「103万円の壁」引き上げ交渉を見ていて思った、個人的な「最低ライン」

「103万円の壁」引き上げ交渉について、個人的に思うところを書いてみる。

あくまで「個人的に思う」だけであって、そうすべきという主張ではないことを強調しておくが…

・178万円を目指す”3年間での段階的な引き上げ”を許容し、2025年の引き上げは123万円とするが、
・その代わりに「123万円」の内容を基礎控除を+20万円とし、
・住民税の基礎控除を分離せずに同水準まで引き上げる
・さらに、段階的に178万円まで引き上げた後も、実体経済の状況を鑑みて、適宜機動的に税制のリバランスを行うものとする

という方針はどうだろ。

「交渉の最中に何を弱気なことを言っているんだ」とお𠮟りを受けるかもしれないが、僕の心情としては、これは譲歩ではなく哀れみである。自由民主党に対して。今の彼らには、このぐらいしかできないんじゃないか、という諦めでもあるのだ。


おそらく…見ていて何となく思うのだが…自公与党側は、国民民主党が「段階的な引き上げでも良い」と言って、ある意味で折れてくるのを待っているように見える。

イメージとしては、まずは2025年に123万円、2026年に150万円水準で、2027年に178万円…みたいな感じだろう。

この方針には一見するといくつかのメリットもある。一つは、「継続的に税負担が安くなっていく」という短期的な見通しが多くの国民に共通して生まれるため、合理的期待により、投資を後押しする可能性が期待できること。そしてもう一つは、いざ見込み通りにコトが進まなかった時、軌道修正が比較的容易であることだ。

しかし現実には、与党の「123万円案」の中身はほとんどの国民に大した恩恵をもたらさず、景気浮揚策としては期待できない。家計を温め、冷え込んだ個人消費を復活させるという、現時点の経済政策に求められる経済学的な作用がほとんど無いことが問題だ。

こうした問題について詳細は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト・星野氏が詳細に解説しているので、そちらを参照して頂きたい。

https://www.dlri.co.jp/report/macro/400046.html

それともう一つは、「段階的にやると言っても、どうせ政府は途中で反故にするだろう」と政府を信用していない人も大勢いるであろうことだ。が、これは言い出すとキリがないので、本稿ではこれ以上は触れないことにしよう。


さて、そうした諸々を踏まえて思ったのが、冒頭述べた通りの案だ。

・178万円を目指す”3年間での段階的な引き上げ”を許容し、2025年の引き上げは123万円とするが
・その代わりに「123万円」の内容を基礎控除を+20万円とし、
・住民税の基礎控除を分離せずに同水準まで引き上げる
・さらに、段階的に178万円まで引き上げた後も、実体経済の状況を鑑みて、適宜機動的に税制のリバランスを行うものとする

これを仮に「忍者案」としよう。

こうすればまだ「123万円」という与党案の数字を踏まえつつも(ある意味では、自由民主党のメンツを守ってやりつつも)、実態として減税効果をより幅広く届けることができるし、178万円を目指すという三党合意も踏襲できる。もちろん、一気に178万円に引き上げるほうが景気刺激策としては奏功するであろう。

「忍者案」は経済政策的に十分とは言えない。ただ、このまま「自公案」で押し切られるよりかは多少マシではないかと思うのだ。


最悪のシナリオは、このまま殆ど意味のない「自公123万円案」で押し切られることだ。それは国民民主党にとって最悪ということではなく、国民にとって最悪である。プラス面の経済波及効果はほとんど期待できないが、マイナス面の税収減は起きる。そうして「ほらね?減税しても良いことないでしょ?」という失敗体験が世論に刻み込まれれば、将来的な税制のリバランス(適正化)の可能性すらも潰えてしまう恐れがある。

そうなるぐらいであれば、まだ自公123万円案の内容を幾分かマシなものに修正し、”国民にとっての最悪のシナリオ”を回避するのが最低限の防衛ラインと考えても良いのではないだろうか。


とまあ、そんなことをツラツラと考えた。

繰り返すが、本稿の内容は「こうすべき」という主張ではない。
ただ、そんなことも考えたというだけの話だ。