差別が持つ本質的な恐ろしさー浦和レッズ差別横断幕事件(後編)ー
前編では浦和レッズ差別横断幕事件の概要及び、浦和レッズサポーターの差別、偏見をサッカー愛、球団愛の名の下に擁護的な立場を採る見解への批判的考察を記事にしました。(※1)中編では、李選手が差別横断幕にどのように向かい合ったのか、また私たちの中にある在日朝鮮人への差別、偏見の問題について考察して参りました。(※2)後編では当該差別横断幕の本質的問題、及び李選手に対する私の見解について述べて参ります。
差別、偏見を放任することの行き着く先
私の知り合いの在日朝鮮人を父に持つ人は関東大震災時における朝鮮人虐殺について、自分は日本人だから関係がないと思っていたけど、それは違うと私が師事した教授から言われたことがショックだったと語った。教授は差別と偏見を持った人物はその属性があったこと、関係がしていること自体を認めないから帰化をするとかしないとかを問わない、それにそうした人物は差別、偏見を行うことに異を唱える人物も自分たちの敵であり差別、偏見を持つ集団の手先であるとして攻撃をするとも語っていた。その上で、在特会の桜井誠らの言動はまさにそれらを体現していると指摘した。
以上を考えると、差別、偏見を放任する行き着く先は中世ヨーロッパで行われた魔女狩りの世界なのではないだろうか。自分たちの敵とみなす人たちを攻撃しているうちに、客観的にその問題を認識できなくなって疑心暗鬼となることで、まったく関係がない人物にも攻撃するような殺伐とした社会になるかもしれないということである。結果、差別をする者も結局は己の行いによって己を滅ぼすことになろう。そうした惨憺たる結果に至るまでにどれだけの犠牲、被害が起こるのだろうか、そんなことを考えると、私は恐ろしさを感じずにはいられなくなった。
冒頭のイラストに掲げた「人間の尊厳は不可侵である」という言葉はドイツ基本法第1条に規定された条文である。ナチス・ドイツによって差別と偏見が煽られ、一人ひとりの人間の尊厳が侵害される社会を許したことで客観的にドイツ自身がどんな状況に置かれているのかを認識できず、身を滅ぼした戦後ドイツの教訓がこの条文に示されている。大日本帝国の末路を経験した私たち日本人もドイツのこうした姿勢から学ぶべきことがあるのではないか。
李忠成選手に関する考察
朝鮮系日本人への振り仮名についての考察
本文では、サッカーの李忠成選手の振り仮名を日本式の(り・ただなり)と(イ・チュウソン)の両方を併記の形とし、李選手のご尊父李鉄泰さんの振り仮名を韓国式の(イ・チョルテ)としました。李選手の国籍が日本国籍なのに対し、李鉄泰さんの国籍が韓国籍であることに即したことを踏まえて振ったものです。なお、元サッカー選手で朝鮮籍の安英学(アン・ヨンハ)さんは韓国式のチュンソンと呼んでいるとのことです。(※3)
私は、当初は安さんが李選手を韓国式のチュンソンと呼んでいる発想は、朝鮮学校にアイデンティティを持つ在日朝鮮人からの主張からなのではないかと考えていました。しかし、この当初の考えは日本人である私の立場からの主張であり視野が狭く一面的であると考えるようになりました。また、李選手がどちらの呼称が自身の感覚に近いと感じているのかもわかりません。今ではどちらの呼称も妥当なのではないかとも思うようになりました。(※2)そのため、李選手の振り仮名は飽くまでも仮のものでしかないとお考えいただければと思います。
李忠成選手に思うこと
李選手は、日本国籍を選択する際、通名で使っていた大山ではなく、李という名前を選択しているほか、日本の中学校に進学した際にも在日朝鮮人だからといじめられるかもしれないと思いながらも李という名前を使ったそうです。(※6)李選手は、自身のルーツをきちんと見つめ、それを自身のものとしつつも、日本社会を否定することなく、日本社会の在日朝鮮人に対する差別、偏見、在日朝鮮人社会に対する反発と葛藤しながらも前向きに歩もうと努力しています。
李選手の前向きな姿勢に対し、私たちの側は浦和レッズサポーターの"Japanese Only”の差別横断幕に真摯に向き合ってきたでしょうか。繰り返しですが、この問題は浦和レッズサポーターのみならず、私たち日本人一人ひとりが問われているということを忘れてはならないでしょう。
今回の記事はこれで終わります。しかし今後も、在日朝鮮人に関する日本社会と私たち日本人の問題について機会を作って記事にできればと思います。
私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。
脚注
(※1)
差別が持つ本質的な恐ろしさー浦和レッズ差別横断幕事件(前編)ー|宴は終わったが (note.com)
(※2)
差別が持つ本質的な恐ろしさー浦和レッズ差別横断幕事件(中編)ー|宴は終わったが (note.com)
(※3) 木村元彦「橋を架ける者たちー在日サッカー選手の群像」集英社 P268
(※4) 公式ブログにはLEE TADANARI Chunson Official Blogと日本式、韓国式両方の呼称で記されている。
李忠成 OFFICIAL BLOG Powered by Ameba (ameblo.jp)
(※5)
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