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13 スーのひろいもの

掲載サイト
https://shimonomori.art.blog/2021/10/02/sat-an/

マガジン
https://note.com/utf/m/m4c5f981c39a9

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ビビは土曜日の午後にはよく、
図書館へ行きます。
好きなだけ本を読めるからです。

彼女の影響を受けてアンも本を読みますが、
ファンタジー小説を好むビビとは異なり、
児童向けの絵本や図鑑ばかり借りています。

ビビは最近になって自転車に乗りだしたので、
図書館へ借りた本の返却ついでに
自転車に乗る機会も増えました。

この日は雨で、アンも一緒だったので、
ふたりは歩いて行きました。

「スーだ。」

図書館の入り口近くに、
クラスメイトのスーの姿がありました。

教室ではビビの後ろの席で、
長身のスーは傘をさして立っていても
よく目立ちます。

「スー!」

アンは大きな声で呼びかけます。

目立つ赤色のモップに気づいたスーが、
意外なことに慌てて駆け寄ってきました。

「どうしたの?」

スーは大粒の涙をぼろぼろと流します。

胸元に視線を落とすと、
そこには濡れた真っ黒な毛玉。

ビビは思わずギョッとします。

「それはイヌか?」

「なにがあったの?」

「ここ、来るとき、ヤブで鳴いてたのを
 なついてきて、それで拾っちゃって。
 でもウチじゃ飼えなくて。」

ビビはアンと顔を見合わせます。

「ヤブから出てきた、ヤブイヌだ。」

「ちがうと思うよ。」

近くの動物園に展示されているヤブイヌは、
逆立ちしてオシッコするのが特長の動物で、
ビビが住んでいる地域では野生化していません。

抱かれた動物はプゥプゥと、
寝言のように弱く鳴いています。

「どうするんだろう…。
 保健所? シェルターとかかな。」

ビビは携帯で調べます。

「スーの家はヤブイヌ飼えない?」

「ウチはマンションだから。」

「ヤブイヌじゃないって。
 契約ってあるの。ここに住むなら、
 ペット飼っちゃダメだよって。」

「契約。知ってるぞ。
 ビビは? 闇の契約者?」

「闇でも光でもないけど。
 あたしの家は…。」

ビビはアンを見上げます。
大きな赤いモップと同居している時点で、
大きな疑問が浮かびました。

「あらかわいい。イヌ飼うの?
 いいんじゃない?」

母のティナが玄関で
毛玉をひと目見てそう言います。

「そんな他人事な。」

「だってイヌでもネコでも
 10年以上は生きるのよ?
 ビビは成人してるし、
 そこまで当然ちゃんと面倒見るんでしょ?」

「うっ…。」

母親の言葉はまったくもって正論で、
ビビは自分の責任で命を預かることに
不安を覚えます。

「わがはいも面倒見るぞ。もちろんビビも。
 スーも見に来い。」

「うん、そうする。」

ビビにふたりの視線が注がれます。

「…わかった。この子、あたしが飼う。」

ビビがその覚悟を決めると、
ティナはすぐに行動に出ました。

4人は車に乗ってホームセンターに行き、
イヌ用ケージとトイレ、子犬用のごはんや
ミルク、エサ皿を買い込みました。

濡れた毛玉は雨で弱っていたのではなく、
のんきに寝ていただけで、ごはんを食べると
元気にリビングを動き回ります。

晩ごはん後もアンは毛玉をケージから出して、
ビビの部屋に連れてくるので、
2匹の毛玉に読書を邪魔されます。

黒い毛玉はアンに付き従い、
どこへ行くにもついて回ります。

「ワンとは鳴かないのね。
 イヌなのホントに?」

高い声でプゥプゥ鳴くばかりで、
帰って来た姉のエリカが疑問を投げかけました。

夜は毛玉をケージに入れます。

夜中に起きたアンは洗面所から戻ると、
変な物音にリビングへ降りました。

毛玉がケージを噛んで鳴いています。

「ひとりぼっちで、さびしいのか?」

ケージの隙間から小さな頭をなでると、
アンもなんだかさびしくなって
扉を開けて毛玉を出しました。

「また、こんなとこで寝てるの。」

赤い毛のモップが、フラットにしたソファの
毛布からはみ出ています。

「おはよう、アンちゃん。」

「おはよー、ママさん。」

声に気づいてアンの赤い毛に隠れていた
黒い毛玉も、大きなあくびをして起きました。

アンは毎朝の日課を毛玉に教えます。

毛玉を抱え、2階で寝ている
ビビとエリカを起こしに行き、
それからみんなで朝ごはんです。

「ビビ、もう名前決めた?」

「うーん。オスメスどっちだろ。」

「動物病院連れていかないとね。
 予防接種とか、そのうち去勢も
 必要になってくるね。」

「あとで病院に連絡してみる。」

寝床を片付けて毛玉は、
今日もアンのあとをついて歩きます。

「黒曜号。トイレはこっちだぞ。」

「こくよう?」

「黒曜石のこと?」

「うむ。
 黒き闇の契約者。かの名は黒曜号。」

茶を帯びた黒色の体毛に黒い目を見て、
アンはそう名付けました。

「アンちゃんらしい。」

「いいんじゃない。」

「いいのかなぁ。」

ティナとエリカはうなずきますが、
アンの感性に麻痺しているふたりに
ビビは首をかしげます。

それから近所の動物病院に
黒曜号を連れて行くと、
老医はこう言いました。

「イヌ? あぁ、タヌキだね、こりゃ。」