20240826 変化
大きめの変化がここ1ヶ月でどどどっとあり、大きく動くことになった。
今まで起きたことが全てつながって、道が見えたような感覚。
まだあまり公にしておらず、直接お会いした人に話をしているのだけれど、きっとnoteまで読んでくださっている人は気にかけてくれている、見守ってくれている方だと思うので、こちらにはもう書いてみようと思う。
9月中に函館を離れて、地元の旭川へ戻ることにした。
いろんなタイミングが重なり重なった。
今年、自分としては長く勤めた学童保育の仕事を5月に辞めて、6月から波紋珈琲というお店を本格的に始動した。波紋珈琲は去年からやっていて不定期で気ままにやっていたのでほとんど趣味のようなものだったけど、6月から3ヶ月間はお店を仕事として過ごしてみた。
間借りとしてやっているので、大掛かりな設備工事などもなく、椅子やテーブルなどももともとあったものを使わせてもらったり、知り合いの家具屋さんにリースでお借りしたりして、ほとんど開業資金的なものはかからずに始まった。かかったのは飲食営業許可と菓子営業許可の申請費用と、ちょっと買い足した棚やオーブンや食器くらい。冷蔵庫なども貸していただいた。
こんなにありがたい環境でやらせてもらえることはなかなかなかったと思う。
お客さんもありがたいことに毎日人は来てくださった。多い日も少ない日もそれは波があるけれど、ゼロ人という日が1日もなかったのは自分ではびっくりしている。大々的にオープンしますと告知をしたわけでもな方けれど、少しずつお客さんが増えていった。新しいお客さんも、何度も足を運んでくれる常連さんも、だんだんと増えてきて、嬉しいなぁという気持ち。特に、何度か来てくださる方は、ひとりの時間を大事にしている人が多かった。そんなに口数は多くないけれど、何かあったかいものを持っているようなお客さんが少しずつ増えていたことがものすごく励みだった。
自分の店のコンセプトをドーンと打ち出したわけでなくても、自分の作りたい空間を作っていたら、わかってくれる人が集まってくれるものなのだなぁと感じた。
収入はそんなに多くないけれど、雇われてお金をもらって生きるのではなく、自分のできることでお金をいただいて生きていけるという面白さも感じた。
その中で出てきた、”もっとこんな空間を作りたい”という思い。
自分の中での理想ができていくことに気がついた。
もともとどうしてもお店をやりたいと思って始めたわけではなく、自分のできることの延長で、良い場所もあるし、流れに身を任せてふらっと始めてしまったのだけれど、その時は感じていなかったことを、実際にやってみて感じるようになった。
場所を作るのであれば、もっと落ち着いてリラックスできるような空間を作りたい。わたしは、喫茶店で書き物をしたりするのが好きでよくいく。どうしてもお店の人の気配を感じると集中しきれないので、ひとりで集中できるような場所を選んでいた。
今の自分の持っている空間は、間借りなので常に人が出入りするので賑やかな時は賑やかだし、喫茶室自体の空間は狭いので、お客さん同士の間隔も狭く、他にお客さんがいるとなかなかそうリラックスできる感じにはならない。
キッチンと客席も近いので、どうしてもわたしが洗い物をしたり動いていると、お客さんも自分の時間をゆっくり過ごせないような気がして気になってしまう。
なんだか自分のやりたいことと、空間が調和しきれていないなぁと感じていた。続けるのであれば、ここではないし、ゼロから自分で考えて空間を作ってみたいと思った。今来てくださっているお客さんのような人が、もっとくつろいで良い時間を過ごして帰ってもらえるような空間のイメージが見えたので、きっと作れると思った。
6月の頭に、由仁と長沼に行った時、由仁のパザールバザールで感じたあの調和した心地よさ。田舎の畑の真ん中にポツンと。それでもやってくる人がいる。みんな深呼吸をして、美味しいカレーを食べて帰っていく。良いなぁと思った。
7月に弘前に行った時、あぁ 、わたしは田舎者なのだなぁと弘前のまちを歩いて感じた感覚。弘前は大都会というわけではないけど、ハイカラな文化や建物が溢れていて、函館の西部地区になんだか少し似ていると感じた。そのハイカラさに20代のわたしは魅了されていた部分もあったのだなぁと思った。それでも、その時に、ふとずっと函館でずっと暮らすことがイメージできず、田舎者で自然が好きだし、田舎で暮らす方がイメージが湧くなぁと思った。
あと、地元が田舎でじいちゃんばあちゃんが農家をやっていると、野菜を買うということが今までそんなになかった。夏になると、家族が野菜を送ってくれた。送料をかけて送ってくれるくらいなら、きっとこっちで買うこともできるんだけどなぁとも思いつつ、でも本当にありがたいことだったのだなぁと気がついた。特に、一人暮らしだとそこまでたくさんの野菜を普段買ってなかったのであまり意識しなかったけれど、お店をやってみた時、美味しい新鮮な野菜を買って使おうと思うと結構しっかりしたお金がかかる。
去年働いていた学童で畑を始めた時も感じたけれど、わたしは畑仕事が好きだ。いつまでもやっていられる。収穫したものがあるととてもワクワクする。トマトがたくさん取れたら、トマトソースを作って、多く作ってしまったら冷凍する。それを子どもたちのおやつで、カレーや、ピザにして出したり、南蛮が取れたら、味噌南蛮を作っておにぎりにして出したり、桑の実やブルーベリーが取れたらジャムにしたり、素材があればあるほどワクワクする。子どもたちが美味しい!自分でも作れるんだ!と目をキラキラさせた瞬間はたまらなく嬉しかった。
これはきっともうDNAにすりこまれているようで、うちの母やばあちゃんの遺伝だなぁと感じた。畑がある、自分の手で育てられる、それを食べるってとても良いことだったのだと、当たり前に身近にあったことが、今更になって尊く感じるようになった。
そんな時、父と母が旭川から函館まで片道7時間の距離を日帰りで、カレーを食べるためだけのためにお店に来てくれた。滞在時間30分ほど・・・母はもう少しゆっくりしたかったようだけど、お父さんは照れ臭いのか、カレーを飲むように食べ、飲み物も一気飲みをして、また7時間の道のりを帰って行った。
その時に、わたしは20代一人で生きていくぞ〜と反発して、家族と距離を置いて生きてしまっていたけれど、家族というのはあったかいもんなのだなぁと感じた。みんな不器用なだけで、際限のない愛があるんだなぁと。
他にも、怪我をして気も塞いでしまっているばぁちゃんを元気付けたいなぁとか、足に腫瘍ができて病気になったロック(犬)のそばにいたいなぁとか、いろんなことが重なり、これは帰った方が私ものびのびやれそうだし、家族の力にもなれるかなぁと思い帰ることにした。
これまで、ワーホリに行こうか、とか、インドに行こうか、とか、東京に行ってみようか、とか、まぁお店やってみようか、とか、ここ数年フラフラどこに行ったら良いか分からずに迷ったりしていたけれど、ようやくいろんなことが晴れて一本の道がみえたような気持ち。
旭川の田舎で、畑をやりながら、お店、場所を作ってみる。
わたしのことなので、やっているうちにいろいろ変化していくかもしれないけれど、珍しくこれだ!と今は揺らいでない自分がいるので、自分を信じて歩いてみたい。
函館は好きだけど、好きな場所や人もたくさんなので、これからもしょっちゅうくることにはなりそうだけれど、もしかしたらもう住むということはないかもしれないと感じている。寂しいけれど、さっぱりもしている。海がないのが一番寂しいなぁ。
仕事をやめてお店を始めたり、
始めたかと思えば数ヶ月でお店もやめて引っ越したり、
台風のようで、本当に申し訳ないなぁと思うし、
自分でもやれやれと思ってしまうくらいなので、
きっと周りの人もやれやれと思っていると思うけれど、
きっと自分のビビビっときたことの先に道は開けることを信じて。
いろんな流れに感謝して。
あと1ヶ月の函館生活、楽しもう〜