コンテンポラリーアートとしてのサーカス第四章 Nouveau Cirque(ヌーヴォー・シルク)を支える文化の民主化
第一章〜第三章も併せてお読み頂ければ幸いです。
フランス文化省の基本となるミッション
「人類の、そしてまずフランスの主要な作品に、出来るだけ多くのフランス人が接することが出来るようにし、我々の文化的財産に対するで出来る限り広範な関心を確保し、かつこれらの文化的財産をいっそう豊かにする芸術と精神の作品の創造を助けることをその使命とする。」
と定められています。
これは、1959年に文化省が設立された際に、初代文化大臣となった作家のアンドレ・マルローが示した〝文化の民主化〟政策で、今尚この理念はフランスの文化政策の礎として受け継がれています。
この基本ミッションを基に国家計画として〝文化の家〟(Maison de la culture)は、劇場、映画館、図書館、展示室などの充実した設備をもつ複合文化施設であり、「文化の民主化」の中核事業として、フランス各地で建設されることとなりました。
この2つのグランド・プロジェクトによって、現在のフランスが芸術大国の姿を強固なものとした大きい要因になったのではないでしょうか。
現、エマニュエル・マクロン大統領政権に於ける文化観
フランスでは大統領選挙の際、候補者は必ず選挙公約の中に文化政策の政策方針を訴えます。
現在フランスの大統領であるエマニュエル・マクロンは、文化政策に関して選挙公約でこう述べています。
「文化は我々のあり方を決める」
という所見を冒頭で示し、続いてこの文化観に基づく政策方針を説明しています。
「文化は共通言語をつくり、社会的出自によって各自に割り当てられ、だからこそ、社会的につくられる〝見えない障壁〟への対応策として,文化によって人を自由にすること〝解放〟は,政権全体の方向性にとって重要である」
という考え方が示されています。
公約における文化政策の目標は
1. 文化への関心喚起
2. 文化政策の再構築
3. アーティストと芸術創造への支援
4. 欧州の理想にふたたび意味を与える
5. クリエーターの利益の保護
6. 文化遺産の活用
7. 情報メディアの独立性を守り、公共メディアを強化する。
2022 年までのマクロン政権文化省の優先課題として
1. 万人の文化へのアクセスの実現
• 人々の文化へのアクセスを拡大する施策の強化
• 芸術文化教育の拡充
2. 文化的生活を通して社会の一体性を高め、地域の経済的ダイナミズムを高める
• 地方分散化組織の予算増額
• 大規模プロジェクト以外の歴史的建造物予算増額
• 税収の少ない地方自治体による歴史的建造物修復のための新基金
3. ヨーロッパ再建,フランス語世界の再建,国際的な文化行動再建への貢献
• 国際的事業の予算増額
• 外国人アーティストの受入れ予算を増額
4. 芸術創造とアーティストを支援し,文化多様性のフランスモデルを支える
• 芸術創造支援予算の拡充
5. メディアと公共放送の独立,多元主義,ダイナミズムに基づく民主的モデルの強化
• 公共放送改革
• プレス(報道)への支援拡充
• ローカルラジオに対する安定的支援
6. グローバルかつ革新的な文化政策の実行
• 地方自治体との契約化政策の新段階
• 文化的起業の奨励
と、6つの優先課題を挙げています。
〝文化の民主化〟という文化省設立時からのミッションを忠実に実行し、更に文化の解釈拡大と支援アーティストの多国籍化を進める文化観と云えるのではないでしょうか。
任期5年の後半を迎える現在、支持率回復を狙うマクロン大統領は、これらの課題をより推進してゆく事でしょう。
文化基盤を支えるフランス国民の芸術家へのリスペクト
何故こうもフランス人は、芸術、芸術家を崇拝するのだろうか。
Cherbourg で舞台創作を行なった際の話を、紹介しようと思います。
シェルブールは、フランス北西部バス・ノルマンディー地域圏に位置し、イギリス海峡に近い港町です。フランス映画好きの方なら「シェルブールの雨傘」を真っ先に想い出す事でしょう。因みに映画で登場する傘屋さんは、いまだ健在です。
私の所属するカンパニー・リ・メディア等の政府等から支援を受けているカンパニーやアーティストは、新しい作品を創作する際に、プレゼンテーション書類を作成し審査を受けます。この審査によって複数の支援金、支援機関、受け入れ劇場、招致フェスティバル等が決定していきます。
また、作品が公演を迎えた後は、公演の映像資料が重要な営業ツールになります。劇場で観てもらうことが出来ない様々なプロデューサーに映像資料を観ていただき、更なる公演のオファーを獲得していく様な流れになります。
シェルブールの「 LA BRÈCHE 」も本公演は行いませんが、前期のプレゼンテーションによって支援していただき、創作活動をサポートしてくれる事になった機関です。
約1ヶ月アーティスト・イン・レジテンスに滞在し、創作をサポートしていただきました。レジデンス棟は、数年前に新築されたばかりでとても綺麗で設備も充実していました。
各自部屋が与えられ、私たちが滞在していた時は、私たち以外にもう一つのカンパニーが同じぐらいの期間滞在して同じく創作活動をしていました。
レジデンスには、サロン、カウンターバーキッチン、ジャグジールーム、マッサージルーム、洗濯室と、各部屋に浴室とトイレ、ベッドにテーブル、クローゼットといったホテル同様の設えが整っています。
食事は、朝食は各自、キッチンにあるシリアル、パン、フルーツ、ジュース、コーヒー、紅茶、ミルク等用意されているものを好きな時に好きなだけ食べます。多少のオーダー(ベジタリアン対応)も受け入れてもらえます。昼と夜は、劇場に併設されているレストランで、ビュッフェ形式で、劇場スタッフ、運営スタッフやプロデューサー、他のカンパニーの人たちと、テーブルを囲みコミュニケーションを取りながら食事を共にします。デザートやフルーツも毎日とても充実していました。
劇場では、常時1〜3名のテクニカルスタッフ、コスチュームスタッフがサポートを行ってくれて、共に創作をしていきます。
必要な道具等を買い物に行く時には、スタッフが劇場の車で案内もしてくれます。
創作中は、メディアの取材や様々な人たちが劇場を訪れ、創作状況を見学して、話をしていきます。
最終日には、周辺住民に対して、エチュード公演を行います。
フランスの凄い所は此処にあり、エチュードでもチケットを販売します。
どんな地方の劇場でも200人ぐらいの周辺住民の方々が、楽しみに観に来てくれます。そして、創作途中のボロボロの状況を観終わった後、ディスカッションを行ったりして意見や感想を述べてくれます。
そして、最後に完成に向けて頑張れとエールを送ってくれ、その地を後にします。
劇場の規模や設備にもよりますが、創作を行なった劇場では、後に本公演を行う契約が結ばれています。
その時に、創作したサポートスタッフや未完成を喜んで観てくれた観衆と再び再開することになります。
創作期間は、前章で述べた文化省等の資金サポート、市民の方々のサポートがあるからこそ、新しい作品創作が可能となっているシステムが構築されているのです。
アーティストの創作は、フランスの多くの国民によって支えられているのです。
こんなエピソードを想い出しました。
モンペリエで1ヶ月滞在の為に借りていたアパルトマンの退去の時、大家さんにスペアキーを無くしたという事で謝っていたのですが、大家のおじさんは怪訝そうに
「いったい何しにこの土地へ来たんだ」と怒っていましたが
「劇場で仕事をしてるんだ」と話した所
「えっ、貴方たちはアーティストか?」
「そうなんです。フェスティバルに出る為に来ていました」と説明すると「なんだ、早く言ってくれ。アーティストだったらいいよ、問題ない」と、急に気分を変えて笑顔のお別れが出来ました。
何でアーティストだから許されたのか理由は定かではありませんが、フランスでは至ってこんな感じの待遇を受けることが多いです。
ありがたいことに、温かく見守り伸ばす国民性なのかもしれません。
こうやって、例えば「MA-aida-間」は、2017年から日本とフランスとで3年間創作を続けて、2019年の7月にモンペリエ・ダンス・フェステイバルで初演を迎え、2020年1月からフランス各地でツアーを行なっています。2月以降の公演は、コロナ・ウイルスにより余儀無く延期となりましたが
10月 Reims / Manège 劇場から無事再開される予定です。
12月 Clermont-Ferrand / La Comédie de Clermont 劇場
1月 Toulouse / Théâtre Garonne 劇場
1月 Alès / Le Cratère 劇場
2月 Montpellier / Domaine d'O 劇場と順次公演していきます。
10月よりフランス劇場現場レポート等を綴っていければと考えています。
フランスの舞台芸術の現場は、情報の露出は限られていて、実際に携わった人にしか解らないことが沢山あります。私も実際そうでした。
私の記事を読んで戴いている方々が、〝こんな事を知りたい〟とか、〝こんなところを見てみたい〟等、何か皆様の参考になる事が出来ればと考えております。
ツアー期間は、限られた時間でのご対応になりますので、全て叶える事が出来るか分かりませんが、出来得る限りご対応させていただこうと想いますので、何かございましたら私の note をフォローして戴き、コメント欄からメッセージいただけましたら幸いです。
第五章 Nouveau Cirque の向かっている先