(考えてみたシリーズ)相続土地国庫帰属制度について
相続土地国庫帰属制度について
相続土地国庫帰属制度の運用が令和5年4月27日に開始された。土地の所有者がわからない「所有者不明土地」の対策として、相続したものの手放したい土地を一定の条件の下、国庫に帰属する制度だ。
制度ができてもうすぐ2年が経とうとしている。この制度をどれくらいの人が利用し、どれくらいの土地で国庫帰属の承認が得られたのだろうか。法務省が令和6年(2024年)12月31日現在の申請件数や帰属件数を以下のページで公開していた。
法務省の統計によると、令和6年(2024年)12月31日現在の相続土地国庫帰属制度への申請件数は3,199件、帰属件数は1,186件で、却下は51件、不承認は46件、取下げは500件である。
(帰属、却下、不承認、取下げの件数の合計は1783件で申請件数と一致しない。残る1,416件は審査中ということだろうか。また、却下と不承認の理由別の件数も公表されているが、こちらもそれぞれ却下(理由別合計):55件、不承認(理由別合計)53件となっている。1件の申請のうち複数の理由で却下または不承認となった申請があったのだろうか。)
あくまでも速報値ということであるが、申請件数のうち統計をとった時点では約37%の土地が国庫に帰属したことになる。
帰属は狭き門か
この相続土地国庫帰属制度、3,000件を超える申請があるということでそれなりに需要はあるようだが、制度利用の条件を見てみると、本当に困っている土地について解決になっているのかどうかは疑問になってくる。
法務省が出している相続土地国庫帰属制度のご案内[第2版]の中で帰属できない土地についての記載があるが、
・建物が存在している土地
・境界が明らかでない土地、所有権などについて争いのある土地
・崖
・土地の通常処分、管理を阻害するもの(車や樹木など)がある土地
・土地の処分や管理に過分の管理費、労力を要する土地
・・・といったものである。(列挙した条件は一部であるので、詳しくは案内のp.15~p.16を参照を参照してほしい。またこれに加えて申請できる人の条件もある。)
この条件をみると、赤の他人が見ても負の遺産ではないかと思うような土地については国庫帰属の対象ではないということである。本当に必要としている人たちの多くにとっては使えない制度ではないだろうか。
なぜ国はこの条件を出している?
なぜ国はこの条件での相続土地国庫帰属制度を設置しているのか。
一つは管理費の問題だと思う。税金で管理していくうえであまりにもお金のかかる土地を引き受けてばかりはいられない。そのためには、一定の制限を設けなければならないというところだろうか。
もう一つ、固定資産税の問題もあると思う。何でもかんでもいらないという土地をもらってばかりいては結果的に地方自治体の固定資産税の税収が減る恐れがある。特に過疎地域などは新たに住む人がいないなどの理由から、相続放棄と同じようにこの制度を使われては納税者が減っていくことが予想できる。
さらに、あまり条件を緩和しすぎると、一旦相続したうえで不要な土地を国庫帰属させる人が増え、負の遺産の土地だけを相続放棄できる状態に陥る可能性もあると思う。現在の制度では遺産の一部を放棄することはできない。あくまでも土地に関してのみだが、国庫帰属を際限なく受け付ければ、既存の相続制度の抜け道として使われる可能性があるのだ。
国有地を徐々に増やすことのメリット
費用面などで、無条件で国庫帰属を希望する人から相続した土地の帰属を受け付けるわけにはいかないとしても、この制度はそもそも「所有者不明土地」の対策のためである。本来何かしらの措置を必要としている人に対して制度が機能しなければ、相続せず(登記せず)に放置された土地がますます増えることにもつながる。それどころか、どうしても土地を手放したい人に怪しい企業が近づき、タダ同然で購入した山林などに不法投棄するなど、結果的には苦情や災害につながり税金で解決しなければならない事態も想定される。
仮に国庫帰属の条件を厳しくして固定資産税を安定して徴収することに繋がったとしても、それと引き換えに所有者がわからなくなった土地が起こす様々な問題に対して地方自治体や国が対応するための費用を考えれば、もう少し条件を緩めても良いのではないかと思う。
法務省の相続土地国庫帰属制度の統計によれば申請のあった土地のうち田・畑、山林が50%以上を占めている。(まさか銀座の土地を手放す人はいないだろうから、たいてい農地、山林かよほど処分に困る住宅用地がこの申請にあがってくる土地であろう。)農地や山林に係る固定資産税は住宅用地や駐車場などと比べると(特に市街化調整区域は)かなり安い。所有者に相続したものの土地を放置させる道を選ばせ何十年後かに大きな問題となり、自治体がその解決のために動くことになるほうが(特に人件費の面で)かなりの損失であろう。
そもそも帰属する土地、つまり国有地が徐々に増えていくことはそんなに悪いことばかりではないと思う。
仮に、今よりも緩い条件にした国庫帰属制度を開始したとしよう。おそらく制度開始から間もない時期は小さな土地やその土地単体では使い道がほとんどないような土地が集まるだろう。しかし、これが何十年と続くと、次第にまとまった土地が国有地となる。少子高齢化や地方の過疎化が叫ばれる中、時間が経てば経つほどかつては市街地と呼ばれた住宅などを建設しやすい土地もその一部が国有地に組み込まれていくだろう。
まとまった国有地が手に入れば、広大な土地を国の一存で使用できるということだ。例えば災害が起こった際の仮設住宅の用地や集団移転先の確保(さすがに急斜面ばかりのところには作れないが)の際には所有者の承諾を得るなどの煩雑な手続きを経ず、迅速に対応することができる。
ちなみに、東日本大震災の教訓をうけて作成された応急仮設住宅建設必携中間とりまとめのp.21には仮設住宅の用地として、不足する場合は民有地活用もありということになっているが、原則は国有地や市町村・都道府県の持つ公有地を活用するとなっている。
また、広大な土地が確保できれば、日頃から広域避難場所として整備することも可能ではないだろうか。現在は、大規模災害が起きると学校や公民館などが避難所となるケースが多い。特に学校が避難所となり、長期の避難を強いられる人が出た場合、学校内のすべての設備を生徒・児童のために使用することができなくなり、通常の学校生活を再開することが難しくなるという別の問題も発生する。
石破政権は全国の避難所運営について、スフィア基準を満たすよう取り組みを進めており、防災庁の設置準備もされている。こうした動きの中で、どのように用地を確保するかという問題も重要になってくるのではないだろうか。
広大な土地の用途は避難所の用地としてだけではない。今後、行政側でもデジタル化が進む中でデータセンターも必要となってくるだろう。現在は山林であってもそうした用途の土地として確保することにもつながると思う。
まとめ
今回は相続土地国庫帰属制度について、法務省が公表している申請状況も踏まえて考えてみた。制度を厳しくするか緩めるかということは非常に難しいところで、緩め過ぎれば乱用される可能性もある。一方で厳しすぎれば本来の目的を達成できない場合もある。現在の相続土地国庫帰属制度はどちらかというと厳しいほうに位置するのではないだろうか。
筆者の親族も、相続したとしても使用することのない土地について、この制度を使用できないかどうか検討したことがある。結果的に利用することはなかったが、その際、非常に条件が厳しいと感じた。
一方で、長い目で見れば制度利用の条件をもう少し緩くしてもメリットが出てくるのではないかとも思う。制度が開始されたあとの短期の影響についての目線も重要だが、それと同時に長期の視点も大切なのではないだろうか。
(執筆:うたたん総研 研究員S)