ドイツ歌曲の楽しみFreude am Lied(53)
生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…
53曲目はブラームス♬…ひとかけら、届くかな?
ヨハネス・ブラームスJohannes Brahms(1833 -1897)作曲
湖上にてAuf dem See Op.59-2
ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵
青い空 青い波
湖を囲むぶどう畑の丘
その向こうの純白の雪を頂く
輝く青い山並み
小舟が私たちを揺り上げては漂うように
軽やかな霧が舞い上がっては沈んでいく
天の平和が輝かしい世界に
横たわっている
荒れ狂う心よ 目を開けなさい
そして辺りを見渡して 静まりなさい
幸せと平和を吸い込むのです
二重に見える空の景色から
塔と丘 茂みと街を
波が映し出すのを見るのです
そしてお前も歌の中に映し出すのです
世界がどれほど美しいもので満ち溢れているかを
『ニーベルンゲンの歌』の現代ドイツ語への翻訳で知られるジムロックKarl Joseph Simrock(1802-1876)による詩。曲はブラームスが1873年に避暑に訪れていたバイエルン地方のシュタルンベルグ湖でのひと時を歌ったもの。
ドンドコ ドンドコ景気よく響く前奏は湖上のボートに打ち付ける波の音。皆さんも舟遊びをした時に耳にされたことがあるのではないでしょうか?その波音です。ボートの向きが変わったのでしょうか?ヘミオラ(3拍子の2小節[♪♪♪│♪♪♪]を2拍子の3小節[♪♪│♪♪│♪♪]のように読み替えて演奏すること)のリズムでザッブンザッブンと波が小刻みに打ち付けます。辺りを見渡すようなピアノの右手の下降形に誘われ、歌声部が始まります。(詩は全4節で、第1,2,4節は同じメロディーで雄大な自然・景色の様子が、第3節は異なるメロディーで詩人が自分に向かって語り掛ける様子が描かれています。) 歌のメロディーは器楽的な音並びで、ボートの揺れを音化しています。言葉が揺れに断たれてしまいそうになるのを堪えてメロディーが進みます。ボートの上って、体幹をしっかりもっていないとグラングラン揺れてしまいますよね、このメロディーラインも音に振り回されないように歌います。視界が揺れているように聴こえます。第1節は文章にする間もないくらい自然に圧倒されて、もしくは感動しているのでしょう、「青い空 青い波Blauer Himmel, braue Wogen…」と湖の周りの風景を次々と列挙しています。2行目の最後の3音節と4行目の一文がエコーのように繰り返されています。まるで合いの手のような短い間奏の後、第2節が第1節と同じメロディーで、今度はちゃんとした文章で歌われます。霧がうっすらと湖を覆っている幻想的な風景に、天国的な平和を見て取っています。同じく短い間奏に続く第3節は、突如として響く詩人の心のざわめき。ピアノパートもそれまでの平和な揺れから3連符を使った荒々しい上行形に変わり「荒れ狂う心Stürmend Herz」を表しています。美しい風景に心をゆだねていた詩人…。一瞬の隙をついて暗い思いがよぎったのでしょう、それを力強く打ち消すように劇的に音楽が発展します。「幸せと平和をGlück und Frieden」は大胆に音を引き延ばし、ゆったりモードかと思うと、続く「吸い込むのですmagst du saugen」は早口で切迫して歌われます。4行目の「二重の空Doppelhimmel」とは頭上に広がる空と湖に映った空、2つの空のことです。この行も繰り返されますが、そのピアノパートのヘミオラのリズムがさらに胸に迫る心情を表しています。続く短い間奏のヘミオラは気持ちを新たに整える役割ですね、第4節は第1・2節と同じメロディーなのに、違う世界に移り替わったかのような印象です。世界はこんなにも美しい!心悩んでいる暇はない!とおおらかに気持ちを開いて締めくくられます。人生の応援歌みたいな曲ですね、勇気が湧いてきます!
ドイツ留学時代にリートクラスでこの曲を歌った時のお話しを少し…
その日は先生のお誕生日で、あれこれ細々としたプレゼントを入れた箱と赤ワインをレッスン前にみんなでプレゼントしたんです。私はクラスに入りたてで詳しいことは知らされておらず、「ああ、そうなんだぁ」とみんなに合わせて拍手をしていました。正直、この後のレッスンのことで頭がいっぱいでした。レッスンはいつもクラスメイトが聴き合う公開レッスン。順番など決まっておらず、「次は誰が歌う?Wer kommt?」「私がIch singe!」とどんどん前に出て行かなければならないのです。ね?それだけで緊張しちゃうと思いませんか?そしていよいよ私のレッスンが始まり、勢いよくこの曲を歌い始めました、なんたってフレッシュな曲ですからね、勢いよく! すると最初のフレーズで、みんなが大爆笑したのです。一体何が起こったのでしょう?先生も「そんなに匂うかい?」と大笑いしています。そう、私は歌詞を物凄ーく間違えてしまったのです。“Bluaer(青い)Himmel(空)”ではなく、“Blauer(青い)Schimmel(カビ)” と!!(その節の最後に出てくるる“schimmernd輝きながら”とこんがらがってしまったのです!)そしてプレゼントの箱の中には赤ワインに合うようにと青かびチーズ(ブルーチーズ)が入っていたのでした~。恥ずかしくて懐かしい思い出話でした~。