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公的債務と動学的非効率性:Golden Ruleの視点から
1. Golden Rule(黄金律)とは
i. なぜr = gがGolden Ruleとなるのか
Golden Ruleとは、資本蓄積が最適な水準にある状態を指し、経済全体の消費を最大化する資本ストックの水準を示す。具体的には、r = g(実質利子率=実質GDP成長率) の条件が満たされるとき、資本の限界生産性と経済成長率が釣り合い、世代間で最適な資源配分が実現される。
この結論を導くためには、以下の数学的関係が成り立つ。
国民所得恒等式を考えると、 C = Y - I が成立する。ここで、Y は総産出、Iは投資、Cは消費を表す。
定常成長経済では、資本がgの成長率で増加するため、 I = (delta + g)K となる(delta) は資本の減価償却率)。
消費は次のように表せる。 C = F(K) - (delta + g)K 。ここで、F(K) は資本K に対する生産関数である。
消費を最大化するためには、消費の変化率dC/dK を求めてゼロとする条件が必要である。 dC/dK = F_K(K) - (delta + g) = 0 このとき、r = F_K(K) - deltaであるため、r = gが成立し、この条件が Golden Rule となることがわかる。
ii. なぜr < gが動学的に非効率なのか
r < gの状況では、経済における資本の限界生産性が低すぎるため、新たな資本形成が社会全体の厚生を低下させる可能性がある。具体的には:
過剰な貯蓄と資本蓄積:将来の成長率が資本のリターンを上回るため、過剰な貯蓄が行われ、経済のリソースが非効率的に資本へ投資される。要は、資本の限界リターンが低減しているのにも関わらず、さらなる投資をしている状態。
低い消費水準:資本が過剰に蓄積されると、消費の機会が制約され、世代全体の厚生が最適状態よりも低下する。
2. 動学的非効率時における世代間移転と公的債務の役割
動学的に非効率な状況r < gにおいて、公的債務や世代間移転が有効である理由は、資源の再配分によって全世代の厚生を向上できるからである。
i. 世代間移転が厚生を向上させる
Diamondモデルを用いると、次のように説明できる。
各世代は2期間生き、若年期に労働して所得を得て、老年期にその貯蓄とリターンを消費する。若年期の所得をw、貯蓄をS、老年期の消費をC_2とすると、 C_2 = S(1+r) となる。
一方、政府が世代間移転として年金制度(課税 T を若年期に行い、老年期に支給)を実施すると、若年期の可処分所得は w - T、老年期の所得は T(1+g) となる。
もし r < gであれば、 (1+r)S < (1+g)T が成立し、年金制度を通じた所得移転の方が私的貯蓄よりも高いリターンを持つため、全世代の厚生を向上させる。ここで全世代といったのは、若年層もTを犠牲にしているのはどちらの場合でも同じであるが、引退後にもらえる所得を考えろ、年金制度の方が生涯所得が高くなるからである。
ii. 公的債務が厚生を改善する
公的債務の発行も同様に、資本過剰蓄積を解消する役割を果たす。政府が毎期Dの債務を発行し、その負債が成長率gで増加する場合、 D_{t+1} = (1+g)D_t が成り立つ。
このとき、政府は債務増加分 D(g-r) を世代間で再分配することが可能であり、利払い費よりも分配できるお金の方が多くなり、 (1+r)D < (1+g)D が成立するため、公的債務を通じた資源再配分が、個人が貯蓄に回すよりも厚生を高めることができる。自分でDを貯蓄すると来期(1+r)Dしかもらえないが、政府が前期同じ額(D)を税で徴収しつつも、来期で(1+g)Dを公的債務を元手に分配してくれれば、生涯所得はそちらの方が大きくなる。もちろん、負債がg以上で増加することもあるかもしれないが、その場合でも利払い費も同じ率で増えるため、式自体は変わらない。
3. Golden Ruleのまとめ
Golden Ruleは、資本蓄積が最適な水準にある状態を指し、経済全体の消費を最大化する資本ストックの水準を示す。しかし、r < gの状況では、資本の過剰蓄積が発生し、経済が動学的に非効率な状態に陥る可能性がある。この場合、世代間移転や公的債務の活用が有効な政策手段となり、貯蓄の適正化や消費の拡大を通じて、全世代の厚生を改善する。
4. 日本経済への政策的インプリケーション
IMFの経済見通し(2024年10月)や直近の国債利回りを見ると、-1.6%ほどでr<gが成立している。よって、公的債務を計上し、その分を分配した方が、経済厚生を高めるということになる。しかし、債務を増やすことで、債務持続性に赤信号を灯すことはないだろうか。前期の債務レベルにとどめるためのPB:プライマリーバランス(pb’=(r-g)*D)と表すことが可能)は約GDP比4%の財政赤字となる計算であり、差し当たりこのレベル近辺に財政赤字を抑えられるのであれば、政府は借金をしてでも政府支出を増やし、国民への分配を行うべきということになる。
5. 最後に
本稿でいう投資は資本への投資に限っている。人的資本への投資(労働生産性を上げる)などは考えていない。社会保険料といった引退世代への再配分のみならず、若年層への教育への支出も議論になる中、今後の分析は人的資本もモデルに入れたものがより政策的意義を持つかもしれない。
今回の記事内容はDiamond(1965)やBlanchard(2023)を参考にしている。詳しい議論はそちらを参照されたい。
参考文献
Diamond, Peter A. (1965): “National Debt in a Neoclassical Growth Model,” American Economic Review, 55, 1126–1150,
Blanchard, Olivier. (2023). Fiscal Policy under Low Interest Rates. Cambridge, MA: The MIT Press.