アスリートのセカンドキャリア 学生が今すべきこと
アスリートのセカンドキャリアが問題視される昨今。日本中で速く走れる人を増やすという思いで「スポーツクラウド」を経営される荒川優さんにアスリートのキャリアについて聞いてみた。根源的な欲求に到達し、体現されるアスリートのロールモデルを紹介します。
荒川優さん
1989年福井県坂井市生まれ。筑波大学で100m選手として活躍。ニュージーランドのオープン大会で準優勝などの実績をあげる。100mの自己記録は10秒56。卒業後一橋大学大学院でMBAを取得したのち、2013年に走りの指導を行うランニングコネクションを起業。2016年に株式会社スポーツクラウドとして法人化し代表取締役社長に就任。プロの「走り」のコーチとして、これまでに指導した生徒数は40000人を超える。オリンピック選手やJリーガー、プロ野球選手などの指導にもあたり、NHKやZIPなどのテレビにも多数出演。2018年日香国際陸上合宿のコーチ日本代表に就任。
株式会社スポーツクラウド
「日本中に速く走れる人を増やす」という思いの下、コーチングや指導者養成を行う。
http://ランコネ.jp/
走りの指導やケガの予防などの情報を発信する運営メディア「スポーツクラウド」は月に250万プレビューを誇る。
https://sports-crowd.net/
親の大反対を押し切って福井を出た
荒川さんはいつから陸上をやられていたんですか。
中学1年生の5月に始めました。サッカーが名門の中学校だったので、最初サッカー部に入ろうと思ったのですが、上を目指すにあたっての限界を感じて…。やっぱり強くなるチームとならないチームというのがあるんです。結構うちの学校はヤンキーも多かったし、茶髪もいたし。そうすると、個人だけが頑張っても限界があって。自分の頑張りがそのまま報われるような競技がしたい、と思って陸上を始めました。
荒川さんが考える強いチームの条件ってあるんですか。
最初から強いかどうかは関係なくて。強くなったり、伸びていくチームっていうのは間違いなくみんなの目標設定が一致している。そこに行くためにみんなが協力し合って、努力しあえるっていう前提がまずなければならない。周りを蹴落として自分が成り上がりたいとか、もしくは競技に対する優先順位が低い人たちが集まってしまうと、どうしてもチームとしての雰囲気が悪くなってしまいますね。
大学時代にキャリア選択で悩んでいたことはありますか。
うん、めっちゃある。僕は福井県出身で、長男は家を継がないといけないっていう体質があった。仕事を継ぐということではないけれど、福井で生業をなせるような仕事で家を守っていかなければならない。例えば県庁職員とか、教員とか、医者。その3つを目指すために福井大学に行く以外は選択肢をもらえなかった。で、自分は医者になるつもりで高校は進学校に進みました。でもそこでインターハイに出れたんだよね。ずっと親から「お前はスポーツ絶対向いてない」とか「陸上では絶対活躍できない」とか言われてきたなかで、初めて自分の力で、親の期待を良い意味で裏切ることできた。そんなことがあって、親が言ってることに従うんじゃなくて、自分の力で切り開くことができれば、親が見たことのない世界を見せられる気がしたし、自分もそれをやりたいと思ってしまって。なので、大学は福井を出て、当時もっとも陸上が強かった筑波大学で本気でスポーツをやりたいと親に伝えたんだよね。もちろん親にはブチギレされて、「そんなことやって仕事になんねえだろ」って言われた。それでも仕事にするつもりでやるし、仕事にならなかったら体育の教員として福井に帰ってくるから、という条件で、土下座をして家を出させてもらったんだよ。
体育教師としてはスポーツに携わることができない
その時点で絶対スポーツで飯を食べていくと決めてたんですね。
そう、その時点でもうキャリア選択があった。そうするとやっぱり、覚悟があって来たから、モチベーションは高かった。言ってしまえば、こちらは仕事としてやってるようなもんで。これができなかったらもう家に帰されるくらいの気持ちでやっていた。本気で競技は取り組んで、大学3年の後半で教育実習に行って、母校に行ったんだよね。その時点ではまだ福井に教員として帰るっていう選択肢はとても現実的。でもスポーツを仕事にするっていうのを頭に入れていたなかで、思ったより体育の教員っていうのは、自分が思うスポーツ、ではなかったんだよね。生徒指導もあるし、体育会系の部活の顧問になれるかもわからない。要は体育の先生だからといって、スポーツに携われるかというと、案外そうでもなかった。みなさん体育の時間以外にストレスを感じていて。で、そのときに、先生に言われたんだよね。「いやあ、教員は大変だよ。今はちょっとしたことで問題になるし、業務も多くて運動指導に時間を割けないことも多い。一緒に働けたら嬉しいけど、君にはこの仕組み自体を変えるような大きいことを為してほしいな。」、と。自分自身もそれをどこかで感じている部分があって。そこで、教員だけがすべてじゃないって感じたんだよね。自分で切り開いていきたいって。そんな中で大学を卒業したタイミングで、民間企業のチームに選手として採用をもらえた。選手としての練習や大会をメインにしてお金がもらえる。ひとつのプロスポーツ選手みたいなパターン。スポーツを仕事にするうえで想像していたひとつのゴールに近い形だったんだよね。でもどこかで、果たしてそれでいいのかという思いが生まれた。
実業団で見たアスリートのリアル
それは実際に入社した後に思われたんですか。
いや、入社前に練習会に参加したことがあって、選手たちがみんな夢をかなえて生き生きしているのかと思ったら、そうではなかった。スポーツ選手ってみんなから応援されて、一見すると華々しいものに見えるけど実は必ずしもそうではない。選手は企業からすると広告塔として捉えられてるんだよね。で、広告の効果って目に見えてわかるものでもない。だからどこかでボランティアとか、慈善事業みたいな感じで企業は雇っていることが多くて。そうなると、本気で働いている人からすると、あまり良い話ではない。「だったら俺の給料上げてくれよ。彼ら売り上げに貢献していないじゃん。」ってなる。そんな雰囲気を選手も感じていたんだよね。でも選手はオリンピックに向かって、企業に感謝しながら練習するみたいな構図があった。でも、それってどうなんだろうって。大学までは、環境が与えられたなかでやるっていうのはわかるけど、それ以降社会に出るってことは、社会から求められる価値に応えるということだと思ったから。アスリートは社会が求める価値に応えているのかわからなくなって、アスリートの独りよがりになってしまっているんじゃないかって思った。これだとアスリート本人もつらいし、周りもつらいんだよね。僕は、自分のためだけに競技を続けていくことはできなかった。やっぱりみんなに求められる存在でありたいという気持ちがずっとあったので。そこで、仕組みとかこのスポーツ界のなにかを変えるようなことができないか、と思って、筑波の経営関係に強い先生に相談に行ったんです。大学時代からたくさん色んな授業を受けていたので、その先生のことも知っていて。そしたら先生が、「勉強はいつでもできる。でもスポーツは今しかできないんだから、まずスポーツやった方がいいよ」ってまず言ってくださった。それに対して、「でも僕は自分のためだけに頑張れません。スポーツでもっと価値が循環してみんなが笑顔になれる仕組みを作りたい」と。そしたら先生は 「荒川さんを応援したいから、よければ筑波で一緒に学んでみないか?」と、ゼミにこっそり呼んでくださいました。「学校には内緒だよ」と(笑)。そこで1年間弟子みたいな感じで勉強しました。その先生がもともと一橋大学のMBAともつながった先生であったこともあって、それがMBAを志望したきっかけになったんだよね。で、そこから4か月みっちり経営学を勉強してなんとか受かって、次の年から一橋に行くことになった。
学生ビジネスの限界
スポーツクラウドっていうビジネスモデルはそこではすでにあったんですか?
ない。そんなものは体育専門学群にいる段階で見えるようなものではない。やっぱり社会のこと知らなさすぎるから。MBAって結構すごい場所で、会社の役員でこれから社長になる人や、各省庁とかから出向してくる人ばっかり。ある意味社会で揉まれた人たちと同じ目線で勝負できるし、同じ目線で色んなことを考えられるから、自分の中での社会の価値基準がどんどん整理させていったんだよね。で、他業界の構造をスポーツで転用したときにどうなるかっていう仮説が立ってきて。そこから生まれたのが、スポーツクラウドの仕組み。学生ってビジネスがどのように動いていて、どんなビジネスモデルがあるか知らなさすぎる。だから学生起業っていうのは、すでに誰かがもうやっていることか、考えて上手くいかないと思われたことを学生はやっちゃうっていうパターンが多いかな。
スポーツクラウドを作るうえで参考にしたビジネスモデルってあるんですか?それとも全く新しいものなんですか?
最初に考えたときは、クックパッドを参考にした。クックパッドって結局時短のビジネスなんだよね。日々のレシピを探したり、迷ったりする時間を無くすっていう。スポーツも同じで、練習なにしよう、とか、上手くなるために何が効率的かを探す時間って結構長い。ましてうまくいかなくてやり直せば時間はもっとかかる。これも時短の余地があることなんだよね。じゃあ、スポーツのもっと高見を目指す人のための時短の方法が集まってくるようなものがあれば、みんな喜ぶんじゃないかっていうのがスタートのきっかけになった。オンラインであればメディアになるし、オフラインであれば指導になる。結局今は速く走れる人を増やすっていうことに特化してますけどね。
自分が一番得意なところで戦う
やっていくなかで変わっていくんですね。
そう。やっぱり日本中の人に貢献していきたいっていう思いがあって。一番みんなが喜んでくれたのは自分が持つ走る技術。速くなるための方法を紹介したときに、ものすごい反響があった。「走り」についてはずっとやってきた自負があるし、マニアックにやってきて得た知識もある。そこはみんなに求められるんだと。幅広く狙うのもありだけど、まずは自分が一番得意で自分が求められる場所で勝負しよう、と。足が速くなりたいのにきっかけが見つからず悩んでいる子どもたちは日本中にたくさんいます。なので、今は日本中で速く走れる人を増やすために全てを注いでます。
まずは軸足を作るということなのでしょうか。
速く走るっていうことに一番時間を積み上げてきたから、そうなったんだと思う。でもノウハウとか技術的な面よりも一番大きかったのは「想い」の部分。速く走れることの楽しさをみんなに伝えたいっていうのが心の底からあった。だからお金や休みを抜きにしても、このためだったら時間を使いたいって思えたのが、今やっていること。ある意味使命感。
そこまで強く抱く使命感ってどうやって醸成されていったんですか。
使命感っていうのは、探して見つけるものではなく、ずっと積み重なって作り上げられるもの。自分はスポーツじゃ活躍できないと言われてきた。でも速くなることで夢は叶うんだっていうこと、才能による限界はないんだっていうことを知った。みんな速くないと諦めちゃうんですよ、期待されなくて。でもそういう人に夢が叶うこと、才能に限界なんてないことを知ってほしい。その先に素晴らしい世界があるんだってことを知ってほしいっていう思いがあった。それと、体育の教員たちが本気で生徒一人一人に向き合えず、スポーツで結果を出させてあげれない現実。そのモヤモヤがスポーツクラウドで走りを教えることで晴れるんじゃないかっていうのもすごい原動力になったね。長い自分探しの結果一番自分のやりたいことが見つかったって今思う。これは従業員全員に常に持たせている「志カード」っていうやつです。うちの全社員がこの思いに共感している。そういうメンバーが今会社に集まってきています。この思いを形にできたことは、自分にとってひとつの到達点に来たのかなと思いますね。
一度逸れたことで信念が明確になった
荒川さんは根元的な欲求をアウトプットする形を見つけられたアスリートですよね。
そうですね。でも、仮にこの志カードが学生のときに未来から送られてきたとしても、正直パッとしなかったと思う。学生のうちに使命とか見つけるのって多分かなり厳しい。そもそもできないものと思った方がよくて。それでよくて。自分もそこに至るまで色々あった。起業してからFacebookで投稿とかしていくと、起業=すごいみたいに周りから評価されるんだよね。で、お金もたまっていくと、どんどん調子にのってしまう。みんなができないことをやっているんだ、とか。本来は誰かのために活躍したいと思ってやってきた結果が、もっと自分が有名になりたいとか、Facebookでいいねもらいたいとか、見栄のためにどんどんがんばるようになってしまった。その時に、きれいごとを並べても結局そういう人間だったんだなって解釈してしまう自分もいて。でも割り切って続けていくと、だんだんと虚しくなってきたんだよね。見栄っていうのは飾りみたいなもので、肩書で人がよってきているだけで、その「人」に対して寄ってきているわけではない。荒川優という人間ではなくて、スポーツクラウドの社長という肩書に寄ってきているだけ。クビになったら誰ももう接点がなくなるような、そのくらい希薄な関係でしかない。そう気づいてしまったときに、すごく虚しくなった。だから一度「立ち戻ろう」と。何のために人生を生きたいんだろうって考えてときに、速く走れるようになった子どもたちの笑顔とさっきの志カードの言葉が思い浮かんできたんだよね。日本中に速く走れる人を増やすという信念。一度違う方向にぶれてしまって、戻ってきて初めて、こころの底から自分の信念を明確にすることができた。初めて腑に落ちた。たぶん学生の時って、そういうものがないからこそ、どんなに崇高な理念を掲げてもどこかにフワッとしてしまう。世界を平和のしたい、みんなを幸せにしたい、とか。でも一度自分の思いが逸れて戻ってきて、これしかないと思えたときはじめて言葉に重みがでると思います。
色んなことに手を出すよりもまず、ひとつやり切る。
僕たちの企画ではそのフワッとしたものをクリアにしたいんですよね。
今この瞬間何かを変えることは難しいと思う。でも心持ちが大事で、僕が最初の信念から逸れることができた原因はなにかと言うと、「やりきったから」なんですよ。起業も残金が1220円になることもあった。コンビニも自動販売機でも買えない。毎日もやしだけしか食べないみたいな、もう死ぬかと思いました。それで毎日寝ずに仕事して、1日20時間実働が当たり前、月休みはゼロ。それくらい命をかけてやったから、仕事の結果がついてきた。で、色んな人がよってきて逸れて、今ここに戻ってこれた。だからこそ、なにかひとつのことにとことん向き合うというのが学生時代は大事だとおもいます。ひとつめはまずやりきるということが大事。途中逃げちゃだめです。結構学生で色々やりたいから、ということで色んなことをやってしまう人が多く、別に他のことをやるなとは言わないけれど、なにか一つでいいので、まずこれだけはやりきりたいということを持ってほしい。その上で結果を出すということ。やりきったと思っても結果が出ていなかったら、結局どこかで、やっぱり自分だめなんだ、になってしまう。全力でやりきったから悔いはない、と解釈することもできるけど、結果が出ないと色んな人に求められる世界観は見えないんですよ。だからこそこの二つの条件。やりきること。そして必ず成功を収めること。この二つをやった人というのは、人間として一つレベルが上がる気がするんですよ。
人を見れば分かる
これにかかわる話で、今陸上メダリストの末続慎吾さんとも一緒に活動しているんですけど、彼がよくおっしゃるのは、「人を見れば分かる」ということ。「あいつはまだ、なにかに本気で向き合ってなにかを成してないやつだ。なにかを成してないやつに限って、自分を別の方法で主張したいと思うから、茶髪にしたりとか、ピアスしたりとか、楽器始めたりとかする。それは自分でなにかをやりきってない証拠だ。本当になにかに打ち込んで、なにかを成した人っていうのは、変に自己主張しなくても、そういうものはオーラとして見える。すごみとか絶対的な自信というものとして見えてくる。荒川、お前はすでにそれがある。だから信頼するんだ。」とおっしゃってたんだよね。で、なるほどなって思ったし、トップの人はみんなそれを見ている。
鳥肌立ちました。すごい話ですね。
セカンドキャリアのために必要なマインドセット
アスリートセカンドキャリアが問題になっていますが、それに対して解決策などは考えていらっしゃいますか?
さっきの実業団の話もそうなんだけど、競技を続ける人は、社会のことよりも自分のためって割り切ってることがすごく多い。ずっと自分のために競技を続けて、いざ競技を引退してセカンドキャリアになったときに、社会のためとか、人のためっていうのが腑に落ちないんですよ。それは学生から社会に出るときもそうなんだけれども。しばらくはそれでいいんですけど、そういう人って仕事やプライベートが苦しくなったときに、お客さんの優先順位をあげれない。プライベートがあるからお客さんをないがしろにしてしまったり。そのせいで、セカンドキャリアが上手くいっていないっていうのもあるんですよ。仕事がお客さんのためになりきれない。これは経営とかやってみないとわからないと思うんですけど。苦しいときにも「人のため」「社会のため」と最後まで考えられるなにかをアスリートは培っていかないといけない。仕事をやるのであれば、そこを意識してみるといいと思いますね。
他人のためにやる機会みたいなのは、学生スポーツのなかでもあるのでしょうか。ファンレターとか歓声とかをイメージするんですが。
必ずしもスポーツでそれを達成する必要はないですよ。例えば、アルバイトとかはすごく良いきっかけです。アルバイトすると初めて社会との接点が生まれて、自分の行動によってお客さんがどんな反応をするかとか見れるじゃないですか。そこからなにをしたら喜ばれるかとかわかってくる。アルバイトを「お金を稼ぐ」というところに目的を置いちゃだめなんですよ。心のそこからお客さんに尽くす時間って自分で割り切れるかどうかだと思います。課外活動とかもそうで、自分の成長のためってだけでやると、少しズれてしまう。やるからには待っている人のために精一杯行動する、それができればすごく良いものを得ることができると思いますよ。
海外のスポーツシーンを見て心に余裕が生まれた
海外のスポーツシーンってすごい楽しそうですよね。日本ってどこかで、走ることを罰則としてとらえられがち。練習として走り込みをしたり。走る=つらいこと、罰になっているんですよね、日本って。海外の場合は、全ての動作が楽しいっていう前提がある。スポーツを楽しみたいっていうのは人間の根元的な欲求なんですよ。まず、それを忘れてはいけないですし、まず自分が楽しまなければ損だし。自分がまず楽しくないと相手を楽しませることはできませんから。コーチとしても、誰よりも楽しむことを意識していますね。コーチが楽しそうじゃないと誰もついてきませんから。
荒川さんがスランプを脱したのもニュージーランドの経験が大きいというのを拝見しました。
集中して、狭い視点で、がんばることだけが正解ではない。そういうことにニュージーランドで気づけたことで、心の余裕が生まれたかな。勝たなきゃいけないっていう価値観だけだと苦しい。心の底から楽しんだ方がいいですよ。
楽しいという思いよりも、義務感で続けてしまっている陸上部の同期もいるんですが、彼らへのアドバイスなどお伺いできますか。
やめていいと思いますよ。その人は多分、「やめられない」ってどこかで思っているんじゃないかな。だから苦しいんですよ。別にやめることは悪いことじゃなくて。さっきの話に戻りますけど、心のなかにまだやり切ってないっていう思いがあるのであれば、続ければいい。もうやり切って、惰性だと思うのであれば、やめていいと思いますよ。それは本人の「選択」だけの話です。逆にやめてもいいと思えるからこそ、心に余裕が生まれて頑張れるというのもありますし。うつ病の方に「もっと頑張れ」っていうと良くないって言われるのと一緒です。スポーツシーンでも全く同じことが言えて、逃げてもいいし、やめてもいい。それでも自分で選択して頑張りたいと思うなら頑張ろうねっていう話です。
地図が描ければスランプは存在しない
スランプを脱却するための試みなどはあるのですか。
そもそもスランプがなぜ起こるのかというところなんです。本来、自分の強くなる姿へたどり着く具体的な地図を描ききることができれば、絶対に迷わないはずなんですよ。スランプになってしまったというのはこの地図を上手く描き切れなかったり、ルートが気づいたら違う方向に行ってしまったという時です。地図が間違っていた、それだけの話なんです。地図がそもそも間違っているので、その状態で試行錯誤しても意味がないんですよ。そういうときは一歩下がって、人に聞いたりしてもう一度地図を作り直す。地図が上手く描ければスランプなんてものは存在しない。メンタル的なものって言われるけど、それは迷った人がどういう心情になるかという話であって。その地図を示すためにコーチがいるんですよ。こういう技術が違うよ、戻そうよと。記録が伸びないとかで悩んでる人に、今目標に向かってどんな練習してるのって聞いても、全然地図が描ききれてない。接地を強くしたら速くなるはず、とか、筋力をつけたら速くなる、とか、その程度でしかなくて。ゴールまでつながってない。ひとつの変化が何につながってスピードの向上に寄与していくのか、それをロジカルに頭で想像しきらなければいけないです。良いコーチほどそのゴールまでの最短のルートを知っているんです。結局僕がやってるのは時短なんですね。いかに最短で速く走れるようになるまでのルートを示してあげられるか。
ビジネスにつながりましたね。
時短によって人生が変わるんですよ。僕も学生時代いろんな場所に足を運んで、教えてもらいに行きました。だから今、たくさんの地図を持っているんです。自分の世界観に閉じこもるのではなく聞きに行った方がいいですね。
守破離ということなんでしょうか。
それとは少し違いますね。人が描いた地図のうえにいる時点で、「守」なんですよ。みんな地図の上で「破」とか「離」とか言ってるだけで。みんな他人が引いたレールのうえを走っているのでしかない。本当に「破」と「離」を入れるのだとしたら、100mであれば日本人の9秒台。10秒台で走るためなら、そこに行くための地図はもうあります。そのレールをみんな知らないだけですよ。だったらレールの終点まではレールに乗ったら効率的じゃない?っていう。コーチや専門家を越えるまではずっと「守」として学び続けるべきです。
キャリアとして、まさに荒川さんはアスリートの「破」、「離」ですよね。ぜひこれを読んで体育学生も参考にしてほしいです。今日は大変貴重なお話ありがとうございました。
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