「こども・子育て政策の強化について(試案)」に関する考察-少子化にどう向き合うか⑤-
少子化に対する考察に関する記事です。今回は、今年の3月31日に政府が発表した「こども・子育て政策の強化について」について考察して参ります。
はじめに
1回目、2回目、3回目、4回目は、少子化対策の原因について、① 子育てに対する経済的負担、② 子育てに伴う人的労力を行うだけの十分な時間を確保できない日本型雇用制度、③ ①、②に関連し、故に結婚、出産をリスクとみなすために結婚や出産を避ける傾向にあること、④ 従来の少子化対策が都市住民を中心にしており、地方住民への対応が十分でないことなどについて、識者の説を紹介しながら述べてきた。
現在の子どもに関する位置づけは、前近代の労働力としての役割ではなく、愛情が注がれ一人ひとりの人格が尊重されて健やかに育つことということは児童労働禁止が基本的人権の尊重として守られるべきとしていることからもうかがい知ることができる。(※1)であれば、少子化対策は生れてくる子ども一人ひとりの人格が守られ健やかに成長できるよう、子どもや子どもを育てる両親に対する経済的、社会的支援が求められるという観点から必要な社会保障制度の設計、それに伴う財政支出が必要となってくると考える。本編では以上の観点を踏まえて述べて参りたい。
「こども・子育て政策の強化について(試案)」(概略)
政府が今年の3月31日に発表した「こども・子育て政策の強化について(試案)」(いわゆる「少子化対策試案」)では、以下の点において子育て世帯に対する社会政策をたたき台として主として以下の項目について提言した。
試案に対する考察
今回提示された少子化対策試案は、子育て世帯に対する児童手当、奨学金などの現金給付、施設利用、住居など現物給付の必要性、実際に待機児童などを行う施設、職場における労働環境、労働条件の改善、自営業、フリーランスなど非従業員以外に対する具体的な支援、改善が必要であるということに言及があり、方向性については一定の評価がなされるべきであろう。だが、たたき台ということもあり、全体として総論的な表現に留まっており、具体的な各論についての言及には乏しい。
児童手当の支給についての額に関する言及がないほか、奨学金についても学生の学業及び生活保障という点では本来としては給付型が原則であるべきだが、給付型、貸与型との関係に関する言及がない。住宅についても公営住宅での住環境、利便性の問題への言及がなく、民間の住居活用についてもその住居が現役子育て世代に望ましいものかに関する問題が残されている。
施設職員の配置基準についても、運営費の増額に留まっていることから事業者側の論理を優先する形となっており、現場の職員の負担は軽減がなされていないとの指摘もある。社会福祉法人「東京児童協会」の菊池幹は、東京新聞の収財に対し、配置基準は4~5歳児で20人に1人といった基準でなければ現場の負担軽減にならないと応えているほか、江戸川区では1歳児については5人に1人で運営するように求めて運営費を加算しているという。(※2)
ひとり親家庭については、ひとり親家庭への雇用に積極的な企業への支援強化と抽象的な文言に留まっている。本来最も青少年福祉を受ける必要性が求められる家庭に対する支援に対する金銭面、雇用面の整備を行う姿勢に欠けているために、貧困に陥りやすい傾向が強いひとり親家庭における社会保障の必要性に対する理解を欠いている状況にある。
労働環境整備の改善については、時間、労力などが必要な子育てにおいては、長時間労働といった労働時間そのものを規制する方向性が必要であるが、インターバルなどの労働時間規制に関する言及がない。柔軟な働き方についても、検討の段階に留まっており、企業側に都合のいい形で従業員を使うことを優先する方向性も垣間見えている。育児のみならず、シャドウワークとされる家事全般に対する使用者側の無理解がここから垣間見える。
財源について
具体的な財源については、少子化対策試案では言及がないが、少子化対策試案の中にある加速化プランだけでも予算は国と地方で6兆円必要であるとの与党幹部の見方がある。(※3)総理大臣が議長を務める「こども未来戦略会議」においては、社会保険料に上乗せする案を軸に検討が進んでいる検討されているという。(※4)
ただ、サントリーホールディングス社長の新浪剛史が社会保険料増に懸念を示したほか、(※5)厚生労働大臣の加藤勝信が社会保険料から少子化対策に充てるだけの余地がないとの見解を示すなど、(※6)社会保険料を財源に充てることに否定的な声は小さくない。NHKが5月に行った世論調査においても少子化対策の財源には他の予算を削って充てるとの回答が53%であり、社会保険料の19%、増税の9%を大きく上回っており、新たな負担に対して否定的な傾向である。(※7)
政府は少子化対策の財源確保として公的医療保険、介護保険の保険料を上乗せすることを軸に行うことで調整をしているようだが、これについては本来の医療目的に用いる医療保険制度を流用するために原則に合わず、受益と負担の対応関係があいまいになるとの指摘がある。(※8)税負担については負担そのものを嫌がる世論から、社会保険料負担については事業者側の負担増から、企業側を中心に嫌う傾向が強い。
だが、私たちは少子化に限らず、社会保障においてどれだけの施策を必要とするか、またそのためにどこまでの負担をするのかといった議論を回避してきた。かつての高度成長期の右肩上がりの時代のように、利益をどのように分配するかという時代は終わった現在、負担をどのようにして克服するかということも問われている。安易な負担忌避は結果として本来行わなければならない社会保障が行き渡らなくなることを意味する。その意味で少子化対策は私たちの政治に対する姿勢も問われていると言えるだろう。
おしらせ
次回の投稿は都合により、11月24日(金曜日)17時から20時の間の投稿を予定しております。ご了承ください。
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脚注
(※1) 「児童の権利条約第32条」
「児童の権利に関する条約」全文 (mofa.go.jp)
ILO(国際労働機関) 児童労働に関するILO条約
(※2) 2023年4月1日 東京新聞 朝刊 P1
(※3) (※2)同
(※4) 2023年4月8日 東京新聞 朝刊 P2
(※5) (※5)同
(※6) 2023年5月9日 毎日新聞 P5
(※7)
(※8) 2023年5月18日 日本経済新聞 P4
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