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【日本語と日本人】わからないことは、わからないままで

 日本の高校には1年間ほど通った。国際的に多様なバックグラウンドを持つ生徒の受け入れ校で、いくつかの国を転々としてきたわたしも"多様"なひとりとしてそこに受け入れられた。クラスには色んな子がいた。国籍も民族も母語もまちまちで、”《相互理解》とは、相互に理解し合えない部分の抽出だ”と学んだ。

 わたしは日本で苦労したことは少ない。悩みといえば、帰国後しばらく日本語がスムーズに出てこず、コードスイッチングを頻繁に起こしてしまう程度の、言語的なものに留まった。でも、何人かの子と仲良くなって一緒に帰ったりするようになると、日本人の【見た目が違う者への攻撃性】を知ることとなった。

 ある日、日系ブラジル人の子と電車を待っていた。線路に向かってホームに立っているだけなのに、知らない大人がわざわざ顔を覗き込んできた。電車に乗ると近くの席から「ハーフかな」という囁き声がした。ショッピングモールでペンを買うと、「〇〇円。日本語わかる?」とレジの人にタメ口をきかれた。

 困惑するわたしにその子は「いつもこうだから」と硬い口調で言った。日本語が母語で、ただ髪の毛と肌の色と、彫りの深さが「みんなと同じ日本人ではない」、それだけの見た目の差異から、あらゆる差別を一身に受ける。街を出歩くだけで好奇の視線を刺され、見た目をあれこれ勝手に評される。悪夢だった。

 考えてみると、よく《日本人》と《日本語話者》とを混同している場面に出会す。日本人だからといって日本語話者とは限らないし、日本人でないから日本語話者でないと断定するのも早計なのに、外人か日本人かというフィルタリングは頻発するし、見た目が外人なら「日本語話者ではない」と早合点されやすい。

「肌が黒いのに日本語上手だね」的な差別はここに端を発していると思う。日本的な、平たい顔族ではないあなたが、日本語を喋れるのはすごいですね、私は褒めているんですよといった上から目線の余計なお世話は、「日本語は日本人のものである」という独善的な思い込みに基づくれっきとした差別だ。

 日本人は、見た目が日本人の高校生相手に、ホームで線路に向かって立っている時に顔を見ようと覗き込むだろうか? どんな父母の血を引いているのか、近くで噂するだろうか? 日本語がわかるかどうか、レジで確認するだろうか? どれも"外人相手なら許される行為"だと思っていないだろうか。

 日本社会では《相互理解》が"互いに違うところをならして同じようにすり合わせていく作業"と思われやすい。互いに同じところはどこでしょう、肌と髪と目の色ですね、日本語を話すところですね、室内では靴を脱ぎ、お箸で食べるところですね――こういう捉え方は皆を苦しめる。流石に終わりにしてほしい。

 差別は、外人(と括られる人)の話す日本語の表記にまで至る。留学生や日本語学習者の話す、流暢とは言えないレベルの言葉は、よくカタカナで書き起こされる。ことばの拙さをカタカナで表現する行為にもし悪意がなかったとしても、それは差別から生まれ差別を助長する表現であることは知られてほしい。

 敢えて"純ジャパ"という言葉を使うけれど、純ジャパに括られない人間は、日本人を喜ばせるための見世物でもコンテンツでもない。見た目、母語、文化その他の彼/彼女を構成する要素で、日本人から何ら評価をされるいわれはない。差別する人には「ほっとけ」と言いたい。もう、ほんと、ほっとけ。

 1990年代にあの子の受ける差別を目の当たりにして困惑したわたしが、なんで2020年にもなってこんなことをまだ考えなくてはならないのだろうか。それはこれまで大して声を上げてこなかったからでもあるし、当時はSNSがなかったからでもあるし、何よりあの頃わたしたちは、まだ子どもだったからだ。

 子どもは自分の置かれた状況や、受けている差別を認識しても言語化しづらい。大人の助けが必要だ。だからせめて大人たちは、子どもたちを守るべく努めていかないといけない。具体的には差別に当たる行為の意識化と明文化、禁止と怒りの意思表示。「ほっとけ、お前どっか行け」という攻性防壁は大切だ。

 わたしはあの子のために声を上げなかった自分をずっと悔いていて、何者にもなれなかった自分が何か言う立場でもない事実を押して今更こんなことを言うのを恥じていて、それでも言わずにおれないのは、まだ日本に希望を持っているからでもある。子どもたちの明日が明るいものになることを、心から願う。

画像:"D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?" Eugène Henri Paul Gauguin
参考:ポール・ゴーガン《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》──人間再生の問い「六人部昭典」

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