二人の母の夢《Dream Diary 21》
xxxx年05月14日(x)
母は五十代ぐらいだろうか。白っぽい視野の向こう側に、まだしっかりしていた頃の母が立っていた。こちら側にいる私と姉に微笑み掛けている。母は二人いた。一人は存在がはっきりしていて、もう一人は影が薄く、非存在という言葉が似合っていた。母は私と姉に向かって何か三文字の言葉を言ったのだが、何という言葉だったのか思い出せない。その言葉を二人の母のどちらが言ったのだろう。二人が同時に言ったのだろうか。夢の世界に厳密な同時ということはあるのか? 現実世界ですら同時性は相対的なのに。二人の母は重なり合っていた? いや二人はズレてもいた。母の言った三文字の言葉も、その存在と非存在が互いにズレながら聴こえて来た。母の存在と非存在は量子の世界のように重なり合っているのだろうか。あるいは観測の具合によってズレたり重なったりするのだろうか。二人の母は何処から来たのだろう。二人の母は夢の宇宙から何億光年も隔てられた、現実の宇宙との境界壁に書き込まれた情報に過ぎないのだろうか。私の横にいる姉は、母の存在と非存在を私と同じように認識しているのだろうか。本当は二人の母は、互いに遠く隔てられた処にいながら縺れ合っている? ああ、そんなことより、この寂しさと、悲しさと、愛しさは、いったい何処から来るのだろう。二人の母が言った三文字はどんな言葉だったのだろう。白っぽい視野の向こう側で、二人の母の後ろ姿が幾重にもズレながら、私と姉から遠ざかって行く。