TVショー『鉄腕料理人』
あらすじ
『鉄腕料理人』とは、
全世界50億人の視聴者数を誇る
宇宙最高の料理バラエティである。
王座防衛を続ける鉄腕料理人に、
10人の挑戦者たちが立ち向かう――。
さて、今週のお題は。
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他サイトでも重複掲載。
https://shimonomori.art.blog/2022/02/19/ironarm/
文字数:約4,000字(目安5~10分)
※読了目安は気にせず、まったりお読みください。
※本作は横書き基準です。
1行23文字程度で改行しています。
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料理人がひとり、分厚いまな板に頭をぶつけた。
会場に頭突き音が響いたが、
それが1度きりではなく何十回も繰り返されて、
熱狂していた客席はあまりの事態に静まり返った。
次第に料理人の額に血が流れる。
――あぁ、今回もダメだったか。
最後の挑戦者を見つめて私は冷静に判断した。
この番組は狂っている。
頂点に君臨する私でもそう思うほどだ。
昔はよかった。
まともだったかと問われればあやしいが、
一般人の挑戦者が狂うなんてことはなかった。
以前は地球上にある珍しい食材に、
知識と技術と少しの度胸で挑む普通の、
ちょっと変わった料理番組だった。
身が美味しいとされるバラムツの料理には、
人体では消化できない蝋の影響を
スタッフ自身がその身をもって体験し、
下ネタではあったが番組を一躍有名にさせた。
スタッフが一丸となって、
よい番組を作ろうとしていた。
料理人は調理場を飛び出して、
砂漠で食材を集めたり、筏の上で料理もした。
熱心な番組作りが功を奏し、または事故を生み、
西アフリカでラーテルに噛まれた男性スタッフは
尊厳に関わる不名誉な賞を受賞した。
私も解説兼、番組の看板となり一定の人気を得た。
アメリカザリガニ、ジャンボタニシ、ウシガエルの
日本侵略的外来種という3種をメイン食材にした
創作和食を作ったときは世界中から
非難の声が上がったりもした。
それでもリスペクトの心は日本には通じたようで、
どんな外国料理ベースでもumami調味料などで
和食風にアレンジをすればだいたい許された。
和食は懐が深くそれでいてヘルシーで、
番組でもよく取り扱って一定の支持を得た。
そこから害獣つながりで、
アライグマも食材にしたこともある。
個体差によって臭みが強く出たのが問題で、
料理人のひとりが「ゴミパンダ!」と叫び、
肉をゴミ箱に投げ捨てて番組を放棄した。
どんなにひどい食材であっても、
料理人は食べ物を粗末にしてはいけない。
生き物を取り扱う仕事であり、
敬意を払わなくてはならない。
というわけで該当の料理人を懲罰房に入れ、
アライグマ料理を実食させる制裁を加えた。
クマの手や、ウシのペニス、ブタの睾丸など、
珍品を使った料理も視聴者からは好評だった。
視聴者も番組に刺激を求めていた。
中には見た目がグロテスクであるとか、
変わった動物保護団体からの抗議もあった。
面倒な団体だが、どうにも偏っていて
普段使っている魚卵や動物性脂肪には抗議するが、
無理やり食べさせられる料理人や
アライグマについてのクレームは一切なかった。
そんな方々のためにひとつの企画が誕生した。
人間の髪の毛がメイン食材になったとき、
視聴者数が最悪になった。
髪の毛は食材ではない。
そんなことは子供でもわかる。
髪の毛を発酵させて醤油にした歴史も存在する。
しかし製造コストや衛生面の問題から、
生産されなくなった背景もある。
髪の毛はタンパク質のケラチンなので、
同じ構造であるトリのくちばし同様に扱う。
ただし髪の毛を揚げただけでは歯に挟まり、
食感はひどいものになるだろう。実際なっていた。
それに毛の色によっては見栄えも悪くなる。
特に黒髪はよくなかった。
決して差別的な発言ではなく、
これは純然たる事実、区別である。
髪は細かく刻み、黒ごまやイカスミと混ぜ合わせ、
小麦粉と共に練り、ごまかし、調理する。
生地から毛が生えているように見えて、
焼け溶けた毛の見た目も最悪だった。
香りも髪の毛の焦げた臭いが雑じる。
この回によって、料理だけではなく
番組に対する評価も地に落ちた。
視聴者をあきれさせれば当然の結果だ。
それがターニングポイントだった。
似たような番組が山ほどできた。
競争相手がいるのは決して悪いことではない。
料理を作り、評価され、互いに技術を高め合う。
それは料理人にとって大切なことであり、
番組作りもまた同じである。
しかし食材からテーマまで
まるごと盗まれた動画であれば、
放置しておくわけにはいかない。
けれども調べて訴えようにも、
動画は星の数ほど存在した。
それほど人気番組になっていた。
事務処理に追われて番組を畳むくらいであれば、
そのお金で番組の予算を拡大させた。
私が王座に座り、
世界のあらゆる料理人から挑戦者を募った。
私と10人の挑戦者はお題となる
メインの食材が事前にわからないように、
電波暗室と呼ばれる部屋に1週間ほど隔離される。
食材を用意するのは時間がかかるからだ。
電波暗室とは外部からの電波を
遮断するために作られた部屋で、
四角錘の形をした電波吸収体が
内壁全面を覆っていて見た目も異質だ。
外界から隔離した挑戦者たちは
公平性を期すために、番組側から提供する
質素な食事だけで過ごすことになる。
食事の楽しみもテレビもネットも、
ゲームも本も、おもちゃすらない。
電子機器等の持ち込みもできず、
1週間、なにもできない。
動物園の檻よりも過酷と言われるこの挑戦だが、
件の動物保護団体は人間には関心がないらしい。
補足しておこう。
このような挑戦者たちに対して、
当然ながら人権保護局は動かない。
かれらは人の権利を守るために活動するが、
挑戦権までをも制限することはない。
それは人の権利を侵害することになり、
活動に矛盾が生じるからである。
挑戦者たちは全員自由意志で参加し、
高い危険性を理解してもらった上で
なん枚もの同意書にサインする。
その動画記録も存在し、起訴もされない。
番組が無理やりサインさせたわけではない。
威圧感のある部屋の空気で
精神に支障を来す者も多いが、
そんな条件下でも挑戦者は後を絶たない。
王者である私に勝った場合の賞金は、
億を超えている。
番組内容も料理の知識さえないひとが会社を辞め、
保障された日々の生活を捨て、
夢を求めて私に挑戦しに来るのである。
電波暗室での挑戦者たちの生活の様子は、
カメラによって世界中に24時間配信される。
この虚無とも狂気とも呼べる配信を、
常に1万人以上が垂れ流し、眺めている。
電波暗室は外部から電磁波の影響を受けないので、
身体によいと豪語する挑戦者もいた。
そんな挑戦者も入室から3日と経たず、
カメラに向かって救助を求めていた。
ある挑戦者は退屈に狂い、
話し相手を求めて靴下と会話をはじめた。
風呂やトイレから出てこなくなる挑戦者も多い中、
それでもふたりだけがなんとか残った。
今週のお題はプラナリアだった。
ナミウズムシという名前で、体長は1~2cmほど。
薄いナメクジのような淡水棲の生物である。
その特徴は分裂することにある。
1週間かけて番組がプラナリアを切っては増やし、
用意したのであろうことはわかった。
この調子なら来週のお題は、
番組スタッフ特製のサナダムシが予想される。
食する評論家のリアクションが目に浮かぶ。
先週の粘菌に比べれば形があるぶんマトモだが、
今回も決して食材と呼べるものではなかったので、
挑戦者のひとりは食材を見て、料理を試食する前に
その場で泡を吐いて倒れた。
まな板に頭突きを繰り返す最後に残った挑戦者は、
スタッフに制止され、病院へと運ばれた。
こうした食材未満の生物が用意されることは、
番組の傾向から確認しておいて欲しいものだ。
繰り返すが、この番組は狂っている。
挑戦者の何人かは病院送りになり、
審査員も料理ならざる料理を食べて
入院した者もいる。
過去にはオンデンザメが用意された週もあった。
あれはいまにして思えば、肝油になるだけ
まだマシだったのかもしれない。
しかし食材ではない。
お題に木材や鉱物が出てこないのは、
審査員へのせめてもの慈悲だった。
さて挑戦者がいなくとも
狂った番組のために料理をして、
審査員に食べさせるのが王者である私の役目だ。
さて、今回のお題のプラナリア。
どう調理したものかと私は考える。
シャーレにみっしり入れられた
大量のプラナリアの群れは、
カース・マルツゥのような
ウジ入りチーズを連想させる。
淡水生物であれば濃厚なチーズに、
瑞々しさを加えられるかもしれないが、
料理としてはいささか疑問が残る。
ウジが胃を突き破るような絵面の面白さはない。
せっかくなので審査員に踊り食いでもさせようか。
塩でぬめりを取ってみたが、
プラナリアは水分を奪われ死んでしまった。
プラナリアは分裂と複製を得意とするが、
死はあっけなかった。
そもそも塩は駆除方法のひとつだった。
塩もみしたプラナリアを洗ってから湯引きする。
湯引きとは魚などの生臭さをなくす方法である。
お湯にくぐらせ氷水で身を締めると、
小さかった身がさらに小さくなる。
小さすぎてこれでは食感さえなくなる。
困ったときは小麦粉である。
先週の粘菌も小麦粉と混ぜてごまかした。
口に入ればどれも同じだ。
あとは消化さえできればいい。
消化できなければバラムツのように、
吸収されずに出てくるだけだ。
それでも視聴者は喜ぶだろう。
審査員も狂っているから安心だ。
前回はパンケーキだったので、
今回は刀削麺にしよう。
プラナリアの形も麺で再現できる。
プラナリアを混ぜた生地の塊を削ぐように、
麺を切って沸かした鍋に落とした。
一定の速度、一定の長さ、一定の形を保ち、
肘を動かして素早く生地を切る。
昔はこの作業を人間が行っていたという。
私は肘のモーターを制御して生地を切る。
王者であり精神面に勝る機械人形の私が、
人間などに負けるはずはなかった。
それから何年か後――。
私が王座を退いたのは、新たに発足された
機械人形保護団体の抗議が原因となった。
人間たちの保護はまだまだ先になりそうだ。
(了)