時に期待できる「所得制限なしの基礎控除引き上げ」が、ダボスで世界各国から高く評価されたことも不思議ではないと感じます。
同時に、これらの経済効果が期待できない案に対して妥協も譲歩もできないのは当然であり、安易な妥協はむしろ、経済再興のピンチとチャンスの分水嶺である現下の我が国にとって、良い未来を導かないでしょう。
しかしながら、こうした理解は、経済に対する知見と見識をある程度は持ち合わせていないと、まったくもってサッパリわからないはずです。
「人気取りのポピュリズム政策」に見えてしまったり、あるいは単なる「値引き交渉でゴネている人々」のように見えてしまったり、「選挙や政局のための党利党略」と見えてしまう人々が増えるのも、無理はありません。
『178万円という数字にこだわっているのではなく、税制の原則と、経済政策としての政策効果にこだわっている』ということも、理解が及ばない人のほうが多いはずです。
本稿で触れたような内容は、玉木雄一郎議員の発信(たまきチャンネル等)や、各議員の街頭演説会、国政報告会などで断片的に触れられているとは承知しています。
しかし、一元的・体系的・網羅的に、かつ分かりやすく、改めて政策効果や政策意図を説明することが急務ではないでしょうか。
財源論についても、「減税→税収減→収入が減るから節約しなければいけない」という先入観に基づく不安や疑問が多いように思います。個人的に以下の解説記事を書いておきましたが、こうした点についても、より幅広い理解の浸透が必要だと感じています。
国民民主党の皆さん。
「今まで繰り返してきた言い方、説明の仕方、言葉選び」で伝わる人々には、既に伝わっています。政策の伝え方を変えないと、現時点で伝わっていない人々には届かず、響きません。
僕も僕なりに考えてやっていきますから、党としても、政策理解の更なる浸透について、前向きにご検討いただければと思います。