怪力少女は、まだ知らない。(4)
あらすじ
生まれつき怪力の少女は、通学途中で遭遇した事故現場でトラックを軽々と持ち上げる。そこで下敷きになっていた変わった価値観を持つ少年との出会いを通じ、学校での些細なトラブル、自分の病気(怪力=障害)や、別れて暮らす家族、そして彼女に欠落していた『愛』を取り戻すための青春物語。 ©2023 星子意匠 / UTF.
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4話『生物部の観察』
脚本・星子意匠
■ 04-01 廊下:
◆ 04-01-01 エマとミツオ
女子トイレから出てきたエマを、男子の黒仏ミツオが入り口で待ち構えていた。
ミツオ「やぁ、お人形ちゃん」
エマ「げっ。なにあんた、ストーカー?」
ミツオ「いきなりひどいじゃないか」
エマ「ひどいのはあんただよ。
シアンに迷惑かけて、
開き直ってんだもん」
ミツオ「それを謝る機会が欲しいんだ。
できればほかの女の子たちの前で」
腕を組んで、見上げて訝しむエマ。
エマ「それってほかの女子たちに
責められたからでしょ」
ミツオ「わかってるなら話は早い。
敵を作りたくないからね」
表情を明るくするミツオだが、エマの表情は険しいまま。さらに睨みつけ、呆れ返る。
エマ「それなら謝らなくていいでしょ」
ミツオ「なんでだよ。
謝らせてくれる流れだろ」
エマ「その女子たちは
誰ひとり当事者じゃないんだから、
本気でそう思ってるわけないじゃん。
仲間内で溜飲を下げたいだけ。
ポーズ取りたきゃ勝手にすれば?
でもあんたのオナニーに
シアンは付き合わないし、
わたしが付き合わせない」
ミツオ「オナ…」
エマ「謝罪に価値を見出そうなんて、
余計バカにしてるのわかんない?」
エマの口から思わぬ単語が飛び出して、正論をぶつけられて言葉を失うイサム。
◆ 04-01-02 エマとイサム
エマが呆れてミツオの横を通り抜けると、同時に別教室に移動するイサムと顔を合わせた。
イサム「あ、拝戸さん」
エマ「やぁ。祭門くん。
学校、頑張っとるかね。
わたしのことは、気兼ねなく
エマちゃんさんと呼びたまえ」
小さな背丈で胸を張り、偉そうに口髭でも生やしてそうな喋り方をするエマ。こうした大仰な言い方はカレンの影響が強い。
イサム「えーっと、エマさん…?
生物の田井先生に相談して、
きょうから部活を開始する
ことになりました」
嬉しそうにするイサム。
エマ「あぁ、生物部?」
未練がましくエマの隣に立つミツオだが、家畜でも追い払うかのように話しかけもせず、しっしと手を振った。
エマ「良かったねぇ」
イサム「はい」
知らないうちに仲良くしているエマとイサムを、振り向いてうらめしく見るミツオだった。
■ 04-02 昼の教室:
◆ 04-02-01 ジン先輩とユウジ
2年のジンと2組のユウジが、イスに座って向き合っている。
ジン「もしよぉ、シアンくらい
怪力があったら?
お前はどうする?」
ユウジ「そりゃまずは力試ししますよ。
そこらへんの木とか
ぶっ叩いてみたり、
なんなら先輩を
ねじ伏せて――」
無邪気に言い放つユウジに対し、ジンの表情は鬼の形相へと豹変し、立ち上がって拳を固く握る。
ジン「おい、喜咲っ!
歯を食いしばれ」
ユウジ「ひぇっ…、マジっすか?」
ジンが振りかざした握りこぶしに、ユウジは目を閉じて顎を引き、言われたとおりに歯を食いしばる。
しかしジンの拳は飛んでこず、ユウジはアバラ骨を背後から両手で掴まれ、持ち上げられてくすぐられる。
ユウジ「あっ! ヤバい。
ちょっ…待ってくださひっ!」
耐えられず、謎の悲鳴を上げる。先輩の友達であるタクトが、その小柄な身体で大きなユウジを持ち上げた。
ユウジ「なんすか! なんなんすか!」
タクト「それはお前の発言が最低だからだ。
だからといって、暴力で
ねじ伏せるのも違う!」
ジン「俺も堪えた」
ジンは拳を作ったまま動かなかった。
タクト「お前はシアンの力を、
才能か超能力だと
勘違いしてないか?」
ユウジ「違うんすか?」
ジン「違う! たとえばお前が
病気で死ぬほどつらいときに、
その病気を家族にうつして、
自分が楽になりたいか?」
ユウジ「それで楽になるなら…
いや、ならないっすね」
ユウジはさっと答えたものの想像力を働かせて、すぐに考えを改めた。
タクト「サバイバルナイフを
買ったからって、それで
誰かを脅したりはしないだろ。
お前の考えは、シアン本人を
ひとりの人間扱いしない
最低の発言だ」
ユウジ「たしかにそうっすね…。
以後、気をつけます。
じゃあ能力持ってたら
どうすんがいいんすか? 先輩」
元の質問に立ち返り、質問を質問で返す。
ジン「難しいな…」
タクト「そうやって想像して、
生活の手助けになることを
考えたりするんだがな」
それを聞いて、うなずくジン。
ジン「中学んときは
世界を支配できるとか
ずっと考えてたなぁ」
タクト「ジンはなかなか尖ってたんだな」
ジン「ほかにも同じ能力を
持ってるやつがいて
戦って仲間を集めたり。
巨大隕石が降ってきたら、
バット持って打ち返すとか」
タクト「あぁ、電車に轢かれそうな
子犬を助けたり、侵略に来た
宇宙人と戦ったり妄想したな。
俺も」
ユウジ「なんか尖りすぎててウニっすわ」
ユウジは先輩ふたりの発想に、くすぐられてもいないのに笑った。
◆ 04-02-02 戻ってきた4人
シアンとエマ、カレンとテアが昼食後のお手洗いから教室に戻ってくると、タクトに持ち上げられているユウジと、そんな彼の両足を持ってくすぐるジンたちが騒いでいた。別クラス、別学年の人間たち。
シアン「なにやってんの、先輩たち」
カレン「喜咲まで来てる。
あんた隣のクラスでしょ」
ジン「俺たちはちょっと
こいつを教育してたんだよ。
シアンと勝負したい
っていうんで相談受けてな」
カレン「また勝負?」
ユウジ「はぁはぁ…呉井先輩が…
勝ったことあるっていうんで」
くすぐられて笑いすぎて息を切らすユウジ。その姿はすでに勝負の後のようであった。
カレン「そうなの?」
訝しむシアンがジンを見ると、ユウジの後ろで深々とお辞儀をする。
シアン「…そりゃまぁあるよ」
エマ「あれの話?」
シアン「同意書は書いてきた?
怪我しても知らないよ」
ユウジ「書いてきた。
マジで弁護士ついてんだな。
これで怪我したら俺の責任だろ?」
シアン「それならいいよ。
それでここに
先輩たちがいるんだね」
ジン「後輩思いだろ」
エマ「後輩思いなら、
そそのかさないでよ!」
シアン「で、なにで勝負するの?」
ユウジ「もちろん腕相撲だ」
机に腕を出して、構える。シアンはジンの右腕替わりだった機械の腕相手に圧勝したばかりだ。その勝負内容に疑問を抱くカレン。
カレン「…女子の手を
握りたいだけ
じゃないの?」
ジン「スケベかよ。お前…」
タクト「お前に協力して損したわ」
ユウジ「なんで!」
カレンのみならず、味方だと思っていた先輩ふたりから幻滅され、非難を浴びるユウジ。
◆ 04-02-03 手洗いの話
シアン「腕相撲でもいいけどさ…、
お手洗い行ったばっかりなのに…」
ユウジ「俺はそんなこと気にしないぞ?」
カレン「男子って
ちゃんと手を洗わないよね」
テア「ズボンで手、拭いたりするもんね」
エマ「ちんちん触ってそのままだったり」
シアン「えー嫌だなぁ。
それセクハラじゃない?」
ユウジ「セクハラ受けてるの
俺の方なんすけど!」
偏見で中傷されてもユウジを助けず黙るジンとタクト。シアンの家の庭を借りているので、その下品な仕草に心当たりがあるふたりだった。
◆ 04-02-04 賞罰
ユウジ「俺が勝ったら勝者に
ジュースおごるってのは」
カレン「シアンが勝ったら、
わたしにもおごってくれる?」
ユウジ「桑員は勝負してないだろ」
シアン「ジュースかぁ」
勝負にならないと知っているので、シアンは乗り気にはならない。
ユウジ「金がないなら、
勝った方が勝者の頬にキスとか」
シアン「勝っても罰ゲームだわ」
エマ「またセクハラ…」
カレン「発想がおっさん」
テア「うわぁ…」
シアン「先輩たち、なんで
こんなの連れてきたの?」
ジン&タクト「すまん」
ユカリ「罰ゲームはダメよ」
昼食を終えたものの教室に戻ってきた叔母のユカリが、用紙の束をシアンに渡す。
ユカリ「はい、これテストの過去問集。
田井先生から貰ってきた」
シアン「ありがと」
ユカリ「いい?
勝負に対して、罰を設けちゃダメ。
勝負はあくまで勝ち負けだけの話。
罰は罪に対して法が与えるものね」
シアン「珍しく教育者らしいこと言ってる」
エマ「ジュース賭けるのは?」
ユカリ「それくらいなら
かわいいもんよね」
テア「賭けもダメなんじゃ
ないですか?」
ユカリ「私はね。
常に反面教師でありたいの」
周囲が呆れるなか、生徒全員を諭すように穏やかな口調で、ユカリは胸を張って言う。
カレン「シアンの勝ちに
私、ジュース賭ける」
シアン「賭けにならないよ」
テア「むちゃくちゃだなぁ」
◆ 04-02-05 腕相撲勝負
シアン「わたしは一切
この腕、動かさないから」
腕を構えるシアン。
ジン「シアンの手の甲を、
机に付けたらユウジの勝ちな」
タクト「ユウジは、片手でやんの?」
ユウジ「やってやりますよ。
腕相撲大会、学年1位っすから」
袖をまくり、自信満々に言う。
シアン「制限時間1分にして」
カレン「んじゃ、スタート」
エマ「早っ」
カレンの腕時計の秒針を基準に、突如はじまった。しかし宣言どおり、シアンの腕はびくともせず、ユウジは息を止めて力むせいで、顔はみるみるうちに赤く染まる。
タクト「面白いなぁこいつ」
ジン「両手使ってもいいんだぞ」
テア「シアン、大丈夫?」
シアン「鼻息が荒い」
カレン「みんなのぶんの
ジュースかかってるから我慢して」
エマ「ちゃっかりしてる」
カレン「あと10秒~」
カウントダウンが始まった。両腕を使い、肩を使い、足をふんばり、全身に体重をかけたところで、シアンの腕はまったく動かない。
ユウジの顔は茹で上がったタコのようで、鼻息は蒸気機関車のようになったが、どんなに押してもシアンの手はまったく動かなかった。
カレン「はい終了。勝者シアン~」
小さなエマがシアンの腕を持って掲げた。
ユウジ「はぁ…はぁ…
どうやって先輩、勝ったんすか?」
ジン「相撲だよ」
ユウジ「はぁ…? まわしで?」
シアンの体を見て想像でなめまわすユウジ。
シアン「目がセクハラ」
エマ「絶対、まわし姿想像してたよ!
エロ! エロガッパ!」
カレン「ジュースだよ、言い出しっぺ!」
革の長財布を取り出したユウジだが、昼食に使ったために、お金は一切入っていない。
ユウジ「…ほっぺにキスで勘弁して」
カレン「その同意書あるから、
シアンはこいつのちんちん
握りつぶしていいよ」
ユウジ「すみませんでした」
土下座をするユウジ。
シアン「カレン、それ。
わたしへの
セクハラだからね」
エマ&テア「たしかに」
◆ 04-02-06 相撲の結果
カレン「ホントに相撲したの?」
テア「それでもシアンが
負けるとは思えないよ」
カレン「だよね」
シアンが張り手ひとつでもしようものなら、大関だって大怪我をする。
エマ「むかしやった
オオバコ相撲のこと?」
ジン「俺は5戦中、3勝2敗。
今場所勝ち越し中」
タクト「俺も勝ったことある」
ユウジ「草じゃん!」
結局またタクトに持ち上げられ、くすぐられるユウジだった。
■ 04-03 放課後の教室:
◆ 04-03-01 部活へ行こう
午後の授業も終わり、普段一緒に帰るシアンの席に向かうエマ。深刻そうな顔で出迎えるシアン。
シアン「エマ…、きょうは、晩ごはん
餃子にしようと思う」
エマ「え? ギョーザ!
ご飯お呼ばれしてもいい?」
シアン「うん。大歓迎。
でも手伝ってね」
エマ「するする。100個は包むよ。
あっ!」
シアン「どした?」
エマ「きょう、部活の日だ」
シアン「ウソ? 来週でしょ?」
エマ「じゃなくて、
祭門くんの生物部」
シアン「あぁ。そっちね。
偽装入部届、出したけど、
活動、きょうからなんだ」
エマ「偽装言わないの。
初日らしいから一応、
顔だけでも出そうと思ってたの
すっかり忘れてたんだ」
エマは忘れっぽい。
シアン「それならわたしもついてくよ。
まぁ役に立たないけど」
エマ「備品壊しちゃダメだよ」
シアン「エマだって中学のとき
プレパラート割ってたじゃない」
エマ「あれはカバーだよ」
シアン「一緒一緒」
顕微鏡の観察で用いるスライドガラスの、試料にかぶせる薄いカバーガラス。これを含めてプレパラートという。
■ 04-04 化学室:
◆ 04-04-01 見学者たち
化学室に集まったのは、部長のイサム、それから名義貸しをした偽装部員のシアンとエマ、そして2組のユウジだった。
エマ「またセクハラしにきたの?」
ユウジ「名誉毀損!
正部員だからな、俺!」
シアン「そうなの?」
イサム「喜咲くんは、お家で
生き物をたくさん飼っていて、
興味があったそうです」
エマ「なに飼ってるの? カッパ?」
シアン「なんで?
あ? エロだから?」
エマ「正解! 正解!」
ユウジ「正解じゃねえ!」
否定する喜咲そっちのけで盛り上がるエマ。
イサム「金魚とカメでしたっけ?」
ユウジ「それとカブトムシだな」
シアン「カブトムシ? まだ春だよ?」
ユウジ「いまは幼虫だ。
妹はモルモットの世話してる」
エマ「すごいじゃん」
シアン「お世話大変そう」
エマ「そんないっぱいいるのに
部活までやるんだ」
ユウジ「そりゃ楽しいからな。
てか、あの人達はなに?」
助さん「生物に興味があって来た」
黄門様「もちろん、一番はお嬢です」
格さん「無視しといていいからな」
ユウジ「ボディーガードかなんか?」
シアン「放っといていいよ。
善意のストーカー
みたいなもんだから。」
黄門様「わたくしたち、褒められたわっ!」
助さん「これが努力のたまもの…」
格さん「違うと思うぞ」
◆ 04-04-02 怪力証明
分厚いメガネをかけた中年男性の教職員、田井ケイタが、化学室の騒がしさに教員室から遅れてやってきた。
顧問「おぅ、なんか女子いるな」
エマ「名義貸し部員です」
シアン「同じく。見学専門です」
黄門様「見学専門の見学専門です」
助さん「同左」
格さん「俺たちのことはお構いなく」
顧問「開き直られてもなぁ。
俺だって時間割いてんだし、
文化部なんか誰でもできるだろ。
大した活動内容じゃないぞ」
エマ「そうそう。
生物部ってなにするの?
動物の世話?」
シアン「飼育係みたいな?」
ユウジ「ネズミとかカエルの解剖とか?」
エマ「いやぁ」
高校には、にわとり小屋もうさぎ小屋もない。ユウジの発言に、エマは血の気を失い、シアンも目を細めて苦々しい顔で露骨に嫌がる。想像でもグロいものは苦手である。
イサム「まず近所の川に行って
生態系を調べるところですね。
コイなどの大きめの魚や
カメを捕まえます」
ユウジ「なら俺は釣りとカメ担当だな。
女子は餌担当?」
エマ「わたし、ミミズとかも苦手」
顧問「そっちの見学の子は?」
シアン「名義貸しなので見学だけです。
やれることありませんから」
イサム「シアンさんは僕が無理を言って、
入部してもらったんです」
顧問「シアン…? ってあぁ、
能登先生んとこの?
え? ひょっとして?」
シアン「はい。なにもしません」
顧問「いや、物くらいは持てるだろ」
顧問の田井はシアンを見ても、制服を多少派手な着衣をした、なんの変哲もない普通の生徒程度にしか見て取れない。
ユウジ「俺や先輩より強いっすよ。
魚川《うおかわ》は」
顧問「強さは必要ないだろ。
いや、試すわけじゃないが、
アレくらいなら持てるだろ?
おい部長、ちょっと運んでこい」
イサム「はい…わっ、重た…」
そう言ってイサムに運ばせたのは、カメの甲羅。ただのカメではなくウミガメ(タイマイ)の甲羅である。重さは小さめの米袋と同じで3kgほどだが、直径が60cmもあり体感重量が異なる。
ユウジ「なんでこんなでっけーの、
ここにあるんすか?」
エマ「先生、これ背負って
修行してたんですか?」
顧問「備品だよ。資料だよ」
ユウジ「昔の人はしてたらしいぞ」
顧問「するわけないだろ!」
シアン「これ、どうするんです?」
顧問「これくらいなら
女子でも持てるだろ。持ってみ?」
シアン「はぁ」
事情を知っているだろう眼の前の相手の、意図がよくわからず、シアンは言われるがまま大きな甲羅を軽々と持ち上げる。
顧問「なんだ、持てるじゃないか」
持つというよりも、手の形を維持してすくい上げたに近い。
シアン「このくらいなら別に…」
しかし大きなものは重心が取りにくい。バランスをわずかに崩すと、シアンの怪力が発現し、堅い甲羅は粉々に砕け散った。
シアン「あれ…。」
シアンも自覚しないほど、甲羅は脆く崩れ落ちた。
メガネの奥で小さな目をひん剥いて驚く田井だが、しばらくしてすぐに落ち着いてみせる。シアンさえも意図してやったものではなく、自責の念に駆られる。
顧問「こりゃ…劣化か?
管理ずさんだったしなぁ」
シアン「いえ…その…」
さっそく備品を破壊し、申し訳なく思うシアン。
顧問「会うは別れの始めというし…、
まぁ気に病むことはない」
エマ「固くて大きいと、
だいたいこうなるよね」
怪力のシアンが持ち上げられる物は軽く、柔らかいものか、固くても手や腕の形を維持できる小さいものに限られる。あとはかかる力が分散できるもの。大きくて頑丈なものくらいだ。
両腕を使えば位置関係のズレで力が加わり、硬いものならば破損が生じやすい。
ユウジは破片を拾って、両手の指で割ろうとするも、固くて割れない。
顧問「まあ、重たいものくらいは
持てるってことはわかった。
部活動なんだから、
名義貸しなんてズルはダメだぞ。
俺もわざわざ時間を
割いているわけだからな」
田井は顧問を引き受けて被る面倒を強調した。シアンたちに名義を借りた手前、部活動を強要することになると、イサムは困り顔をしている。
シアン「ねぇ、格さん。なんかない?」
黄門様「格さん!
お嬢に頼られてますわよ」
助さん「羨まけしからん」
格さん「これなんてどうだ?」
格さんが拳でこんこんと叩くのは、化学室の実験台。スチール製で中央にガスコックと、水栓が備わっている生徒用の大きなテーブル。
格さん「生徒が使う備品には、
財団も動きやすい」
シアン「ありがとう」
そういうと、シアンはイスに座る。黒塗りにされた天板の上に手を置くと、テーブルはそこからみるみるうちに凹み、流し台になっている中央の接合部が、力に耐えられずにポキリと折れた。
シアン「わたしが見学以外をすると、
備品はだいたいこうなります。
それでいいんだったら…」
生物と化学の人間である田井は、眼の前の事象を理解できず言葉を失う。
ユウジ「すげー!」
少年のように目を輝かせるユウジ。
イサムも再度シアンの力を目の当たりにして呼吸も忘れる。
やがてすぐに防護服姿の作業員たちがやってきて、壊れたテーブルを片付けると、いつ用意していたのか新しいものを搬入する。
顧問「あぁ、わかった。見学だな…」
イサム「大丈夫ですよ。
部活の目的は、魚やカメの
寄生虫を観察なので…」
エマ「寄生虫って?
顕微鏡使うやつだよね」
イサム「作業も地味で繊細ですね」
エマ「シアンはそういう作業
向いてないよね」
シアン「エマもね」
プレパラートの破壊者ふたり。
田井は実験台のように心が折れ、ふたりの会話で、エマをシアンと同じく怪力と勘違いし、愕然とする。
ユウジ「んじゃあ飼ったり
食ったりはしないんだな」
イサム「飼育は世話の手間や
費用がかかりますし、
食べるのも病気のリスクが
ありますからね」
顧問「…川に行くときや
備品を取り扱うときだけ
俺を呼んでくれ。
あとは好きにしろ。
見学も自由にしてくれ。
いいか? くれぐれも勝手に
備品には触ってくれるなよ」
頭痛でもしそうなほどに目の奥に痛みを感じ、田井は目頭を強く抑えて教員室へと消えていった。
シアン「はい。ありがとうございます」
エマ「やったー!
帰ってギョーザしよ!
ギョーザ! ギョーザ♪」
黄門様「お嬢様の手作り餃子…」
嬉しそうにするエマと、ほっと息つくイサムに、きょうの失敗にもシアンは少し笑顔でうなずいた。
(4話『生物部の観察』終わり)
次回更新は8月23日(水曜日)予定。
■ 04破壊レポート:
今回破壊したもの。
・ウミガメ(タイマイ)の甲羅
・実験台