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テナガザルから、コタキナバルのテングザルへの手紙 〜その3

 連載最終回。

 なかなか暑さが和らがないが、そろそろ秋なんだってことは、ツバメの焦りからなんとなく推測できる。きみのところへの帰り支度が始まった合図だ。こことそっちとどちらが家なのか知らないけれど。わたしの家はここで、それはこれからもずっと同じだ。でもきみのところになど行きたくない、といえば嘘になる。きみにはたくさんの妻と、川と、それから天敵がいて、気が向けばふらっと独身の群れに入ることだってできる。どこにだって住める。自由ってことだろう。でもね、ここにも、たくさんの食べ物と、クジャクと、それから時間があって、1日を何もせずにやり過ごすことだってできる。自由ってことだ。手紙を読む限り、川に舟を浮かべてたくさんのヒトがきみたちに会いにくるそうじゃないか。それもこの国とたいした差はないってことに、気づいたんだ。
 ヒトたちはひっきりなしにやってくるが、彼らの行動の自由さも大したものだ。なわばりの概念がないみたいに。きみのいう通り、彼らの手をよくみてみたらなんともうひとつ目を持っていて、むしろそこからわたしたちのことを見ている。目が3つなのはどちらかというとメスに多い。なんてったって雌雄の違いはやはり服装からはっきりわかるんだ。この前のオスの群れはみんな同じ色だったけれど、いま目の前にいる若いつがいは体型まで全然違って、まるでゴリラみたいだ。わたしとパートナーは色も大きさもほとんど同じなのだが、ヒトはなぜ差をつけたがるのかっていうのが最近の疑問なんだ。わたしのみる限り、彼らは子ども集団のときから雌雄の差をつけることに慣れていて、そのほうが安定した関係をつくれると考えているのらしい。そしてつど装いによって性差の線を引き直して、確認しなおしていないと気が済まないのだろう。もし家族を作るだけならテナガザルのように平等でいいはずだけれど、彼らはオスとメスという彼らの習俗に根付いた区分に頼ることでしか、関係を結ぶことができないのかもしれない。
 若いつがいに子供が生まれると、ヒトも家族を形成する。前に子どもがいちばん力を持っている群れのことを書いたけれど、ヒトにはもう一種類の家族の形があるらしいのを目撃した。そこではオスの大人が幅をきかせていて、子どもとメスはそれに付き従うばかりだ。彼らは服装の違いもはっきりしている(母親は極めて動きにくそうなものを下半身に巻いていた)。そのとき思ったのだけれど、こういう場合のオスは未だ同質性の遊びの世界にいるようにみえる。彼はゲームをあがったはずだけれど(だってすでにオス群れを抜け出しているのだから)、それはメスと子どもを手に入れることによってということらしい。だからオスは獲得したものを周りに見せつけるようにしているんだ。家族のふたつの形を考えると、ヒトのオスにはうまれた子どもに屈服して同質性の遊びから降りるか、それとも乗り続けて勝ちに固執するかのふたつにひとつなのかもしれない。メスはといえば、どちらにせよ何かに従っていることには変わりない。

* * *

 外見に差をつけておかないと気が済まないという習性、それはクジャクとそっくりだってことに気づいた。ヒトにも、愛する相手に近づきたいがあまり傷つけてしまうようなことが、あるのだろうか?しかし彼らはわたしのみる限り歌も歌わないし、激しいアタックもしない、ただ抑制された言葉で静かに話しているだけだ。互いにぎこちない手紙でも送り合っているみたいに。つまりは、不器用なのだなと、考えることにした。二足歩行の彼らに比べて手が長すぎてうまく歩けないし泳げないテナガザルの方が不器用であるという反論は認めざるをえないけれど、わたしが言いたいのはもっと内面的なことについてなんだ。彼らは四六時中会話している。それは他のどんな生き物と比べても圧倒的な量だと思う。でもヒトはほとんどの場合、何かを伝えるためというより、何を伝えたいのか曖昧にするために言葉を使っているように見える。そのとき表現されているのは、彼らの内面というよりは、彼らの立場のようなもので、子どもの喚きや、子どもを率いる大人の命令や、オスの群れの囁き合いや、すべては自分と相手との関係を確認しなおすために使われている言葉なのだ。こんなふうにまわりくどいものだから、彼らは自分が本当に思っていることを少しも伝えることができないでいる。

* * *

 そろそろ締め切りだってツバメが騒いでいる。だからこの長い手紙をおわらなければならない。
 また次の春、きみの手紙を読むのを心待ちにしている。ここに書いたことへのきみの意見をぜひ聞きたい。それまで、寒い冬を、ヒーターと(まともに戻った)クジャクで凌ぐことにする。わたしなんかに言われなくても、って思うだろうけれど、ワニとウンピョウにはじゅうぶん気をつけて欲しい。
 クジャクが夏に落とした羽がとても美しくって、ぜひきみに見せたいと思った。それもツバメに託した。
 では、また。

 3月から10月 東京

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