泥中に咲く
君を照らすために咲く花さ
「ふぅ。」
私はそっと本を閉じる。
ここは病院。生まれつき体が弱く、入退院を繰り返している。
「ひーいーらーぎーーー」
元気に私の名前を呼ぶ声がする。……厳密に言うと彼女も患者なので元気ではないけれど。
「柊!私も戻ってきたよ。」
「戻ってきてどうするのよ。また倒れちゃったの?そんなさけんじゃだめでしょ?」
「あっははは……。まあでも柊がいる時でよかったわ。あんたいないとやっぱり寂しくてさ。」
彼女も入退院を繰り返しており、入院歴は長い。
「お、よかった、花瓶ある。」
私の机に花瓶があることを確認した彼女は手際よく向日葵を一輪さす。
「今回も向日葵もってきたのね。」
「そりゃもちろん。向日葵ないとやっていけないでしょう。」
「まあ、ねぇ。橘がまた入院するって聞いて、一時外出して家から持ってきたもの。」
「さすが。あんたも自分で向日葵させばいいのに。」
「橘がいてこその向日葵なのよ。一人で向日葵は、逆に寂しくなってしまうわ。」
「ねえ、柊。」
少し間を開けて彼女は口を開く。
「私たちの病気ってさ、いつ治るんだろうね。死ぬことはないって分かっていても、こう入退院をくりかえしてるとさ、なんていうか、その……」
「いっそ死にたくなる?」
「柊も、思ったことあるんだ。」
「そりゃあるわよ。ろくに学校にも行けないし、行けたとしてもクラスには馴染めないし。身体が弱いからって変な気遣わせるし。あー、私なんていない方がいいんだろうなって。」
「叫んでたら、また倒れたらどうするのって怒られたりね。“今”が楽しいからはしゃいでいるのに、それすら許されないのかって。どっちにいても制約されるなら、いっそここに居て、柊と話している方が楽しいって思ってしまう。」
「名誉なことなのか、不名誉なことなのか。とはいえ、私も同じなんだけどね。もっと言うなら、橘と外でもっとはしゃいで遊びたい。」
「青春、したいよね。」
沈黙が私たちを覆う。
「橘さんやっぱりここにいたのね。」
重い空気を払ったのは看護師の栗栖さんだった。
「あ、はい。ここに戻ってきたら柊に会わないともぞもぞしちゃって。」
「そういうことだろうなと思ったわ。柊ちゃん、少し橘ちゃん借りるね。」
「私はいつから柊のものになったんですか。」
「あんたたち、ニコイチってカルテに書かれてるのよ?」
思わず笑ってしまった。橘も笑っている。
「やっぱりあんたたちは笑ってる方がいいわね。じゃないとそこの向日葵に負けちゃうわよ。本来患者さんに光を照らすのが私たちの仕事なんだけど、あなたたちは2人でそれが出来ているんだから。」
「私たちができている?」
私は思わず橘を見た。さっきの話は嘘だったかのように微笑んでいる。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね。終わったらまた戻ってくるから。」
「う、うん。でも疲れたらちゃんと自分のベッドで寝るんだよ?」
「分かってます。」
そうして彼女は栗栖さんに連れられて病室を出た。
【お互いに、お互いを照らそう。そして少しでも元気で過ごそう。
弱音を吐くこともあるけれど、2人で励ましあって生きよう。】
これが、彼女なりの私へのメッセージなのかもしれない。
そうだね。光の少ない場所ではあるけど、笑いながら日々を過ごそう。
「たまには部屋で日光浴しようかな。」
私はカーテンをあけて外を見た。わたぐもがふわふわと浮かんだ、この季節らしい天気をしていた。
もうすぐ夏。今年は先生からの許可をもらって、2人でひまわり畑にいけるといいな。