伝承「グリフィン」
忘れ物をしたままの毎日に突如としてアイツは舞い降りた。
遥か頭上に巨大な影、琥珀色の翼は光が反射して黄金に滑り、上下にゆったりと羽ばたいている。頑丈な四肢はいつでも蹴り出せる体制で力強く地を掴み、底に漆黒を湛えた瞳は真っ直ぐにこちらを狙っている。
「うわぁ。すごいなぁ」
「3DCGなんだろ?最初の猫ちゃんもかわいかったけど、やっぱこういうのは迫力あってかっこいいねぇ」
新宿のビルの一角。話題の3Dビジョンの最新作だ。誰もが足を止めて携帯で写真を撮ったり、マスクに遠慮しながら口々に感嘆の言葉を発している。
当然、私も足を止めて凝視していた。いや、睨まれたまま硬直していたといった方がいい。アイツが空を蹴破って飛び立つまでの2、3分、もっと長かったようにも思うし、短かったかもしれない・・・通常の広告が流れ出してやっとのことで呼吸することを思い出した。
思わずため息ともつかない言葉がこぼれる。
「アイツ‥まだいたのか」
首を上げたまま呆然とする私にチラシが差し出された。
「そうか、リメイク版」
時間と体力・気力すべてが仕事に持っていかれるオトナ生活になって10年になる。最新のゲーム機を買うのにも乗り遅れてすっかり遠のいていた。オトナ生活とは言ったが大人になったからというのは少し違う。同い年の同僚は上手に時間を捻出してはスマホアプリなどで楽しんでいるし、他の奴らだってプライベートと仕事とのバランスを上手にとっている。
「俺はダメだな。止まらなくなる」
こってりとしたRPGが好きな俺は、大きなTV画面でしかPLAYしないし長時間没頭してしまう。自分でわかっていたから新しい仕事に慣れるまでと意を決して封印し…結局そのままになっていた。
「そっか、そっか、そっか・・・」
手に力が入り過ぎて端がシワシワになったチラシを何度も読む。10年もブランクもあるので、今時のオンラインゲームというものに少し気が引けたが、俺のような元祖タイトルファンにも優しい親切設計になっているようだ。
「お金はこういう時使うんだよな」
3Dビジョンの思惑に嵌ったは俺が、まだ少し躊躇している俺を丸め込んで目の前にあった特設売り場でハードからソフトまで一式大人買いを決め込んだ。
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10畳のワンルーム。オープニングでいきなり圧に殴られた。何倍も進化した繊細で美しいグラフィックにあの世界が蘇ってる。懐かしいファンファーレが重厚なオーケストラの音楽で流れて、俺の意識は一気に現実世界から切り放たれた。
基本のシナリオやシステムは変わっていない様子だ。オンライン要素といえば、デイリークエストや他のプレイヤーと武器・道具などが売り買いできる程度。ほぼ自由に動いてるモブといったところか。
それ以外は何も変わらない。村の名前も祠も・武器・防具・魔法のネーミングも何もかも懐かしい・・・高揚感以上の安堵感。キャラクターを設定して『ア』『イ』『ル』いつも通りに飼っていた猫の名前を入れる。
親切チュートリアルを駆け足で抜けると、旅が始まった。何度も繰り返しプレイしたゲームだったから今すぐにでも攻略本が書けそうなぐらいに覚えていた。
「そうそう、ここだよなぁ」
思い出しては所々に独り言を落としながら進む。
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「さて、ここからだな」
アイツはこの山の頂上に居る。物語り的にはまだまだ序盤だったが俺にとっては最重要ポイントだった。切り立った断崖をアクションのミニゲームで登っていく。操作性が繊細・リアルになったぶん難易度も上がっていた。
時間がかかり過ぎて操作とは別に思考が割り込んできた。
何故アイツが広告塔なのだろう。このゲームなら終盤のドラゴンとか飛行船とかもっと他に色々あるんだが。
着いた頂上で出した結論。
「え?お前、出世した?」
何しろ目の前には回復できる立派な祠が増えていて、崇め奉られている。元ではそのまま巣に座っていた。
祠の奥へ進むと羽ばたきが聞こえてきた。
上からは光が降り注ぎ神々しさを増している。
あの新宿で見たグリフィンが姿を現す。
前の時にはボイスがなかったが、そうか低く響くいい声だな。それにしても、この質問は相変わらず笑えるな。これで「奪う者」を選ぶやつなんていないだろう。
>>伝えし者だ
どれを選んでも後のストーリーに影響はない。単純に手にするアイテムが変わるだけだ。今回はサクッと進みたいから移動手段を選ぶ。
>>翼
おや?セリフが増えている。間違いない。ここの会話は一言一句覚えている。そうか、お前出世したから持ち時間が増えたのか。
「トーヤ」って何だ?新しい職業か英雄の名前なのか?俺はそんなのどこにも入力してないしな。それにしても「トーヤ」か・・・
元祖のプレイヤー意識したセリフだな。まぁ、お前の知っている俺は確かに「トーヤ」だけど。
忘れるわけがないよ。グリフィン。
そうさ、全部調べたよ。手あたり次第に、様々な文献も、物語も、言い伝えも出来るだけ。割り当てられたシナリオのために。
そうだね。どんなグリフィンにしようかとても迷ったんだ。結局、絞りきれなくて全部入れてしまったな。最後の仕事になると決まっていたから少し欲張った。
そうか、誰かがとても素敵に描いてくれたんだね。だからあの場所で再び会えた。新宿でお前を見た時、チラシを見るまでもなく俺の綴ったグリフィンだと確信したよ。力強く、理知的で、その翼には風を宿していた。
そうだな 今 お前に望むのは・・・
友の背に乘り、空へと舞い上がる。
そうか、拙いシナリオだったが俺がお前の何かを伝え、それが誰かの手によって再び絵となり、別のお前へと広がっていくんだな。他のプレイヤーは何と答えるのだろう。
見下ろした景色はあの世界のようでもありこの世界のようでもある。天翔けるグリフィンに俺の思う新しい符号を見出していく。ここに居るお前はあのヴィジョンより遥かに現実的で優美だ。
そこからのストーリーは以前と何も変わらなかった。
それでもきっと何かが変わった。
エンドロールに小さな文字で「TOHYA SUZUKI」が流れていった。
<了>
橘鶫さんの絵に惚れて企画に参加させていただきます。
趣旨に合いますかどうか心配ですが、参加することに意義がある精神にてお邪魔いたします。企画というものに初参加でドキドキしております。
橘鶫さんの絵と他の皆さまの素晴らしい物語へのリスペクトを込めて。
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ペンギンのえさ