安易な「『安易な脱炭素』批判」にご注意を
消火と家電保護のバランスが大事?
今、目の前で家が燃えているとします。
火の手はどんどん広がっていて、放っておくと家全体が焼け落ちてしまいかねません。
それを何としてでも防ぐため、あなたは大量の水をかけて、消火しようとします。
そのとき、近くで見ていたある人があなたをこう非難するのです。
「家に水をかけるなんてあんたは何を考えているんだ。そんなことをしたらその家の家電が使い物にならなくなるぞ」
「家電がないとどれだけ困るかあなたは分かっていないからそんなことができるんだ」
「消火と家電保護のバランスが大事で、放水には慎重になるべきだ」
あなたは「いやいや、家電だってこのまま燃えたら使い物にならないでしょ」と思うでしょうが、
気候変動対策をめぐる議論では、まさにこういう非難がまかり通っているのが現実です。
広がりつつある「安易な脱炭素」批判
遅ればせながら日本でも脱炭素化に向けた議論・取り組みが始まっていますが、同時にそれに対する反発も広がりつつあります。
例えば、11月号のwedgeのタイトルは「脱炭素って安易に語るな」
こういった言説は、電力の安定供給、雇用、エネルギー価格などの面で、脱炭素のデメリットを挙げて、「行き過ぎた」気候変動対策に警鐘を鳴らすものが多いというのが体感です。
気候変動対策で雇用が失われる。電気代が上がる、停電が起こる。
だから「バランス感覚」が必要だ(野心的な政策は良くない)という主張です。
気候変動対策推進に反対するような言説については別のnoteでまとめてありますが、
最近増えてきたこのような「安易な脱炭素」批判について考えを書く必要を感じて、このnoteを書きました。
火を消さなければ何が起こるか
このような議論ではいつも「確かに気候変動対策は大事だ」という趣旨の一文が入っていますが、実際のところ、気候変動がもたらす悪影響への認識が「甘い」のではないかと思うことが多々あります。
例えば、ほとんどの人は気候変動が深刻化すればするほど、記録的な熱波がどんどん増えていくことは何となく理解していると思います。
しかし、
世界平均気温が4度上昇した場合、50年に一度の高温が本来の「39.2倍」起こりやすくなるとされていること
もしも今のままのペースで温暖化が深刻化した場合、現在30億人が暮らしている場所が、50年後には今のサハラ砂漠のような暑さになる恐れがあること
暑すぎて屋外で働けなくなる日が増えることで、特に途上国において農業や貧困への打撃が予測されていること。
これらについてはどれだけの人が聞いたことがあるでしょうか?
しかも、熱波は気候変動の様々な悪影響の一角でしかありません。
水害や干ばつ、それに伴う食糧問題の悪化や移動を強いられる人々の大量発生など、様々な影響があります。
それぞれの被害が単発で起こるのであれば対処するのは比較的容易ですが、それらが同時に、しかも複雑に絡み合って私たちの社会を揺るがすのが気候変動の本当の恐ろしさです。
図. 食料に関する気候変動の影響の可視化
気候変動が食料供給システムに与える影響一つとっても、様々な変化が複雑に絡み合っていることがわかります。Image by Yokohata et al(2019)
脱炭素政策が貧困層などに与える負担についてしっかりとイメージできる方なら、これらの気候変動リスクが社会に与える影響も簡単に想像できるはずでしょう。
「食料価格が高騰することで家計がどれだけ圧迫されるか。」
「エアコンにアクセスできない人にとって熱波がどれだけ致命的か」
「もともと、政情が不安定な国で気象災害や干ばつが起こることがどれだけ紛争のリスクを高めてしまうのか」
そういったことをしっかり考慮に入れず、気候変動対策をやり玉に上げて、それさえ止めれば貧困層などが守られるかのように語るのはとても危険なことなのです。
気候変動対策のデメリットを緩和するには
では、どうすればいいのでしょうか。
私は、気候変動対策を急いで進めながら、そのデメリットを緩和していくことが重要だと考えています。
つまり、燃えている家に水をかけながら、家から家電を回収していくわけです。
実際に、気候変動対策推進派は、気候変動対策に伴うデメリットを可能な限り、緩和していくための様々な仕組みや施策を提案しています。
そのうち、特に有名なものを3つ挙げますが、おそらくほとんどの人はあまり聞いたことがないでしょう。(電力システムについて語り出したら長くなりすぎるので経済的悪影響についてのものだけ挙げます)
1.公正な移行
再生可能エネルギーへの転換で雇用は全体としては増えると予測されているものの、脱化石燃料を進めていく過程でが失われる職や影響を受ける地域は確かに存在します。
それを放置してしまうと大変なことになってしまうので、
大きく影響を受ける地域には補償をしたり、労働者には働きがいのある仕事と安定した収入を確保したりする、公正な移行が重要です。
具体的には、移行のための基金を作ったり、労働者のために求職や訓練・再教育を支援したり、地域活性化のための事業を支援したりといったことが挙げられます(事例集はこちら)
公正な移行(just transition)を求める労働組合の人の様子。
CC BY-SA 2.0 Image by Marc Kjerland
今の日本で、このよう取り組みについて議論があまりされていないことはとても危ういことだと私は思っています。
というのは、日本が気候変動対策に対してあまり本気にならなかったとしても、ある程度の雇用が失われるのは避けられないと考えられるからです。
例えば、欧米などでは脱ガソリン車の動きが進みつつあり、そこに輸出している日本の自動車産業にも近い将来必ず大きな影響が出てきます。雇用の面で全く対策せずにその波を迎えたらどうなるでしょうか。
だからこそ、今からしっかり公正な移行を考えていくことが重要なのです。
2.省エネの推進
炭素税などを導入すると、(少なくとも短期的には)エネルギー価格は上昇します。
何も対策をしなければ、家計・企業に負担になることは確かでしょう。
そこで、必要となるのは、エネルギー価格や電気代そのものを抑える努力ともに、エネルギー使用量を減らしていく努力です。単価として電気代やエネルギーが上がっても、使う量を減らせれば電気代・エネルギー代負担の上昇は抑えることができます。
といってもそれは、「エアコン切って我慢しろ」ということではなく、
むしろ「省エネ性能が高い家電や設備に買い替えろ」「建物の断熱性を上げろ」という意味です。
これらの対策は長期的にエネルギー使用量を大きく減らすことができますが、初期投資がかかりますし、そもそも重要性が広く共有されていません(逆に言えばポテンシャルがまだまだ大きいということです)。
だからこそ、国や自治体が積極的な情報発信・規制強化・補助金をすることが中長期的にエネルギー代負担を減らすために必要です。
エネルギー消費を減らせれば温室効果ガスを削減できますし、家の断熱性を上げればより快適により健康的に過ごせると言われています。
もちろん、短期的にエネルギー価格が高騰した場合は、さすがに断熱などをしようとしても間に合わないので、必要に応じて減税や補助金などの対応は必要でしょうが、中長期的に負担を減らすためにはやはり省エネルギーが重要でしょう。
3.グリーンニューディール
グリーンニューディールとは、「大規模な公共投資で気候変動対策と格差対策を同時に行おう」という政策構想・パッケージのことです。
本格的に気候変動対策を進めるためには莫大な投資が必要になります。それを単なるコストととらえるのではなく、経済を変革する滅多にない機会として位置づけます。政府が公共投資を積極的に行い、雇用を創出することで、格差などの問題にも立ち向おうというわけです。
バイデン政権の目玉公約の一つで、現在は規模を縮小しながらも実現されようとしています。
もちろん、その取り組みがどこまで成功するかはまだわかりません。ただ、気候変動と貧困・格差の問題解決は必ずしも矛盾するわけではなく、同時解決を目指す道があるということは重要でしょう。
より良い気候変動対策の議論を
気候変動対策を進めるのは決して簡単ではありません。
しかし、気候変動が深刻化してしまえばもっと大変なことになることが想定されます。
その現実を直視せず、気候変動対策を推進することを単に「安易」と断じてそれで終わりにしてはいけません。
その段階を超えて、
「どうやって気候変動対策のデメリットを緩和するか」
をもっと多くの人が考え、議論することが社会全体のためになるし、絶対に必要だと思います。
それは一つに、世界経済が脱炭素化に向けて動き出していて、政府としても2050年までの脱炭素化、2030年46%削減を公約してしまっているので、ある程度の気候変動対策はやらざるを得ないということがあります。
気候変動対策は進めるしかない以上、それをよりマシなものにしていくしかありません。
そしてもう一つは、今このnoteを書いている自分が見落としていること、知らないことが少なからずあるはずで、様々な立場の人がそれぞれの視点から気候変動対策を改善していくことが、これからの日本のためにとても重要だと考えているからです。
燃える家の火の手を消したい人と、家電を守りたい人が、いがみ合うのではなく、消火しながら家電を守るために知恵を出し合う。それが今求められているのだと思います。