マガジンのカバー画像

コーヒーショップの物語

22
コーヒーショップを舞台にした、可笑しな、トンデモな、妙チクリンなお話。
運営しているクリエイター

#物語

プレリュード

爽やかな初夏の朝 コーヒーショップの窓の外では スズメ達が噴水に集まって 小さな翼をシャンプーしている 音大行きのバス乗り場では 客はバスの屋上にハシゴで登り ピアノを楽譜初見で弾かないと 乗せて行ってもらえないそうだ ラヴェル先生が入試用に作曲した 『プレリュード』を上手く弾けない人は スズメの冠婚葬祭のための祝い歌や レクイエムを補習させられている 遠い昔 私も高校の体育館で ザ・ローリング・ストーンズの曲の イントロをトチったことがあるから 何処かで補習を受ければよかっ

雨のコーヒーショップ

今日は雨の日 小雨から本降りになると コーヒーショップの窓の外を アノマロカリスが泳ぎ始めた カンブリア紀の海棲生物だ 雨足がさらに増してゆき ついにどしゃ降りになると デボン紀の肺魚や三葉虫と一緒に シーラカンスの群れが泳いでいる まるで太古の水族館だ しばらく見惚れていると 雨足がいくぶん穏やかになり 窓の外はイモリやサンショウウオや カエルのご先祖さんみたいな 怪体な姿の両棲類ばかりになった それでもずっと見ていたら 雨はすっかり小降りになり ドスンドスンと音を立てて

九官鳥

今日はコーヒーショップで 売買契約を結ぶことになっている しかしコーヒーをひと口飲んだ途端 売るのだったか買うのだったか 金額はどのくらいで そもそも誰と何を売買するのか きれいさっぱり忘れてしまった まあいいや だけど 何となく気分がスッキリしない ふいに至近距離から視線を感じたので となりのテーブルを見ると 鳥類行商人が双眼鏡を眼に当てて じっとこちらをウォッチしている 私はとても腹が立ったので 強い口調で文句を言った 「きみ、失礼じゃないかっ!」 すると鳥類行商人は 「

コーヒーにミルクを垂らし スプーンでかき混ぜると カップの中から声が聴こえてきた 「明日はゴミ出しの日だよ。」 うるさいなぁ分かってるよ と思いながらカップを覗いてみると 超小型の牛が泳いでいる スプーンで取り出してやると 小さくても豊満なおっぱいから ミルクがぴゅるぴゅる出続けている おっとトレーの外にこぼさないよう注意 すると 隣りの客がこっちを見て 「ああ、また牛が出ましたか。 私は家内に捨てさせましたよ。」と言う 「明日はゴミ出しの日だよ。」 牛は同じことを繰り返して

奈落へ

コーヒーをひと口飲むと 下腹部に非常に強い便意が襲ってきた そう言えば今日は朝方から 何となくお腹が妙な具合ではあった この店では駅構内のトイレに行くしかない けっこう遠いんですよこれが ふうぅ~ 何とか治まったようだから 我慢して自宅に帰ってゆっくりと… すぐにまた強烈な便意が戻ってきた うううぅ~~ぐむむううぅぅ~ 「ランチセットお待ちの方!」 ウェイトレスのカン高い声が今日は癪に障る それより前のテーブルでお喋りしている 女子高校生達に感付かれてはならない 上半身が左斜

風と共に去りぬ

コーヒーを飲んでいると 窓に伝書鳩が降りてきた うん? 私に宛てて? 指にパン屑を乗せて差し出すと 小さな嘴でせわしく啄ばんでくる ふふ 可愛いやつ 光沢のある胸をなでてやると ククルルと喉を鳴らす ふふ ほんっと可愛いやつ 足に付けてあるアルミの円筒から 通信文を取り出して読んでみよう どれどれ 「あなたに伝えることは何もありません」 丸文字で書いてある はて いったい誰が私にこんなことを? いぶかっていると 「あんたに伝えることなんか何もないよ」 伝書鳩がややイケズな口調

リーマン

お昼過ぎには スーツ姿のサラリーマンが多い コーヒーショップでほっと一息だね みんなノートパソコンを開いて 液晶画面を覗きながらコーヒーを飲む 私のはもっと小さいミニノートパソコン いいでしょ 仕事用じゃないもんね えっへん 詩を書いておるのだぞ なんてお仕事中ごめんなさいっ! 愚にも付かないことをコソコソと‥‥ ここまで書いてコーヒーを一口啜ると 隣りのテーブルのサラリーマンが覗き込んで 「きみ、それは違うよ」と言ってきた 「我々は現在はリーマンと呼ばれている。 ベルンハル

トントラワルドの物語

 コーヒーをひと口飲んで皿に戻し、窓の外を眺めていたら思い出したことがある。遠い昔、 私がまだ小学生だった頃に読んだ、『ばらいろの童話集』のこと。〈ラング世界童話全集〉の第二巻だった。この本に収録されていた、「トントラワルドの物語」というエストニアの民話が、成人してからもずっと忘れられなかった。  編著者のアンドルー・ラングは、オックスフォード大学では『指輪物語』のJ・R・R・トールキンや、『ナルニア国物語』のC・S・ルイスの先輩にあたり、民俗学者にして作家であり、また詩人で