障害児の親となって[ゆっくり育児]その2
第二子も生まれて5ヶ月を過ぎた頃、熱を出したので小児科に行った。
第二子はこの note ではジローと呼ぶ事にする。
ジローはよく熱を出して、その度に私たち夫婦を心配させた。
運悪く今日は日曜日なので近くの医院は開いていない。
しかし私たちの住む市では日曜日でも輪番制で開いている医院があるのでそこにむかった。
日曜日なのでやはり混んでる。
小一時間ほど待ってようやく順番が来た。
機嫌悪く泣いているジローを妻が抱えて、お医者さんが熱を測ったり、聴診器を胸に当てている。
胸から、背中から、何度か繰り返し慎重に心音をきいていた。
<<肺炎か?でも咳は出てないしなぁ>>
「ん~、何となく心臓の辺りに雑音が聞こえるな。専門医に相談した方が良いかも」
「心臓ですか?熱が出てるので肺炎とかではなく?」
妻と顔を見合わせながら私はお医者さんに聞いた。
「ええ、熱はちょっとノドが腫れてるのでお薬出しておきますね。ただ気になるのが心臓からの雑音です。ウチでは分からないので、専門の病院で精密検査してもらった方が良いですね。紹介状出しますので」
「何か障害でもあるのでしょうか?」
<<ん?障害?>>
妻の[障害]と言う言葉に私はギョッとした。
妻は勘が良い。何か思い当たる節でもあるのだろうか?
「今はなんとも言えません。気のせいであれば良いのですが念の為、専門のところで調べてもらった方が良いでしょう」
まぁ現状では医者ならばそう言うだろうな。
紹介状と薬を貰い帰宅した。薬を飲んだジローは3日くらいで回復した。
「障害って言ってたけど何か気になる点あるの?」
私が聞くと妻はこう答えた。
「あんまり笑わないのよね、、、。いつも真顔だし視点もいつもまっすぐ見てるし、、、。カラカラ鳴るオモチャを目の前で鳴らしても目で追わないのよ、、、。」
「目が見えてないのかな?」
「でもジローの視線にあわせて私の顔を見せるとたまに笑うし、、、、見えてるとは思うけど」
「心音が、、ってお医者さん言ってたし、目とは関係あるのかなぁ、、、。心臓の病気かなぁ、、、」
色々心配するが今はなんとも答えは分からない。
それから数日後、紹介状を書いてもらった病院に向かった。
その病院は私たちが住んでいる地域の広域小児医療センターだった。
難病の子供達を受け入れて、専門医も設備も日本トップクラスの充実度を誇る医療センターだ。
紹介状を出し診察室の前で待ってると、程なく看護婦さんに呼ばれた。
身長、体重の他、血液採取や遺伝子検査用の唾液採取、心電図や脳波の検査もされたようだ。
ジローの泣き声が聞こえる。ジローガンバレ。
そして主治医のいる診察室に呼ばれた。
主治医は40代くらいの女医だった。
聴診器を胸に当て背中に当て心音を注意深く聞いている。
そして私たちの方を向いてこう言った。
「んー、やはり心音に雑音が聞こえますね。何らかの狭窄が考えられます」
「きょうさく?」
私は狭窄と言う言葉がどのような状態なのか、パッと分からなかった。
「はい、心臓に繋がっている動脈か静脈の管が細くなる症状ですね。心臓からの血液がうまく送れないので血圧が高くなったり、体温が低くなったりします」
主治医の説明でジローに起きている症状を理解できたが、ではどうすれば良いのか?
「詳しくは検査の結果が出てからお話しますので、事務室と調整してご来院日程を調整してください。」
後から知ったがこの女医は小児科の部長さんのようだ。
履歴を見ても実績も申し分ない。
あの年齢で小児科最高峰の病院の部長さんと言うことはかなりの腕利きお医者さんなのだろう。
「どう思う?」
病院帰りのクルマを運転しながら私は妻に聞いた。
「狭窄って事だから心臓に何らかの障害を持っているんだろうけど、それだけじゃないと思うのよね」
妻の勘は鋭い。もっと何かあるのだ。
2週間後、再度小児医療センター訪れ女医に検査の結果を聞いた。
「遺伝子配列を見るとウィリアムズ症候群です」
またもや私は女医の言っている事がパッと分からなかった。
「ウィリアムズ症候群は23番目の遺伝子欠損が原因で主に大動脈弁狭窄や高カルシウム血症、狭窄による手足などの末端が冷たくなったり、精神発達の遅れがみとめられますね」
しらないたんごがいっぱい出てきた。女医部長さんよ、もう少し分かりやすく言ってくれ。
「これは治るのですか?」
私は恐る恐る聞くと
「遺伝子欠損なので、治るものではありません。ですが薬や療育で改善は見込めます」
なんとサバサバした女医部長さんなんだろう。このサバサバ感が部長までの昇進を後押ししたのか。
「定期的に検診を行いますので、半年後くらいにまた様子みさせてください」
「つまり障害児って事で根本治療は出来ないけど、改善は見込めるって事ですよね?」
感が鋭い妻は切り替えも早く、その質問にサバサバ女医はサクッと答えた。
「ええ、改善できますので一緒に頑張っていきましょう!」
サバサバ女医が笑顔で私たち夫婦に微笑んだ。
難病も抱える小児科医療センターのサバサバ部長女医はこのような障害を持つ患者や両親に何度も相対していたのだろう。
なのであくまで[一緒に]改善していこうと言ってくれた。
それが一番患者やその親族に対して最適な解決方法であろうと知っているのであろうし、その覚悟もあるのだろう。
だから小児科最高峰の医療センターに所属する部長さんなのだ、と私は納得した。
妻は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
私もつられて頭を下げた。
相変わらずジローは視点を一点にして真顔で佇んでいる。
こうして障害児の親となった私。もちろん妻もだが。
そして第一子の娘、この note ではサキエと呼ぶ。
私と妻、サキエと障害者の赤ちゃんジロー。
ようやくジローを中心としたはちゃめちゃ一家の物語が始まるのである。
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