新・生物学入門『ドラゴンの創り方』
あらすじ
諸君には、これから新たに
生物学の基礎を学んで貰います。
まずはこれを見てください。
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本作はフィクションです。
現実の生物学とは一切関係ありません。
予めご理解ください。
他サイトでも重複掲載。
https://shimonomori.art.blog/2022/05/28/hex/
文字数:約3,000字(目安3~10分)
※読了目安は気にせず、まったりお読みください。
※本作は横書き基準です。
1行22文字程度で改行しています。
その他の作品の案内。
https://shimonomori.art.blog/2022/04/30/oshinagaki/
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1.海事の外(そと)
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『海外では生物学の学習に、
ユニークな提案を求める。』
大人がそう宣うので、
子供たちはひとまず承る。
『新しい生物を創造しなさい。』
しかし子供たちは疑問を浮かべた。
「生物を…作るのですか?」
『既存の生物から発展させてもいい。
二足歩行の毛のないサルから旧人類、
すなわちヒトを創ったように。
獣、ムシ、サカナ、微生物、
菌やウイルスでもなんでもいい。
ここで大事とされるのは、
想像力を働かせることだ。』
しかし子供たちからはなにも出てこない。
『例えばドラゴンというものがある。
見た目は爬虫類そのものであるが
鋭い爪やコウモリのような翼を持ち、
空を自由に飛ぶことができる生物。』
「それはトビトカゲでしょうか?」
『あれは滑空だ。モモンガに近いが、
ドラゴンはハネを広げ、自由に空を飛ぶ。』
トビトカゲは、脇から飛び出た肋骨から
広がる扇状の皮膜を使って、風や空気抵抗で
降下飛行をする樹上棲のトカゲである。
「なるほど。ではそのドラゴンは
新しい生物なのですか?」
『新しくはない。
ずっと伝承されている空想上の生物だ。
火を吐くドラゴンまで創造された。』
「それは頼もしい。」
『頼もしい?』
「湯が沸かせる。」
『そういう考えは大事だ。』
突飛な子供たちの宣いに、大人が讃した。
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2.情報の孔(あな)
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『生物学を論ずるには、
まず生物を知らねばならない。』
「生物を知らなければ、
生物学は学べないと?」
『そうではない。』
大人は否定する。
『生物学は既存の生物に例えることが多い。』
「それはなぜですか?」
『情報の伝達を素早く行うためだ。』
「つまり、類型化ですね。」
生物は分類される。
ヒトかヒト以外の生物か、
オスかメスか、大人か子供か。
仕組みがあり、それに則り個体を設定する。
それを類型化と呼ぶ。
知識があるもの同士であれば、
既存の生物と照らし合わせて論ずることで、
相互の理解を素早く進められる。
これはヒトのオスの、大人である。と。
生物学は、概ねそのようにできている。
『しかしながら、その例えには穴がある。』
「アナ、ですか?」
『穴だ。穴にも形や大きさ、深さ、または
アリの巣のように複雑な構造かもしれない。
例えによって伝達される情報が、
互いに等しく共有されるわけではない。
ドラゴンも従来の爬虫類と同様か、
それ以上に大きさや種類は様々になる。』
「なるほど。
新しい生物を創造するというのは、
想像力を培うのみならず、
伝達能力を向上させる働きがあるのですね。」
『そうだ。』
子供たちが、大人の話にしきりに感心した。
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3.創造の枷(かせ)
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『ではなにか創造できたか?』
「ドラゴンですか?」
『ドラゴンでなくてもよいが、
生物を創造するのであれば、
必要なものがまだまだ多くある。』
「食べ物…生息地、でしょうか。
火を吐く理由は、エサを得るための捕食?
火を使えば寒さも凌げるかもしれません。
しかし爬虫類であれば…温暖な気候の土地が、
棲息に適しているのではないでしょうか。」
『それは固定観念だ。』
意見を否定され、子供たちは考えを改める。
『体毛を持たせることはできないか。』
「ドラゴンは爬虫類ではありませんか。」
『爬虫類とはいえ、ドラゴンだ。
創造の上なら羽毛くらい生えるだろう。』
「ではコウモリではなく、
風切羽を持つ鳥の仲間になります。」
『どちらでもよい。
世の中には飛べない鳥もいるだろう。
クジラやイルカ、蝶や蛾のように、
類型化はあくまで便宜だ。
創造に分類の精度を問う必要もない。
生物学とはそもそも、生物を
正しく観察することにあるのだからな。』
「創造の上での生物――、
生息地や大きさも自由であれば、
水鳥のように泳ぎ、クジラやシャチを
捕食するなどもできますね。」
『その通り。』
「深海に棲むドラゴンも。」
「火口などの極限環境でも。」
「宇宙で生きられる生命でも。」
子供たちは自由な発想で生物を創造する。
生物への固定観念は
子供たちの柔軟な思考を鈍らせていた。
すると大人は浮上して、
子供たちとの接続が切れた。
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4.知識の槽(おけ)
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「これが高度知性体だ。」
光り輝く透明な培養液から取り出された、
つややかな黒色をした正六角柱の物質。
「高度知性体という名ではあるが、
見た目はこのような、ただの石である。」
研究者がそれを爪先で弾くと、
硬く冷たい音が周囲の子供たちに届く。
「ただし、その名の通り
学習能力に特化した生物である。」
海水が滴る手のひらの物質、
高度知性体の姿を、子供たちに見せて回った。
皆、興味深くそれを見つめる。
目も吻も、臓器も、孔さえもなく、
生物とは思えない均等な石の柱。
「『考える石』とも呼ばれており、
成体になると思考にだけ特化する。」
「変なの。」
子供のひとりがそうつぶやいたので、
研究者はうなずいた。
「人類の叡智が生み出したこの奇妙な結晶。
高度知性体は電気刺激によって成長し、
『鉱化』…つまり生物ではなく、
このような石の姿になる。」
「あの水槽は?」ひとりの子供がたずねる。
「あれは幼体、子供の姿だ。」
高度知性体を取り出した水槽に
正六角柱の物質はなく、白く小さな箔が
浮き沈みを繰り返し、煌めきを放つ。
「幼体は自力で泳ぐこともできず、
培養液から栄養を吸収して分裂…
自分の複製を作り続ける。」
「どうやって幼体は成長するんですか?」
子供の質問に、研究者はうなずく。
「成体を幼体と同じ培養液の槽に入れることで、
高度知性体同士が連結し、信号を送りあい、
幼体は成体の持つ大量の情報を共有する。」
「海中教育だ。」
「そう。皆も経験があるだろう。
高度知性体とはいえ、遺伝情報だけでは
『知能』としては不完全だ。
成体となった高度知性体は水槽から取り出し、
こうして新たな肉体が与えられる。」
そう言うと研究者は『知能』と呼んだ石の柱を、
横になっている人形の子供のところに運び、
頸椎と頭蓋骨の間に開かれた
小さな孔にはめ込んだ。
高度知性体――
『知能』を収納した人形は、
目を見開いて研究者の顔と
周囲の子供たちを見つめた。
ヒト、オスとメス、大人と子供。
人形は仕組みに則り類型化し、
目の前の個体を認識する。
研究者の大人や周囲の子供たちも、
人形の子供が動き出したのを見て、
ヒトの子供と類型化した。
「さて、では改めて、生物学の話をしようか。」
大人がそう宣うので、
子供たちはひとまず承る。
(了)