ドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied㊳
生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…
38曲目もシェーンベルク!…ひとかけら、届くかな?
アルノルト・シェーンベルク Arnold Schönberg(1874-1951)作曲
キャバレーソング Brettl-Liederより
分をわきまえた愛人Der genügsamer Liebhaber
ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵
私の彼女は黒猫を飼っている
やわらかいさらさらのビロードの毛の黒猫を飼っている
そして!私はというと、ぴっかぴかの禿げ頭
ぴかぴかでつるつるの銀光り
私の彼女はふくよかな部類で
一年中、寝椅子に寝そべって、猫を撫でてばかりいる
なんてこった、彼女のお気に入りは
やわらかいビロードの髪
ある晩、彼女を訪ねてみると、
ニャンコは彼女の膝の中で、
一緒にハチミツケーキをつまんでいる
私がそっと触れるとブルッと身震い
私も彼女といちゃいちゃしたくなって
彼女が「撫で撫で」してくれるようにと
猫を禿げ頭にのっけてみる!
すると彼女は猫をなでて、そしてニッコリ笑う
詩はプラハの詩人フーゴー・ザールスHugo Salus(1866-1929)による。
≪ふさふさの毛並みの黒猫を飼っているふくよかな女性に、自分も猫のように撫でてもらいたくてとった禿げ頭の男の行動とは―。≫
ちょっと肉付きのいい女性がカウチに横になって猫を撫でている様子を思い浮かべてください。少し蒸し暑いくらいの室温です。ときどき彼女も猫もアクビをしています。そんなアクビのような音型で始まるピアノパート。フレーズの最後のトリルは猫が喉をゴロゴロ鳴らしている音です。時折響くスタッカートは歌詞の「(猫の毛並みの)さらさらknisterndem」や、「ハチミツケーキをつまんでいる(ペチャペチャ舐めている)nascht mit ihr von dem Honigkuchen」音に呼応しています。終始、猫と彼女の甘く心地よい時間が流れているのが伝わってきます。その脇に控えめに居るのが彼女の愛人です。彼女のお好みがふさふさの髪の毛と知ってがっかりする様子が1番の最後に歌われています。そんな彼にも素敵なトリルが付けられていますね、「ぴかぴかでつるつるの銀光りBlitzblank und glatt und silberhell」に続く、きらきら響く長ーいトリル…。思わず笑ってしまいますね。2番の最後で彼は、「猫だったら彼女は喜んで撫でるんだ!だったらこうしてやれ~!」と禿げ頭に猫をのっけてみます。でも、やはり彼女は彼ではなく猫を撫でて…「おいたさん!」と言わんばかりに「ふふっ」と笑うのです。なんてエロティックなんでしょう!
こんな面白いことをする禿げ頭の男の人…。私には加藤茶さんしか思い浮かびません。子どもの頃≪8時だよ全員集合≫で見ていた「ちょっとだけよ~」のあのシーンです。あの時流れていた音楽、ピンク色の照明…。シェーンベルクのキャバレーソングを歌うとき、心から思うのです。ああ、あの番組を見ていて良かった!と。
キャバレーソングについては前回の『ドイツ歌曲の楽しみ㊲』を参考にしていただければと思います。