私のバツを求めて
あらすじ
人殺しと呼ばれたサチ。
中学2年、春。
隣の高校へと向かう足は重い。
古賀島サトルという名前の、
被害者の男に会いに行く。
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他サイトでも重複掲載。
https://shimonomori.art.blog/2022/04/16/reproach/
文字数:約6,000字(目安10~20分)
※読了目安は気にせず、まったりお読みください。
※本作は横書き基準です。
1行23文字程度で改行しています。
人殺しと呼ばれた少女。
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春のはじまり、1週間の休みを終えて、
久しぶりの中学校はサチには苦痛だった。
空気が重く、視線は冷たくて刺々しい。
人殺しだとか出所したなどと、
好き勝手に揶揄や嘲笑をされた。
同じグループにいる友達とは
以前よりも距離を取られ、
私はグループに近づくこともなかった。
――このくらいの報いは当然だ。
私は人を殺しかけたんだから。
サチは自分に言い聞かせた。
授業が終われば逃げるように学校を出て、
いつもとは逆の道を今日はひとりで歩く。
足取りは重い。
視界はやけに狭く、まだ日は高いのに、
いつもより暗く感じた。
自分の足音が、まるで
他人のもののように聞こえる。
目的の場所は徒歩30分ほどの地元の高校。
移動はバスでもよかったが、
バスが到着するよりも歩いた方が早い。
それに楽することをサチは選びたくはなかった。
正門に着いたものの、途方に暮れるサチ。
後先考えずに来てしまったのが
自分の悪いところだ、と反省した。
とりあえず優しそうな感じの、
ふたり組みの女子生徒に声をかける。
「古賀島さんって生徒はご存知ですか?」
「こがじま? 何年生?」
「たぶん2…3年、だと思います…。」
「わからん。知ってる?」
「そのひと、何部入ってるか、わかる?」
「ラケットバッグ背負ってたので、
たぶんテニスか、…バドミントン…。」
「バドミはウチにないからテニスだね。
コート案内してあげる。
女子に知り合いいるし。」
「すみません。ありがとうございます。」
「カレシ、じゃないの?」
「痴情のもつれってやつ?
生き別れの兄妹とか?」
「ええっと…。」
ふたりの質問攻めに、サチは口ごもった。
中学生のサチは案の定、注目の的になった。
取り立てて美人でもなければ、背も高いわけでも、
悲しいかな体型がスラリとしているわけでもない。
「古賀島? の、カノジョ?」
テニス部の女子から男子の部長らしき人物が、
頬を緩めながら対応した。
「ちがいます。」今度はハッキリと断った。
「コガなら退部したよ。」
「退部? それは、どうして。」
「知らないの? 事故ったからだよ。
大会予選のタイミングでツイてないよな。
3年は最後なのに。」
「そうですか…、あの…学校は…?」
「来てないよ。オンラインだって。
俺も自宅で授業受けてぇ。」
「ありがとうございました。」
会話を打ち切るように頭を深く下げて、
サチは高校を逃げ去った。
古賀島サトルは部活を辞めた。
理由は事故にあり、事故の原因はサチにあった。
帰宅中、サチは古賀島サトルの
乗っていた自転車にぶつかり、転倒した彼の上に
後方から来たバイクがぶつかった。
バイクの運転手にも怪我があったが、
ヘルメットのおかげで幸い軽傷で済んだ。
しかし古賀島は左足を怪我して救急車で運ばれ、
1週間の入院生活を余儀なくされた。
今日改めて謝罪に行ったはずのサチだが、
テニス部の古賀島の選手生命を、
事故で奪ったことを知り愕然とした。
――私のせいだ…。
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翌日、古賀島サトルの自宅に、
サチは菓子折りを持って訪問した。
サチは以前も訪問したが、そのときは入院中で、
古賀島からは面会を拒絶されていた。
深く息を吐いて、インターホンを押す。
「はい?」女性の声。
「すみません。以前、事故の件で
お詫びに伺いました佐寺衣です。
こが…サトルさんはご在宅でしょうか。」
サチはカメラの向こうの
見えない相手に向かって、深く頭を下げる。
しばらくなにの反応もなかったが、
すぐに玄関の扉からサトルの母親が姿を見せた。
「これ、わざわざ、サトルに?」
サチは快くリビングに迎えられたが、
目的の古賀島サトルは不在だった。
「あの…サトルさんはどちらに?」
「今日図書館に行っててね、
夜まで帰って来ないのよ。」
「そうでしたか。
学校にも伺いましたが、
事故で部活を辞めたと聞きました。
あの…本当に、すみませんでした。」
「あの子、むっつりだから。」
「…むっつり?」
「お父さんに似てるのかしら。
よく一緒に釣りに行くんだけれど、
ふたりしてなにも喋らないのよ。」
母親はその様子を思い浮かべて笑っている。
「突然の訪問にも関わらず、
ありがとうございました。」
門前払いを受けるかと思ったが、
菓子折りを渡すことができた。
しかしサチはまだ本人に謝れてはいない。
何度も自宅を訪問するのも迷惑がかかる気がして、
今度は古賀島サトルがいる図書館を目指した。
ワンフロアだけの小さな図書館だが、
それらしい人物が見当たらない。
と思ったところで、
トイレから出てきた
古賀島サトルと鉢合わせた。
「あっ!」
突然の遭遇に、サチは
少し大きな声を出してしまい自ら驚いた。
お互いに顔は判然としていなかったが、
サチは松葉杖をつく古賀島に気づき、
古賀島もまた、サチの顔を見て察した。
「静かにしろよ。」
低い声で迷惑そうに言った。
古賀島は折れた左足をギプスで固めて、
松葉杖をついてゆっくり自習室へと向かう。
幾人かの学生らの片隅で、
古賀島は勉強をしていた。
自習室の出入り口で立って眺めていると、
ほかの利用客に不審がられたので、
サチは近くの席に座り考えを巡らせた。
――静かにしろよ。
と、古賀島に注意され、
サチはなにも言えなかった。
まず謝罪の言葉をいくつか用意していたが、
この場のこの状況では、どのタイミングで
言えばいいのかわからず、静粛を求められる
図書館という場所には不適切であった。
自分の考えなしの行動が、余計に自分を苦しめた。
顔を覆い俯いてはときおり古賀島を見て、
気にも留めず平然と勉強をする彼の横顔に、
自分の居場所の無さに打ちひしがれる。
「帰るんですか…?」
古賀島が席を立ったタイミングで声を掛けた。
「トイレだよ。」
「あ…。なにか…。」
サチは気が動転して、不慣れに松葉杖を立てる
古賀島に向かって変なことを口走った。
「手伝えることってありますか?」
「…発言には気をつけろよ。」
眉間に深くしわ寄せて、
古賀島は自習室を出ていった。
彼の言う通り、サチの放った言葉は最低だった。
サチが手伝えることなどなにもない。
まず館内で会ったときに、
古賀島はひとりでトイレを済ませていた。
その言葉自体が迷惑でしかない。
――障害者扱いして、健常者面したんだ、私…。
恥ずべき発言に、顔を覆って机に突っ伏した。
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閉館時間を知らせる放送が館内に流れる。
自習室から見える窓の外はもう暗かった。
羞恥のあとで、サチは寝ていた。
寝ていたサチの姿を、
古賀島は頬杖をついて眺めていた。
「俺は帰るが?」
なにやら面白いものを見た様子で、
口角を上げている古賀島に、
寝ぼけ眼のサチは覚めると同時に顔を赤らめた。
古賀島は大きなバッグを背負い、
松葉杖で前を歩く。
事故の日に見た、
ラケットバッグは背負っていない。
サチに手伝えることはない。
なにかを言おうにも、
どんな言葉も相手を不快にさせる気がして、
サチはためらったまま後ろを歩いた。
帰りの道は同じだった。
通りに出て、近くのバス停に着いたが、
古賀島は壁にもたれてひと息つく。
「あの…座らないんですか?」
バス停の座席は空いている。
「一度座ったら、今度は立つのがしんどい。」
「そうなんですね…。」
――また失敗した。
サチはうつむいて、なにも言えなくなった。
古賀島は時刻表を確認して顔を歪めた。
バスはまだしばらく来ない。
「今日はカレシと一緒じゃないのか。」
「ちがいます。」
「ウチから、ここまでやってきて、
ひとりで謝罪したいんじゃないのなら、
オレからなにか言って欲しいわけだ。」
古賀島はサチを見て、そう告げた。
サチが思い浮かぶ謝罪の言葉はいくつもある。
しかし謝って済むような事故ではなかった。
怪我が元通りになるわけでもなければ、
古賀島が部活を辞めたのも怪我に理由がある。
「腓骨骨折。」
「えっ…。」
古賀島がつぶやいた。
足のふくらはぎ側にある細い骨が、
バイクに轢かれた際に骨折した。
いまはギプスによってスネから足の裏まで
がっちりと固定されている。
「全治1ヶ月だと。」
「でも部活も辞めたって…。」
「部活を辞めたのはキミの…名前なんだっけ?」
「え…佐寺衣です。佐寺衣サチです。」
「そう、佐寺衣は自分のせいだと
勝手に責任感に浸ってるみたいだけど、
退部届けを出したのはオレの判断だよ。
キミ…佐寺衣が出したわけじゃない。」
「大会に出られないからじゃ。」
「まぁ大会に出ても結果は見えてたし、
もう3年で受験も控えてるから、
勉強するなら早い方がいいだろ。」
そして古賀島の口から本心がこぼれた。
「見てるだけでなにもできないのは、
歯痒いだけだしな。」
「あの…本当に、すみませんでした。」
何度目か分からなくなるほど、
深々と頭を下げて謝罪した。
古賀島のため息が漏れ聞こえる。
「事故のことについてはもう、
保険屋のひとがやってくれてるからいいだろ。」
「それでも私は、ちゃんと
古賀島さんに謝れてなくて。
入院中は面会もできなかったし…。」
「その謝罪は自己満足じゃないのか?
オレは『謝ってくれ』なんて言ってないだろ。」
「そうですけど…。」
「オレがあの事故について、
佐寺衣を叱責することもないよ。」
「どうしてですか?」
「佐寺衣たちの横を通り抜けようとして、
ぶつかった拍子にバランスを崩して、
間抜けな俺は道路に飛び出した。
ちょうどそこにバイクが来た。
トラックだったら危なかったけど、
バイクだったからこの程度で助かった。」
松葉杖の先で、ギプスを軽く小突いた。
「部活については、引退が早まっただけ。
おかげでいまから受験勉強に集中できる。
部活のせいだとか、事故のせいだとか、
そんなことの言い訳にさせないでくれ。」
「…すみません。」
サチは自分の配慮の無さに
ますます気が滅入ってしまう。
「アンガーマネジメントって言うんだと。」
「なんですか?」
「テニスやってると、自分の思ったような
ボールが打てないときがあるんだよ。
中学でもテニスくらい授業であるだろ。」
「ソフトテニスなら。
打ち返すのに精一杯で、
そこまで考えたことありません。」
「…運動できなさそうだもんな。」
古賀島はサチの体型を見てから言い放った。
年齢の割に胸はそれなりに成長したが、
古賀島の指摘の通り、運動は昔から苦手だったので
反論の余地はなかった。
「ぐっ。」しかし悔しさに思わず声がもれる。
「そういうやり場のない怒りの気持ちを、
テニスの試合中は抑えなくちゃ
いけないんだよ。」
「それが…アンガー?」
「アンガーマネジメントな。
コートで叫んだり、苛立ちのあまり
ラケットを破壊するプロもいるけど。」
「そういえば、なんか見たことあります。」
「感情の発散にはいいらしいんだと。
今回の事故で、巻き添えのバイクの運転手や
佐寺衣に文句を言っても仕方がない。
感情的にならず先を考えると、それより
自分のやりたいことをすべきだと思った。」
「やりたいこと…それって、進路ですか?」
古賀島はうなずいた。
「怪我してテニスが嫌いになったわけでもない。
リハビリして、大学行っても
たぶんテニスはやってると思う。」
それを聞いて、サチは少しうれしくなった。
「見てるだけでも楽しいけど、
選手としてのオレは、スタミナと
筋肉不足で芽が出ない方だと分かった。
それでこれから何年先もテニスに関わるなら、
医療系に進むのも、選択としては
有りだと考えた。」
「…立派ですね。」
進路やその先の、将来のことなど、
まだ中学生のサチはなにも考えてもいない。
「いや、遅いくらいだ。
まぁそういうことだから、
佐寺衣を叱るつもりもしない。
叱らないことを残念がらないでくれよ。」
「べつに叱って欲しいわけじゃ…。」
しかし、古賀島の言う通り、
サチが一方的に謝罪して気が済む問題でもなく、
叱られたところでwin-winな関係にはなりえない。
彼の宣言を受けてサチは自分の行動に納得する。
「突然押しかけたにも関わらず、
ありがとうございました。
それに…さっきは失礼なことを言ってしまって
すみませんでした。」
「トイレでなにを手伝うんだか…。」
「言わないでください。」サチは顔を赤くした。
「あまり他人を詮索するつもりもないけど、
例のカレは?」
「だからカレシじゃありません。」
「あの日、たしか一緒にいた。」
歩道をふたり並んで歩いていた。
そこを通り過ぎようとしたとき、一瞬
男の方と目が合ったのを古賀島は記憶していた。
「同じクラスのグループだったんですけど。
最近ちょっと付きまとわれてて。」
「ストーカー?」
「そこまでじゃないですけど。
あの事故の前までは帰りが一緒で、
告白っというか『付き合おう』って言われて、
その日はきっぱり断ったんです。」
断り方が相手に不快感を与え、
その男子はサチを突き飛ばした。
「そしたら私が自転車に…、
古賀島さんにぶつかったことになってて、
グループには私の悪口が…。」
――殺人未遂。ビッチ。人殺し。
それを聞いた古賀島は、
中学生の痴情のもつれの果てに
迷惑を被ったことになる。
それから轢いたバイクの運転手も。
サチの辛気臭い顔を見て、
古賀島はこれ見よがしにため息をついた。
バスが来た。
バスに乗る前に、古賀島はサチにひとこと告げた。
「学校が嫌なら、図書館で過ごせばいい。」
「えっ。」
「授業なら家で、オンラインで見られるし。
お友達グループか、それとも体裁か。
きっと誰も佐寺衣を叱らないだろ。
じゃあな。」
バス停に取り残されたサチは、
古賀島の乗ったバスを目で追って立ち尽くした。
サチがずっとひとりで考えを巡らせていたことが、
古賀島からの言葉でなにもかもが
吹っ切れてしまい唖然とした。
帰りの足取りは軽くなり、
夜道は以前の昼間より明るく感じた。
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「また寝顔でも見せに来たのかと思った。」
「寝ませんよ。
来いって言ったの、
古賀島さんじゃないですか。」
「そんな言い方してない。」
古賀島は否定になってない否定をした。
サチが学校に行かず図書館の自習室に顔を出すと、
古賀島は少し嬉しそうな顔をした。
「そうだ。あれから保険屋から連絡があった。」
「…なんですか?」
「防犯カメラに事故の映像があったってよ。」
「それが?」
寝顔の件を気にして顔を赤くするサチには、
話の流れがすぐ理解できなかった。
「佐寺衣の無実が証明された。
動画で例のストーカーくんが
オレごと突き飛ばした証拠になった。」
サチを押す前に古賀島と目が合ったのは、
やはり気のせいではなかった。
「警察も保険屋も相談に乗るってさ。
これで学校のグループも説得できるだろ。」
サチは少し考えてから、うなずいた。
「根も葉もないウワサなので平気です。」
微笑むサチは、以前よりも明るい表情を見せる。
これが本来のサチなのだと古賀島は思った。
「それをウワサで済ませていいものか?
気にしてないなら、図書館に来る必要も
ないんじゃないか?」
古賀島の隣に座るサチが目を細めて笑う。
「ここに来ても、叱られませんから。
ね、先輩。」
押し迫るサチに古賀島は身を引き、
露骨に嫌そうな顔を見せた。
しかし自習室でのふたり関係は、
古賀島の大学受験を終えても続いた。
(了)