21 ビビのアイス
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マガジン
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ビビは窓の外の澄みきった青空を見て、
読み終えた本の返却をためらいます。
おつかいにも行かなくてはいけません。
窓から入る強い日差しに、
目を細めてカーテンを閉じ
部屋の空調を切ります。
図書館で借りた本をカバンに入れて、
リビングに降りました。
暑さで冷たいフローリングに
伸び切った黒曜以外、
いまは家の中にだれもいません。
母のティナも、今日はデートに出かけています。
「暑いよなぁ…。」
出かける気も起きず扇風機の電源を入れ、
アイスをかじり、さらにフラットにした
ソファで黒曜と横になります。
「こんなに暑いと家出たくないよ…。」
ビビがひとり言のように話しかけながら、
黒曜のゴワゴワとした毛をなでます。
「黒曜はトリミングするか?
サマーカットとか。」
首から下の毛を全て刈り取った姿を思い浮かべ、
ビビは声をひそめて笑います。
実のところビビは黒曜を飼うことに、
あまり乗り気ではありませんでした。
本当はずっとウサギやモルモットなど、
小動物を飼いたかったのです。
おこづかいで買えて、
手間がかからないと思ったからです。
拾われた黒曜を飼えば、
クラスメイトで長身のスーと友達になれる
と、浅はかな気持ちもありました。
ペットはビビが友達を作るための
道具ではありません。
ウサギやモルモットが小動物だからといって、
その命の責任が、大きさやかかるお金に
比例するわけがありません。
アンがスーのために請求書を作ったときに、
ビビはそのことにようやく気付かされ、
黒曜ときちんと向き合うようになりました。
黒曜のひたいを指先でなでると、
気持ちよさそうにクゥと鳴き声が漏れます。
ビビと黒曜だけの静かだったリビングに、
玄関の扉の音が響きました。
誰かが家の中に入ってきたのです。
か細い悲鳴にも似たうめき声が、
なにやら扉の向こうの廊下から聞こえます。
「え…。なに?」
タヌキの黒曜にたずねたところで
答えてくれるはずもありません。
ソファから起き上がり、
扉を開けて廊下をそっと覗きます。
ビビはひと目見てゾッとしました。
そこには赤い毛の塊、
アンが廊下の床に倒れていたのです。
「どうしたの?」
「あつい…。」
「そりゃ暑いよ。どこ行ってたの?」
「ガレージ…。」
空調の備わっていないガレージは、
この季節、蒸し風呂も同然です。
「熱中症だよ! それ。」
「熱ちゅー?」
「えっと暑いと熱が、
身体の中にこもっちゃうんだよ。
家でもなるから気をつけないと!」
毛におおわれたアンなら、なおさらです。
ビビはあわてふためき、
手にした食べかけのアイスを
アンの口に突っ込むと、
熱のこもったモップを廊下から
空調の効いたリビングまで引きずりました。
冷蔵庫から小ぶりのペットボトルを
いくつか持って来て、脇や太ももに挟み込み、
それから冷凍室にあるアイス枕をタオルでくるみ、
アンの頭の下に差し込みます。
「気持ち悪くなったらすぐ言ってよ。
黒曜、乗っちゃダメだって。」
「冷たくて気持ちいい。」
アンのお腹の上から毛玉おろして、
ビビは動けないように黒曜を足の間に挟みます。
「そう。それで、
なんでガレージなんかにいたの?」
「石…。」
「あっ! 石みがいてたの?」
アンがうなずきました。
以前、姉のエリカと一緒にガレージで
石をみがいていたのを思い出しました。
「こんな暑い日に。」
「知ってるか。石を綺麗にして売れば、
好きなだけアイス食べられるぞ。
黒曜も食べなくて済む。」
「だから黒曜は食べないって。」
ビビはすこし呆れましたが、
アンはよくお金のことを気にしていました。
タブレットを充電するにも電気代が、
アイスを食べるのにもビビのおこづかいが、
黒曜を飼うことでさえ、お金はかかります。
それでもそれは、居候のアンが
気にすることではありません。
「それに、アンはアイス買うために
石を集めてたわけじゃないでしょ。」
「そうかも…。ビビの言う通りだ。
大事なことだった…。」
アンは反省します。
「アイスか…。
アンが食べてるの、それが最後だよ。」
「そんな…。」
アイスの棒を握りしめて、絶望を味わいました。
「おつかい行かなきゃだけど…。
あ、アレがあれば作れるよ。」
思い出したようにビビはキッチンに向かい、
戸棚をあちこち開けてなにかを探します。
「こっちじゃないか…。
アンの部屋ちょっと入るね。」
「うー。」
アンが返事にうめいたのは、
アイスの棒を名残惜しくしゃぶっていたからです。
しばらくしてビビが戻って来ると、
小さな箱を抱えていました。
「アンの部屋あつい。」
箱から取り出したのは、水色をした
プラスチック製のペンギンの模型。
「シロップあったかな。」
「なにこれ。」
「かき氷作るの。」
ペンギン模型のかき氷機を一度洗って、
ガラスの器とスプーンを並べます。
ビビは製氷皿から取った氷を、
ペンギンの頭部にあたる機械の上部に放り込み、
電源を入れると、けたたましい振動と音を立て、
ペンギンのくちばしから足元へと
白い氷の粉を吐き出しました。
「アイスだ!」
ガラスの器を回転させて、
降り落ちる氷の形を整えます。
機内の氷が尽きる頃には
大きな氷の山が完成しました。
「氷入れすぎた…。」
「食べよう。食べよう。」
ビビがイチゴ風味のシロップを手にして、
一度アンにたずねます。
「シロップ、なに色がいい?」
「なに味。」
「味は一緒。」
「一緒なのか。」
「風味? においとかが違うっぽい。」
「それ、食べ比べる。」
「だから一緒だって。
そうだ。練乳もあるから後で入れよう。」
暑い夏の訪れ。
冷たいかき氷を一緒に食べました。