ドイツ歌曲の楽しみFreude am Lied(54)
生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…
54曲目もブラームス♬…ひとかけら、届くかな?
ヨハネス・ブラームスJohannes Brahms(1833 -1897)作曲
秘密 Geheimnis Op.71-3
ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵
おお 春の夕暮れよ!
おお 温かく柔らかい風よ!
花咲く樹々よ 話しておくれ
何をそんなに寄り添い立っているの?
私たちの甘い秘密の愛のことを
話しているの?
何をささやき合っているの?
私たちの甘い愛について
アルザス地方出身の詩人カンディドゥス Karl August Candidus(1817-1872) による。
春の夕暮れ、生暖かい風に頬をなでられ、詩人がふと空を見上げると、花をたわわに咲かせた樹々の枝がさわさわしています。彼はきっと恋人と甘い時間を過ごした後なのでしょう、それを見透かされたような気持ちになって、「何見てるんだよー」と樹々に話しかける… そんな歌です。
冒頭の発想記号は“Belebt und heimlich 生き生きと密やかに”、ピアノ前奏には“mezza voce半分の声で”、歌の出だしには“sott voce小声で囁くように”という指示があります。「秘密」という曲名の通り秘密めいた始まりです。ブラームスらしい歩幅の広いアルペジオ(分散和音)も、ここでは骨太さは無く、キラキラと繊細な響きです。4分の6拍子はスウィングのリズムで一小節でハートマーク♡が一つ描かれます。歌声部は秘密の愛に感動しているのでしょう、フワフワとした下降形のメロディで始まります。突然 春風が樹々の枝を揺らすと、はっとしたように歌声部はフォルテで樹々に話しかけます「花咲く樹々よ、何について話しているの?」と。第二節に入る直前のピアノパートは右手の二拍のびるF音で滞空時間を長くとって、枝がたわんで揺れ戻る様子を表しています。再び“sott voce小声で囁くように”の指示のもと、「僕たちの愛のこと、知られてしまったの?」という質問のフレーズがドキドキしながら歌われます。第二節の行間には右手の下降形の美しいメロディが挿入され、それはまるで質問に樹々が答えているようです。「何をささやき合っているの?Was flüstert ihr einander zu?」はこの曲中の最高音を使って、増々高まる気持ちが歌われ、ピアノパートは左手の裏拍で連続するD音で、ときめく胸の鼓動を表しています。最終行の「私たちの甘い愛についてVon uns'rer Liebe süß」のピアノパートは、冒頭のハートマークのモチーフを一オクターブ低くして演奏されます。歌声部も気持ちが落ち着いたのでしょう、繰り返される“unsrer Liebe私たちの愛”は2倍に引き伸ばされています。吹き抜ける春風のようなピアノの後奏も同じく2倍に引き伸ばされて、駆け上るような上行形で結ばれます。
この曲にも留学時代の思い出があります。レッスンでの一コマです。先生に「どうしてこの詩人は木に話かけているのか?君は普段木に話しかけるかい?」と質問されました。私は「はい」と答えました。私の故郷の街には立派な桜並木があって、何か悩み事があるときに、夜一人そこに行っては桜の木にあれこれ話かけていたので…。先生はそんな答えを望んではおらず、何度も同じ質問を繰り返し、私もケロリと「はい、よく話しかけます」と繰り返し答え…。いよいよ、私が怪しい人間になりかけたとき、ピアノを弾いてくれていた台湾人の女の子が小声で助け舟を出してくれました “weil er überglücklich ist 幸せすぎるからよ” と。…なるほど詩の解釈とはこうやってするものなのだ!と電球マーク💡が点灯したした瞬間でした。本当にドイツリートって面白い!!どの音も言葉も具体的な感情にちゃんと繋がっているのです、なんて なんて なーんて素敵な芸術なんでしょう✨ そう思いませんか?皆さん?