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ドイツ歌曲の楽しみFreude am Lied*55*

生のコンサートでは“今まさにここで生まれる音楽”を共有していただける喜びがあります。その時間を1曲1曲切り取って“今まさに”のひとかけらでもお届けできたら!とお送りするドイツ歌曲の楽しみ Freude am Lied…

55曲目はブラームス♬…ひとかけら、届くかな?

ヨハネス・ブラームスJohannes Brahms(1833 -1897)作曲
少女 Das Mädchen Op.95-1

                 ソプラノ 川田亜希子 ピアノ 松井 理恵

少女が山の中腹に立っていた
向かいの山に彼女の顔が映っていた
少女は自分の顔に向かって話した
まったく、お顔ちゃん、あんたは私の心配の種よ
もしもね、白いお顔ちゃん
おじいさんがあんたにキスしようとしたら
私は緑の山に行って
全てのニガヨモギを摘むでしょう
そしてニガヨモギをつぶした苦い水で
おお お顔ちゃん、おまえを洗うでしょう
おじいさんが苦い思いをするように!
でもね、白いお顔ちゃん、もしも
若者がキスしようとするのなら
私は緑の庭に行って
全てのバラを摘むでしょう
そしてバラをつぶした いい香りの水で
おお お顔ちゃん、おまえを洗うでしょう
おまえがいい香りになるように!

 セルビア民謡をオーストリアの詩人カッパー Siegfried Kapper(1820-1879)が独訳したもの。

 少女が、山に反射する自分の顔に向かって「私ってなんてかわいいの!うっとりしちゃう…」と話しかけている歌です。3拍子と4拍子が組み合わさった変拍子… 。ブラームスは民謡をもとに作曲するとき、しばしば変拍子を用います。民謡ならではのgrob(粗野)な雰囲気を狙っているのかもしれません。冒頭の発想標語“Munter元気よく”の通り、「3拍子+4拍子」の調子の良い 弾むようなリズムの繰り返しで始まります。「心配だわ」という心情なのでしょう、調性はロ短調h-mollです。最初の妄想の「おじいさんがキスしようとしたら」の5・6行目では拍子が「3拍子×3+4拍子×3」と大きく変化し、その3拍子の箇所ではピアノパートはなめらかな動きに転じ、歌は発想標語“mit freiem Vortrag 自由な演奏ぶりで”の通り、レチタティーヴォのように用心深く歌われます。続く4拍子の3小節では突然、激しく弾んだリズムが厳しく用いられ「おじいさんとキスだなんて!(とんでもないっ)」と鼻息荒くに歌われます。フェルマータの後の7~11行目は再び「3拍子+4拍子」に戻るのですが、弾んだリズムではなく、緑濃い山に分け入ってニガヨモギを探し回る様子がおどろおどろしく歌われ、「おじいさんに苦い思いをさせてやるわ」という11行目に向かって音楽の厚みがじわじわ増していきます。そしてその11行目は それまでのレガートから一転し、ピアノパートのスタッカートと歌声部の“bitterにがい”の鋭いアクセントの繰り返しで、おじいさんをニガヨモギの汁でコテンパンにやっつける様子が音化されます。長めのフェルマータの後、12行目からは次の妄想、「若者」のくだりが始まります。“dolce甘く”という指示通り、ロ長調H-durに転調し うっとり展開していきます。先の5・6行目にあった「3拍子×3+4拍子×3」が再び現れるのですが、今度はとろとろに甘く「でもねぇ~、もし若者だったらぁ~」ともったいつけるように歌われます。ピアノパートも無数のピンクのハートが立ち上るようなアルペジオでさらに甘さを加えていきます。続く14行目の「緑の庭に行ってバラを…」からの4行はなんと2拍子になり!いそいそとした足取りを表しています。その各行間に合いの手で入るピアノのアルペジオは2小節に跨り、そこだけ4拍子のように響きが横たわり、甘いバラの香りの広がりを表しています。次第に歌声部の音域も上がり、気持ちが高揚しいきます。最終行は「3拍子+4拍子」に戻り“Lebhaft活き活きと”繰り返されます、“duftestいい香り”にアクセントをつけて。最後の3小節はグッと腰を据えた4拍子で、“Junge若者”も大きく引き伸ばされ、喜びが爆発して終わります。まあ、全て少女の妄想なのですが…。

私事ですが…この曲の思い出を少し…
芸大の学部生だったとき、インターウニという4泊5日のドイツ語ゼミナールに参加しました。日本各地のさまざまな大学でドイツ語を学んでいる学生のためのゼミです。レベルごとにグループに分かれてドイツ語を学ぶのですが、生のドイツ語に触れるのが初めてだった私は、自分のあまりのレベルの低さに、始まってすぐ参加したことを後悔してしまいます。場所は確か福島県の白河のどこかの大学の宿泊施設で、駅からも遠く逃げだしたくても簡単にはいかず…。一日がそれはそれは長く、苦痛の時間でした。語学って出来ないと寂しいですよね。それでも数日ともに過ごしたグループの仲間とは打ち解けて、最終夜のグループ発表にむけて、楽しく準備が進んで行きました。私たちのグループ発表は、このブラームスのDas Mädchenをもとにした朗読付きパントマイム劇でした。(時間があったら歌の練習をしようと楽譜を私が持ってきていたのです。)冒頭の部分、前半のおじいさんの場面、そして若者の場面の3つに分けて朗読&パントマイムをして、それぞれの場面の終わりでストップモーションがかかり、私の歌が続く…。今思い出しても、ユーモアとアイデアたっぷりの素晴らしいグループ発表だったと思います、大・大・大成功でした!そのとき少女役を演じたJ子さんとは、その後もコンサートで朗読をしてもらったり、一緒にスイスを旅したり…と今でもお付き合いが続いています。長く有り難いお付き合いです。1995年春のインターウニの思い出でした~


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