送り狼・迎え犬
掌篇シリーズ『今夜12時、誰かが眠る。』
https://shimonomori.art.blog/2020/10/01/haox/
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俺は今夜、オオカミになる。
狙いは可愛い子ヒツジだ。
大学の合コンに来たハーフの子は、
明朗快活で積極的に男に接近する。
「イヌ、好きですか?」
可愛らしい声の彼女で尋ねられ俺はうなずく。
「キミみたいな子イヌちゃんとか大好きだよ。」
頭や顎の下を撫でてやると
くーんとイヌの鳴き真似をする。
なんだこの子…。
俺は少しだけ萎縮した。
ともかく顔良し、胸良し、体良し。
性格にはやや難がありそうだが、
まさにうってつけの子ヒツジちゃんだ。
子イヌか?
童貞を捨てるには彼女で申し分ない。
退店の時間になると酔った彼女の肩を抱き、
俺は彼女を家まで送り届ける振りをして
ホテルまで連れ込もうとした。
協力してくれた彼女の友人らに感謝だ。
そんな夜道の暗闇にイヌが現れた。
青い目の大型犬が鋭い眼光を放つ。
腰丈ほどの背の高さに太い脚と、
大きな頭に犬歯をむき出しにする。
「ヒッ!」
首筋が強張って、情けないほど
変な声が出てしまった。
「パパ?」
酔っている彼女が、イヌに呼びかけた。
酔っていたはずの彼女だが、素面になっている。
「パパ…?」
「帰りが遅いから迎えに来たぞ。」
パパという名前をした彼女の飼い犬だろうか。
俺もアルコールが回っているのか、
目の前のイヌが喋っているように聞こえた。
「今日は遅くなるって言ったわ。」
「…パパは聞いてないぞ。」
「だってパパには言ってないもの!」
反抗期の娘そのもので地声で張り上げる彼女。
あの可愛らしかった声はどこへやら。
「だれだその男は。」
「もうしょうがない…。
紹介するね。これが私のパパ。」
「これって言うんじゃない。」
『これ』と紹介されて不満を言うパパだが、
これ、に睨まれて俺は言葉に詰まる。
これ、は明らかにヒトじゃぁない。
「は、初めまして…?」
「彼はイヌが好きなんだって!」
「パパはイヌじゃないぞ。」
「イヌみたいなもんじゃない。
だいたいオオカミ男なんてダサいし古臭いし。」
「なんてことを言うんだ。
ご先祖に失礼だと思わんのか。」
喉でグルグル唸り声を上げて怒りをあらわにする。
確かに俺はイヌは好きだが…。
「オオカミ…?」
「ウチの家系はオオカミの化身なの。
外国の血が混じってるけどね。
私はオオカミ女?
これちょっとダサいよね?
男に飢えてるみたいじゃない。」
笑ってごまかそうとする彼女の言葉に、
酔いと血の気がサッと引くのを感じた。
「パパ。この人、私の新しい彼氏。」
「彼氏だぁ?」
太い犬歯を見せて威嚇するように唸る。
いや、威嚇しているのだ。
どこのイヌとも知らない若造に、
ひとり娘をやる気は無いと言わんばかりに。
「ね?」
そんなことを知ってか知らずか
眼光鋭く彼女は同意を求めてきたが、
俺はすっかり意気消沈して黙ってしまった。
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ひどい頭痛にうなされて目を覚ました。
翌朝、俺はひとり自宅のベッドに横たわる。
昨日は合コンに行っていたはずだが、
どうやら俺は何の成果も無く
手ぶらで帰ってきたらしい。
――らしい、というのは、
つまるところ前夜の記憶が無いからだ。
飲みすぎた拍子にやらかしてなければ良いが…。
朝から意気込んで出向いた合コンだったが、
今は何か魂が抜けた感じで無気力感に陥った。
それから大学で例の
青い目のハーフの子に再会した。
目は合ったものの、自分でも不思議なことに
声を掛ける気にはならなかった。
記憶は曖昧だが合コンに居た、
男に貪欲で、俺のような童貞には魅力的な、
可愛らしい愛想を振りまく子だ。
合コンで見た顔だと言うのは分かる。
酔った彼女をホテルに誘おうとした、
その後で何があったのか
友人らに揶揄されてもが思い出せない。
それどころか思い出そうとすると、
二日酔いの気持ち悪さに吐き出した。
どういうわけか俺は彼女と
付き合いたいとは思わなくなっていた。
それどころか大学在学中の今、
誰かと付き合う気さえも湧かなくなった。
俺は今まで自分は女に飢えた
オオカミだと思っていた。
それが今では去勢されたイヌに成り下がっている。
ひとつだけ考えを改めたことがある。
童貞を捧げる相手は選びたい。