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窓越しの世界・総集編 2018年4月の世界
4/1【春の遊歩道】
不意に見えた水面は、思ったよりも透明度が高く、春の陽気で少し汗ばんでいる私を涼やかな気にさせた。
だいぶ歩いた頃になると、夕方からは冷え込むだろうと羽織った薄手のコートがすこし
恨めしいくらいだった。
晴れ渡っているのに見晴らしの悪い、いかにも春らしい霞がかった午後。
重いギターケースとゆく春の玉川上水。
4/2【あの椅子】
2時間も座っていたのだから、少しくらいは腰が痛んでもおかしくはなかった。
そう思ったのは、帰路につく車のなかで、はたしてあの椅子が素晴らしかったのか、私の腰痛が良くなっているのか。
良く考えてみても、きっと椅子に違いないから明日あの店に電話を入れてみようと思う。
4/3【夜と気配】
隣のハウスの灯りが消える。夕食はまだとっていない。
公園からも人気はなく、本当の夜が始まる。
思い通りに育たなかったミモザ。その支柱が軋む音で外の風の調子がわかり、ガコンという水道菅の音で、どこかの家が水を使っているのだろうなと思う。
このままでは朝を迎えてしまうので、考え事をしながらでも布団に潜り込んだ。
4/4【OLD DAYS TAILOR】
昨日の夜から考えている新しい名前。
意味のある、誰にでもわかりやすく、初めての言葉。
在りし日を、紡ぎ、仕立てる。
ジェイムス・テイラーからも響きを頂き、最高の名前に出会えた。
OLD DAYS TAILOR (オールド・デイズ・テーラー)
4/5【一番の近道】
五線紙にメロディーを書き写すと、それと私との境界線がはっきり見えてくる。
もう一度、やり直すことが確かに必要で、途方も無い気もしてくるが、
それが一番の近道だと、胸の高まりが教えてくれる。
4/6【誇れること】
アルバイトをしていたころは、時間が惜しくて、始業前や休憩時間も音楽のことで頭がいっぱいだった。
ノートにはアイディアやネタがぎっしりと書き込まれていた。
全ての時間を自由にできる今。危機感はなく、穏やかで、ノートに書き留めることも減ったけれど、あの頃よりも全てが向上している。
自信という不確かで危ういものだけが、削ぎ落とされていったけれど、それでも続けていることは誇れる。
4/7【道具】
世界は道具に支えられている。
道具は、道具を作る道具に作られている。
楽器も道具で作られる。
今夜の餃子は、フライパンの蓋が無いのでうまくいかなかった。
4/8【2択】
外食が多くなった理由はいくつかあるけれど、一人で食事をすることが増えたからかもしれない。
夜のスーパーマーケットでの買い物を選ぶか、少し歩いてカウンター席に着くかの2択。
今夜は前者。パスタをメインに、野菜もたくさん買った。
夜はまだ肌寒く、大判のストールも活躍してくれる。
4/9【その時を目指して】
休日や日中はさながら観光地ではあるが、こうやって夕食をこしらえて、夜の静けさの中に身を置くと、それだけはここへ来た時分と何ら変わらないことに気がつく。
隣の家には画家の老夫妻、コイン洗車場の散水の音、荒れた庭にはワーゲンが停まってた。
生まれた家を離れてから10年も同じ場所に居たことがないから、なおさら、変化していったことばかりが、失われたものとして刻まれていく。
私は結局、同じままでいたい。同じままでいたいから、変わり続けている。
その時を目指して。
4/10【朝の秘密】
朝、久しぶりに歩く。少しひんやりとしていて、清々しい。
夜のうちに地上に落ちた埃や塵が、再び舞い上がるまえの時間。朝の空気が澄んでいるのは、そういう事だった。
凜とした朝の秘密の、一つ。
4/11【風について】
温度や気圧の差で生まれる風。
風が手当たり次第にぶつかって、ヒューとか、ボーとか、ゴーとか唸りをあげる。
こんなに強い風の源を考えるとき、人や人、物や事、国や国、万物の現象も、差によって生まれている気がした。
これ以上考えるには、時間も理由もない。
4/12【手放すこととは】
仕事を与えるということは、仕事を与えるための仕事が生まれる。
誰かに何かを託そうとした時、自分が動く以上に、骨が折れる。
手放していこうとすればするほど、仕事が増えていく。
4/13【2軒目の店】
夜道は肌寒く、僕の装いはまだ冬のまま。首に巻くものだけは、薄手になっているけれど。
たまに歩くと、大きなビワの木が切られていたり、空き地の新築工事が進んでいたり、街はすこし変わっている。
今夜はハーパーとかボンベイとか、この頃は口にしないアルコールを注文した。
未来のことは釈然としないけれど、それでも歩みを進めようとしている。
ただ、繰り返すそんな日々のことを信じて行くだけだと思う。
ここ最近使う2軒目の店は、今夜もガヤガヤしていて、居心地がいい。
4/14【蓋の中身】
自分ではわかっているけれど、人には言われたくない。そんなことがある。
これまで、前に進むために蓋をしてきたことが、幾つもある。
たまに、誰かがその蓋を開けてしまうから、、
蓋の中身を、整理、把握しておく必要がある。
4/15【眠りに落ちるまで】
眠りに落ちるまでギターを抱えていたのは久しぶりだった。
思考は停止しているし、何も生まれそうもないのにギターにしがみつく。
今夜、僕は、僕のそんなところが懐かしかった。
4/16【冒険】
窓ガラスの向こうで、海がきらきらしている。
港は、動き、連動していた。遠い海の向こうから。遠い海の向こうへ。運び、運ばれる。
海鳥は確かにいたのだろうけれど、この日の僕の目に留まるものは、彼らではなかった。
僕が考えていたのは、海の見えるデスクに座り書類を作成している港の職員のことで、
例えば僕が、あの椅子に座っていたのなら。
そんな冒険をしていた。
4/17【夜更かし】
夕方になってからはストーブに火を入れた。桜の開花が早かったわりには、季節が二の足を踏んでいる。
強い風の日々から、今日は冷たい雨の日。
今夜は、なかなか眠たくならないけれど、必要なことをする思考能力は残っていない。
早く眠りたいけれど、気まぐれて見始めたテレビドラマのせいで夜更かし。
4/18【気が回らない】
自分の役割を全うできていない自覚。
我に返ると、支えてくれている人たちのことが見えるけれど、気が回らない。
その自覚もあるけれど、何もしない。今は仕方ない。
4/19【沈黙】
意図した沈黙を作るようになった。
沈黙は、強さ。
沈黙は、弱さ。
4/20【穴に埋めるもの】
自分自信に諦めを持っているけれど、期待もしている。
期待の方が上回っていれば、少しずつでも前進できる。
深い穴を掘って、今日も諦めを埋めよう。
4/21【心のこと】
折れない程度に、しなやかにありたい。
判断力を持ち、かたくなさの、そのわけを知っていたい。
心のこと。
4/22【祭囃子】
少しずつ日が落ちて、薄暗い路地に入るころには、すっかり夜の明かりが灯っていた。
今年初めての祭囃子が聞こえてくる。
ずっと昔から続く、この場所のこの季節の光景なのだと思うと、胸が熱くなって、コンを詰めすぎていた心についつい沢山のビールを注いでしまう。
今夜は少し、僕は僕から離れてみる。
そこにはまた僕がいるのだけれど。
4/23【気持ちのあり方】
ターメリックの鮮やかさが美しいと思った。
気に入っている白いシャツに跳ねてしまったのに、先にそう思った。
そんな気持ちのあり方が、嬉しかった。
カレーも美味しかった。
4/24【深夜2時】
深夜2時を回ったころ。明日のスケジュールを考えると眠らなければまずい。頭が冴えてしまっているので、アルコールを入れて強制的に眠りにつく。
雨の音がはじまって、暗い部屋を眺めていると勢いよくトトが階段を駆け上がってくる。ここのところ暖かいので、布団の中に潜り込んでくることは少なく、別々に就寝。
明日は長いお留守番だよ、トト。
4/25【羨ましいこと】
外に出ると、雨上がりの西日がアスファルトを輝かせていた。
校舎の間のテニスコートから、ボールの弾ける音が聞こえる。
中学校の廊下は騒がしく、何か淡い思い出なんかが蘇りそうだったけれど、そうでもなかった。目の前の子供たちは、あと数時間もすればそれぞれの家で眠りにつく。
ただそれだけのことが、羨ましいな。そう思った。
4/26【20年後の結論】
テニスを辞めた時のような、もういいかな、という気持ちを思い出している。
限界まで走り込んでも、壊せない壁があって、未来が描けなくなった。
壊せない壁があるのならば、今はまだ、壁のこちら側でやっていこう。
あれから20年後の、結論。
4/27【夜更かし】
深夜1時をまわったころ、いつものカウンターに腰をかける。
本当に切羽詰まっている時は出かける気分にもならないから、今日はまだ心に余裕があるということ。
握りとビールを注文してパソコンを開く。すこしすると顔見知りがやってきて、当たり障りのない話が続いた。
ほどなくして、アメリカングラフィティーの上映が始まり、そのままエンディングまで夜更かし。
4/28【母の顔】
トトが外で遊んでいるのを見て思う。
子供が幼稚園へ行っている数時間というのは、きっとこんな気分なのだろう。
今日も無事に帰ってきたトトとの再会のとき、これまで知らなかった感情に気がついて、自然と母の顔が浮かんだ。
4/29【トカゲとトト】
勢いのいい鈴の音が部屋へ駆け込んでくる。
ずいぶん早いお帰りだと思ってトトを見ると、口から何かをぶら下げていて、次の瞬間、青ざめてしまった。
トカゲがトトの口の中で暴れている。口からトカゲを落ちた瞬間にトトを捕まえて、トカゲを解放。
数十分後もまたそれを、繰り返す。
その昔、髪の毛を染めて帰宅した自分のことを思い出した。
4/30【はしご酒】
夜道を歩きながら、僕は僕のそんなところが嫌いだと思った。
今夜の酒のように、続く言葉も飲み込んでしまえばよかったのにと、後になってから思う。
出かけしなには肌寒いと感じた夜風も、久しぶりのはしご酒のあとでは、丁度いい。