夜明けと蛍
水に映る花を 花を見ていた
これは、まだ暑い夏が来る、その前のお話。
「何を見てるんですか?」
女の人はそう話しかけてきた。
僕は一瞬だけ声の方へ視線を移したが、また湖へと戻す。
すると彼女はあろうことか、僕の隣へと腰掛ける。
「私はあそこに浮かんでいる花を見てるんです。いつまでも枯れないなと思って。あなたは、よくここに来られてますよね。」
内心驚きながらも、僕は答えない。いや、座る場所を移動することで、拒絶という答えを出した……はずだった。
「あなたは毎日、何を見に来られるんですか?」
根負けした僕は彼女に視線を向けた。さらっとした長い白髪がふわっとなびき、美しさを引き立てていた。声に対してあまりにも大人な顔立ちに驚いた。
「蛍…蛍を見てるんです。」
まだ夕方だ。蛍がいるわけないと馬鹿にされるだろうと思いながらも答えた。
「ここの蛍、美しいですもんね。枯れない花を灯す蛍の光。」
「枯れない花?」
ここには水際に生えてる紫陽花から落ちる花びらは浮いているが、枯れない花は浮いてない。
「あれ。」
横に目をやると、彼女の姿はなかった。
ポチャン
音の方に視線を移すと2つの白い紫陽花が湖の中に浮かび、その周りを蛍が舞っていた。
____一途な愛情。
ここは亡き妻との思い出の場所。
僕は水に映る花を見ていた。