例えばソフトクリームのように -1-
(本文:約2700文字)
「平和とは、ソフトクリームなんだ」
甘く冷たい白い渦巻きに嬉しそうに齧り付きながら友人は言った。ここのソフトクリームは濃厚というよりは軽い食感でコーンも固いものではなく最中に近い方。昭和懐かしいところが彼女のお気に入りだ。
「ランチにソフトクリームを食べられる世の中って平和だなってこと?」
私なりに解釈してみた。彼女は健康そっちのけで昼食の代わりに甘いものを食べる時がある。曰く、心の健康が優先なんだそうだ。
「ん~~ちょっと違う。ソフトクリームって甘いよね?」
こちらに向き直って私の目を見て話しだした。私も付き合いで飲んでいたアイスコーヒーから口を離し、とりあえずオウム返しをする。
「そうだね。甘いね」
「甘くて美味しくて幸せでさ、平和も幸せ」
「そうね。幸せね」
言ってから一拍の空気を食む。概ね平和と言われる世の中だとしても個々が皆幸せを感じているとは限らないという事実が頭をよぎった。
そんな私に気付かず彼女は続けた。
「でもさ、ぼやぼやしてると溶けるんだよ」
「平和が溶けるの???」
なかなかのパワーワードだ。
「溶けるよ。何もしないとゆるゆると形が崩れるのさ。溶けてベタベタに始末悪く手に纏わりついて、最後はベタっと地面に落ちて蟻が寄ってくる」
彼女は軽く眉間に皺をよせ、話をしている間に溶け始めたソフトクリームを見ながら言った。
「あああ、それは残念だね」
彼女のソフトクリームが言葉通りになる想像してしまって私も苦笑いになる。
「だからね。しっかり頬張って堪能しないといけないのよ。食べて、味わって幸せだなぁって、また食べたいなって思わないといけないのよ」
先程の自分の思考に当てはめてみた。平和でも幸せではないというのは、味が合わないってことになるのか?辛党とか?
彼女は垂れそうなクリームの端を救出してから続けた。
「これは人類の英知の結晶さね。体温より高くなる炎天下に冷たい冷たいソフトクリームが食べられるんだ」
彼女の功績ではないのに誇らしげに語る。
「ほら、やっぱりソフトクリームが食べられる世の中って平和だなって路線じゃない」
少しメンドクサクなってきて、私は彼女の話を強引に終わらようと試みた。が、逆効果だったらしく更に饒舌になる。
「平和も人類の英知なんだよ。努力の結晶なんだよ。
野生の生き物は弱肉強食で、同じ種であれ、己の遺伝子、グループ、家族のために縄張りを争う。それは自然の摂理だろうけれど平和な景色とは少し違う。」
そういえば、昔のTV番組「野生の王国」の再放送にハマっていると言っていたことを思い出す。
「人間も同じさね。小賢しく宗教とかイデオロギーとか理屈をつけているのもあるが根本は変わらない。物理的な糧であれ、精神的な優位であれ、縄張りの奪い合いだ。国レベルでも、ご近所トラブルでも、自然の摂理のままであれば人類は争いだらけだ。」
極端な断言による急展開。
「急にスケールが大きくなったね。でも、そう、一旦ソフトクリームは横に置くとして、それは分かる気がする。平和は努力しないと維持できないのだろうね。戦争だけじゃなくて災害とか疫病にも当てはまりそう」
彼女の論点が戦争と反対側にある平和だけだったらしく、私の発した言葉にパッと目を見開いた。
「いいところに気が付いたね。そうだ、そうなんだよ。だからね暑い中でもソフトクリームが食べられるように《発明して》より美味しくなるよう《研究して》《考えて》《工夫して》・・・そうした人類の英知は素晴らしい、ありがとうって」
「元に戻ってきた。なるほど何となく解ってきた。どうぞ続けて」
「平和も最初から「これが平和です」という形があった訳じゃないと思う。ただ「こうだったらいいな」っていう願いが重なって、長い時間をかけて修正や調整や工夫を凝らしてしてようやく理想形に近づいた。わかるかい?ソフトクリームの発明はキセキなんだよ」
解ってはきたが、例えるモノの質が違い過ぎてバニラチョコミックスのようには一緒に口に含むことができない。
平和は難しいのでソフトクリーム寄りで対応することにした。
「いやいや、ソフトクリームだってここが最終形じゃないでしょ。まだまだ改善の余地あり、進化するんじゃない?」
彼女の小難しい顔がふわっと笑顔になった。
「いいねぇ、平和の在り方もソフトクリームもまだまだ進化するといいね。少々のことでは溶けないとか、アレルギー物質使ってないとか」
「そうそう、多様性の時代だもの色んなタイプのソフトクリームいっぱいできたらいいよね。辛党向けとか、あ、食事代わりになる栄養価の高いのとかもいいな」
話が分かりやすくなり一瞬盛り上がった。けれど、元は平和を示すものだと思い出し、彼女にも同じ空気が流れる。
「だからさ、しっかり味わってソフトクリーム屋さんが潰れないように、でもっといいものができるように対価を払うんだ」
「ソフトクリーム屋さんって、平和屋さん? 何それ。しかも、結局お金とか怪しすぎ」
「お金も必要だろうけど『笑顔』とか『親切』とか『思い遣り』普通に『感謝』『いいね』『レビュー』そういう対価もありじゃないかな。特に平和の場合は」
「それ!いい!食べてからの後払い可ならなおよし。その気になれば誰でも手にできそうだし、隣の人にもプレゼントできるね」
「おお!誰でも手にできる!そんなソフトクリームこそ究極だ」
無事に彼女のツボに入ったところでソフトクリームも無事に完食となり、揃ってベンチから立ち上がった。いつもより時間ギリギリになったオフィスまでの道のりを二人とも少し速足で歩く。
まだ口の中でブツブツ言っている彼女を横目に見ながら、平和をソフトクリームに例えて話をすること自体が平和ってことだよね・・・と私視点を締めくくり仕事に戻った。
****
結局、次の日もソフトクリームの話が頭から離れなかった。平和屋さんが本当にいたらいいなとか、そんな都合のいい存在はいないと頭を横に振ってみたり。「平和」とは程遠い状態の国々が、今この瞬間にも存在することとか。
彼女の突飛な例え話はその場限りの思い付きで、いつものことなのに平和に対して自分がほぼ受動的だという感情がざわつく。
気持ちが落ち着かないまま数日を過ごした。
夏バテだろうか。あれからどうにも食欲が湧かない。
今日は帰りにあの店に寄ってソフトクリームを食べた。
ベンチに腰を降ろし、もう夕方だというのに街を炙ってくる空を仰ぐ。
真っ赤だ。暑い。
すぐにも溶けてしまいそうなソフトクリームを口の中に広げながら、一昨日から休みになっている彼女にLINEをした。
「ご飯ちゃんと食べてる?
次の休み広島行こうかと思うんだけど、一緒にどう?」
行って何ができるわけでもないだろう。旅行というものが彼女の気分転換になればといいと思うし、何かが見つかるかもしれない。
出かける約束が決まるとベンチがら立ち上がった。
隣のベンチの下には誰かが落としたソフトクリームの残骸に蟻が行列を作っていた。
<つづく>
締め切りはとうに過ぎてしまった。
これはもう別の競技になったのだ。
シロクマ文芸部のお題「平和とは」で書き始めてもう何日経っただろう。ふとした思い付きで「ソフトクリーム」で例えたらと書き始めたのだが・・・
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ペンギンのえさ