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予感的中

「え?言わない?」
彼女の声だ。
またアイツと話してるのか。


彼女が俺の店に来るようになって3年。
その日、ふらりとひとりでやってきた。
ビール・日本酒・チューハイ・ワインとめちゃくちゃに飲んで、嫌な予感しかしない客だった。

「もうよした方がいいですよ」
少しペースが落ちたところをそう促して、風の当たる場所に椅子を置いて冷たい水とタオル、少し休ませてから帰した。

それから彼女は度々やって来るようになった。このおっさん臭い店のどこがいいのか不思議だったが、懐いちまった仔猫みたいなもんだろう。

***

「帰らなくていいんですか?」
そんな彼女からアイツに話し掛けたのが半年ほど前。アイツが妻子持ちだと知ってたから嫌な予感しかしなかった。案の定、それを境に二人で飲むようになった。

「ねぇ、おじさんもやっぱり言わないの?」
アイツが居ないとたまに俺が話相手になる。彼女がこの話をしだしたからそろそろ終わりの予感がする。
1、2、3・・・4、5人目か。どうしてそんなヤツばかりに惹かれるのか知ってる。だが良く考えろよな、相手が居なけりゃ”それ”を証明もできないし、相手によっても違うだろうよ。

言えない俺はナスを切りながらまな板を5回叩いた。

大体だ!
みんな「おじさん」と呼ぶが、
間違いじゃないが、
この風体だから仕方がないが、
俺は!少なくとも!
アイツよりは彼女に近い年だ!

今度はキャベツを千切りだ!

***

あれから二人はどうなったんだ?
流行病のせいで店が開けられないからわからない。

しかし、この状況も長引きそうだ。ランチとか弁当でも始めようか。彼女向けにと味の濃いツマミより家庭料理風のメニューを増やしていたのが役に立つ。

久々に店を使おうと来てみたらポストにカードが入っていた。そうか、アイツは出て行ったのか。

明日から店を開けよう。
休業の張り紙を剥がして別の手描きポスターを貼った。
「ランチ始めました」
「テイクアウトOK」
サインは分かりやすい方が良い。

大いに期待しているのだが、こうしていれば彼女は来る。

「俺は大声で言いたくなるタイプだな。相手がいれば」
あの時そう答えた。
いまはもう、そうなる予感しかしていない。

<了>



彼女の話

アイツの話


ペンギンのえさ