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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
国道脇の歩道を歩く。左手には葛のフェンスが続いている。道路の反対側に並ぶ家と家の間に海が見える。金網を乗り越えて、垂れ下がる葛の葉叢を風が撫でて行く。風の去った先に、ふっと母の微笑む顔が現れて消えた。 丘の斜面を葛が這い登って行く。緩やかにカーブしながら上行するアスファルト道路の、ガード柵の白いパイプの間から、若葉を従えた葛の蔓先が幾つも覗いている。麓の畑で草取りをしている祖母の記憶が蘇ってくる。 山間の作業小屋の外に、夥しい数の葛の葉に覆われて、墳墓のように盛り上がった
夏の夕刻を迎える岸壁で キノコ形の繋船柱に腰掛けて 海を眺めながらスイカを喰らう 独り者のひそかな愉しみだ 悪いか? イオンの食品売り場で買った 縦切り六分の一のスイカを 沈み行く夕日を眺めながら喰らう きのうもおとといも来たんだよ 悪いか? 内港を後にした高速艇が 目の前の水道をゆっくりと横切って行く 遙かな沖合の 遠い昔に捨てた島を 夕焼けの海に探しながらスイカを喰らう 悪いか? おやじとお袋はとっくに逝った 友達も兄弟もみんな遠くへ行ってしまった それぞれが
🌳☘️ 森で弦楽器をつま弾いても 私は樹木の名前を知らないから 旋律は湖面の光に砕かれてしまう 山麓に歌声を響かせても 樹木が名前を告げてくれないから コトバは青空遠くへ飛び去ってしまう 樹木はいつだって 樹木だけれど 私は名前を 知りたいのです 🌱🍃 待ち焦がれた 七月の祝祭の日 恋人の胸に飛び込むように 私は森へと 一目散に駆けて行く 森では樹々のそこかしこで 夏の子ども達が忙しく水を運び 葉叢の奥の暗がりから こだま達が顔を覗かせている 私が呼びかける
― 詩人Y・Kに ― 海から吹いて来る 遠い夏の記憶のように ごく薄い水色から 真夜中の濃紺までの 星空よりも果てしない あなたのこころと ちょうど同じ 深さの海に 古の島は 霞を纏って浮かび あなたは 潮風が描く波紋のように かたちと色彩が舞う ことばの絨毯を織りあげる 潮の流れに乗って 月まで泳ぐ魚たち 海から生まれる いのちのきらめきに わたしは慄き 見惚れて 波がやわらかに 砂と戯れる浜辺で 銀河を漂う浮島のミラージ
十六で嫁入りした祖母は まだ娘だったから 近所の子供達と鞠を突いて遊んでいた すると 嫁入りした女はもう そんな遊びをしてはいけないと 誰かの叱る声が聴こえて来たという 春の夜明け前に 積み重なった笹の葉の下から 筍が微かな音を立てて生えて来る 祖母が竹薮に行くと 子供の姿をした竹薮の精が 飛ぶように先を走って行き 祖母は少ししんどそうに笑いながら その後を追って筍を掘る 雉が飛び立つ夏の畑で 祖母と離れて遊んでいた私は からす蛇に遭遇して泣き出した 祖母は農作業の手
海が 海に堆積して 光の泡を分泌しながら 群青は沈下の速度を静かに増すけれど わたしは 生まれたての青空のように やわらかだから 海が見える山の斜面の 鈴なりに実った 青い蜜柑の揺れる木陰で 朝の体操に遅刻した鳥の声を聴いた おとな達の のんびりと呼び合う声 乾いた藁の匂い 蜜柑畑の片隅に置かれた 編み籠に入れられて 縁に手を掛けて立ったわたしは きつね色をした獣の親子が 五匹、六匹と 山の麓を一列に走って横切り 藪の中へ消えて行く光景を見た おとな達に知らせたくて
ケーンと 雉はひと声鳴いて 蜜柑畑から飛び立ち 向こうの丘の藪に降りて 灰褐色の翼をたたんだ 空は丘に別れを告げるように ずっと遠くまで青く 夏の終わりの太陽の下 無花果の樹と萱の茂みの間の 涼しい風の通り道に 立っていたのは誰だったのか 蜜柑畑で過労で倒れても 木陰で休んで何でもないと笑い また働いた父だったのか 幼い私を見守りながら 額の汗を手甲で拭い 摘果作業をする母だったのか 電信柱の上に止まって 弁当を狙う烏に話し掛けながら 草取りをする祖母だったのか あ