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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
夏の夕刻を迎える岸壁で キノコ形の繋船柱に腰掛けて 海を眺めながらスイカを喰らう 独り者のひそかな愉しみだ 悪いか? イオンの食品売り場で買った 縦切り六分の一のスイカを 沈み行く夕日を眺めながら喰らう きのうもおとといも来たんだよ 悪いか? 内港を後にした高速艇が 目の前の水道をゆっくりと横切って行く 遙かな沖合の 遠い昔に捨てた島を 夕焼けの海に探しながらスイカを喰らう 悪いか? おやじとお袋はとっくに逝った 友達も兄弟もみんな遠くへ行ってしまった それぞれが
女郎蜘蛛 気が付いたら、目の前に女郎蜘蛛がいた。紡錘形のお腹に赤と黄色と緑青色の横縞。背の高いカイズカイブキの生垣の樹間に、脚を広げて下向きに静止している。見ると斜め上にもいる。頭のすぐ上にもいる。腕に触れる枝にも。腰の左右の枝にも。後ずさりして見回すと、生垣の至る所に蜘蛛の巣が張ってあり、女郎蜘蛛が獲物を誘っている。通り抜けるのは止めよう。向こう側ではコスモスの花が風に揺れている。 蝿捕蜘蛛 ツツツ、ツツツツツツツ。黒い点が壁を這い登って行く。ツツ。いっとき静止し
ある初夏の日の朝、私は海岸沿いを走る列車のシートに座っていた。ふいに、窓から砂浜のぬるい風が吹き込んで来たと思ったら、私が飲み干した清涼飲料水のペットボトルの中にしゅるしゅる渦を巻きながら吸い込まれてゆく。その時、私はもう少しで喃語を喋りかけたが、ペットボトルの中で魚の鱗がキラッと光るのが見えたので、慌てて蓋をした。 ペットボトルは風船のように膨らんできた。天井に届くくらい大きくなると、終いにはパーン! 破裂した瞬間、あたりには何も見えなくなった。気が付いたら、列車は変
つゆ草の栞を挟んで 天文航法の本を閉じたら 燕は何処にもいなくなっていた 秋はそんな風にやって来て 僕はようやく 星の高さを測定し始める けれども胸に広がる空の青さは 六分儀では測れないから 僕はひとり呟く 一体いま 終わってしまったものは 何だったのだろう * 遠くで鳴る鐘の音が 送電線を揺らす風に運ばれて 僕の痩せた頬を撫でて行く 風がささやく言葉に向かって 手のひらを差し出しても 真白い蝶の飛跡に変わって 屋根の向こうに消えて行った あれは空耳だったと
ケーンと 雉はひと声鳴いて 蜜柑畑から飛び立ち 向こうの丘の藪に降りて 灰褐色の翼をたたんだ 空は丘に別れを告げるように ずっと遠くまで青く 夏の終わりの太陽の下 無花果の樹と萱の茂みの間の 涼しい風の通り道に 立っていたのは誰だったのか 蜜柑畑で過労で倒れても 木陰で休んで何でもないと笑い また働いた父だったのか 幼い私を見守りながら 額の汗を手甲で拭い 摘果作業をする母だったのか 電信柱の上に止まって 弁当を狙う烏に話し掛けながら 草取りをする祖母だったのか あ
透明にゆらぐ火炎の秋 あなたは雲り空の斎場で ひとり密やかに焼かれた 紺色の重力を振り解き 垂直に あるいは 灰白の螺旋を描いて 懐かしい星の郷に昇る 秋のフラグメント達 けれど残された私達は 風に舞う落葉のように 重力を裏切れないから せめて、見てごらん 雲の絨毯を剥ぎ取られた 満天の星の祭りを 秋の夜空から降り注ぐ エンジェルの滝を あなたの祝福を受けて 無数の星の子ども達が 地上に降り立つ頃には 白銀の冬がやって来て 私達は暖を囲んで語り合う ああ そのとき 私達の痩せ
いくつもの季節と いくつもの月と星の巡りに いくつもの樹木が根っこを絡め いくつもの風がその周りを かごめ遊びのように回っている 君にも見えるだろう? 空と海の彼方にある ほの白い光の原野へと続く 野ぶどうの生えた道が いつも気紛れにやって来る雨と あの遠雷の後ろを追いかける 僕の歩いて行く先には 線路脇の名も無い花と石ころと いくつもの街があった なつかしい人よ 風雨を避けるために 軒下で羽根を震わせる燕達にも また一緒に飛べる日がやって来る 行く人よ 君には君