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Archipelago(多島海)

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詩・散文詩の倉庫01
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#夜

天牛と島の少年

                                 — M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると

Island(島)

始まりの時は うっすらと青く 内界に結露した 母なる水球に 浮かぶ魚鱗のひとひら 朝霧は晴れ かもめは飛び立ち 揺れる波間に 凛として湧き上がる島   もう帰ることはできない 白い灯台の立つ岬に 還って行く潮流は 大きく弧を描いて ざんぶざんぶと洗う 沖積世の岩塊の てっぺんに刺さる 黒い銛のうた   午後の白砂青松に ふと起こる風に巻かれて 柑橘の香り立つ島 水球の極点に裂開する 空洞の寂寥から島は来る 榊の葉 甘夏蜜柑 山の幸 沖の岩礁に残された供物が 波に浸されて 夕凪

梟の館

オレンジ色の満月から かすかな羽音を立てて 飛んで来る梟たち 街の灯かりが消えてゆく Round  About  Midnight  まんまる地球に舞い降りた やがて夜明けを迎えたら 青い海と緑の島に誘われて 山茶花の小道の先の 蔦の葉っぱに覆われた 小さな館で羽根を休める 眼を凝らして見てごらん ここは不思議の館 梟たちが紡ぎ出す 夢のあぶくが漂っているよ 新月の夜が来れば 梟たちが樹々の葉陰から ぼくらを覗いては クスクス笑っているよ 耳を澄ませてごらん 星とい

波のことばに捧げる詩

           ―  詩人Y・Kに  ―   海から吹いて来る 遠い夏の記憶のように   ごく薄い水色から 真夜中の濃紺までの 星空よりも果てしない あなたのこころと ちょうど同じ 深さの海に 古の島は 霞を纏って浮かび あなたは 潮風が描く波紋のように かたちと色彩が舞う ことばの絨毯を織りあげる   潮の流れに乗って 月まで泳ぐ魚たち  海から生まれる いのちのきらめきに わたしは慄き 見惚れて   波がやわらかに 砂と戯れる浜辺で 銀河を漂う浮島のミラージ

竹藪

夜明け前の坂道を登って行く 白くぼんやりとした後ろ姿 幼い私の行く手には 鬱蒼と生い茂った竹藪がある   洞窟の黒い口に誘われるように 私は竹藪の中の道に入って行く 竹は両側から頭上を塞ぎ 笹の葉が微かな風に揺れている     さや  さや  さや  さや  さや  さや   さや  さや  さや 笹の葉の音が頭上を舞っている 暗がりの中を歩いて行く   と思ったら 私はいつの間にか 鉄橋の上を歩いていた   乗り物の絵本で見た鉄橋が 竹藪の道の進行方向に重なり トラス構造の

川堤の葛

秋になると、川堤をびっしりと覆う葛の茂みは、セイタカアワダチソウとススキの求愛を受ける。セイタカアワダチソウはあちこちで葛の茂みを下から貫き、空に向かって茎を伸ばし、黄色い花冠を風に揺らせて葛の気を惹こうとする。それに遅れを取るまいと、ススキの群れも銀色の穂を伸ばしてくる。だが葛は、春から夏にかけて茂みに棲んでいた虫や百足や蛇や、迷い込んで来た犬や猫やヒトから零れた夜の呟きを捕獲する作業に夢中で、セイタカアワダチソウとススキの試みは徒労に終わってしまう。 夜の呟きに触れるこ

金柑

深緑色の小葉が群れる枝に 金の果実が十幾つ   花瓶に挿して眺めていたら 子どもの頃に読んだ セルビアの民話を思い出した   夜更けに鳥が盗みに来る 王宮の黄金の林檎 鳥は綺麗な女の人に変わり 見張っていた王子様と結ばれる   これは金柑 私は王子様じゃないけれど   夜更けまで 見張っていようかな