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本を読むこと5-図書館から本が消える危機(後編)-

 図書館の本、文献について子どもを保護するという名の下に保守・右翼団体を中心に禁書、閲覧制限を求める運動の事例、問題について考察する記事です。後編の今回は「はだしのゲン」の図書館での閲覧禁止、公教育からの追放を求める動きに関する記事です。

「はだしのゲン」への閲覧規制の動き

 2012年12月松江市教育委員会は「はだしのゲン」の描写が過激であるとして、市内の小中学校に対して子どもへの閲覧を制限し、貸出をやめるように求めていたことを2013年8月にメディアが報じた。この動きの背景には、松江市に対して子どもに誤った歴史認識を植え付ける本であるとして、学校図書館からの「はだしのゲン」を撤去するよう市議会に陳情した人物との関係が指摘されている。(※1)同人物は在日朝鮮人への差別、偏見を扇動する在特会との関係があるのではないかとの指摘があるほか、(※2)2012年8月には松江市教育委員会に3度に渡り撤去を強く要求したという。(※3)

 松江市教育委員会の決定をメディアが報じると、被爆者団体である日本被団協が「はだしのゲン」閲覧制限の撤回を求める(※4)など、同教委の措置に対する抗議、疑問の声が相次いだ。そのためか同教委は2013年8月26日に「はだしのゲン」の閲覧制限が事務局だけで決めた点で手続きに不備があったとして、閲覧制限を撤回することを決めた。(※5)

 ただし、「はだしのゲン」に対する内容に不満を持つ動きは多い。保守・右翼団体である「新しい歴史教科書をつくる会」が「はだしのゲン」を教育現場から撤去することを求めているほか、(※6)自治体に対しても「はだしのゲン」の撤去を求める動きが相次いだという。(※7)また、当時の文部科学大臣下村博文は「はだしのゲン」を閲覧制限することは表現の自由に当たらないとして、松江市教育委員会の決定を擁護した。(※8)権力者や保守・右翼団体が自身と価値観の合わない、都合が悪い書物を「子どものために」という名の下に規制を試みる動きは日米共通のものであったことがお分かりいただけたかと思う。

図書館が持つ公共・公益性とは何か

 「はだしのゲン」の閲覧について図書館サイドはどのように考えたのだろうか。日本図書館協会「図書館の自由委員会」は、松江市教育委員会委員長・同市教育長あての要望書「中沢啓治著「はだしのゲン」の利用制限について(要望)」で学校図書館において、閲覧制限をしている図書に対して校長ないし教師に生徒が許可を求めることは生徒にとって心理的に負担であるとしている。そのうえで、生徒は学校図書館を自由に書物を手に取り、読むことが抑制された場所と考えることで、学校図書館の自由な利用が歪められるとして、閲覧制限の再考(事実上の撤回)を求めた。(※9)

 日本図書館協会「図書館の自由委員会」は「児童の権利条約」第13条において、子どもは「表現の自由についての権利」、「あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由」を保障されているとしている。同委員会は例外として、法律によって(a) 他の者の権利又は信用の尊重 (b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護を目的として法律で規制する場合があるものの、「はだしのゲン」はこの条件には当てはまらないとの立場を採っている。

 また、図書館の自由委員会は、「子どもの読書活動の推進に関する法律」で「子どもの読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものであることにかんがみ、すべての子どもがあらゆる機会とあらゆる場所において自主的に読書活動を行うことができるよう、積極的にそのための環境の整備が推進されなければならない。」とあることを踏まえ、子どもの自主的な読書活動を尊重する必要性からも「はだしのゲン」の閲覧制限を問題であると指摘した。

 私は以前「本を読むこと4」において、

 本の読み方、本の内容に対する批判的考察の必要性など助言を教育関係者が行うことは必要であろうが、それは禁書、焚書に導くようなやり方であってはならない。飽くまでも生徒の主体的な判断に任せるべきだし、またそうした生徒を育てることこそが教育関係者の責務であるべきだ。(※10)

と述べた。それは一人ひとりの主体的かつ自主性を持った個人の人格が尊重されるべきであるとの理念に基づき、人間の尊厳が尊重されない社会が退廃の道をたどることが避けられないと考えてのことである。

 アメリカの学校図書館からの図書追放の動き、「はだしのゲン」の閲覧制限を求める動き、それぞれが形を変えた禁書への動きである。しかし、彼らが理想とする社会の行き着く先は自己のイデオロギーによって都合よく管理されたファシズム社会ないしジョージ・オーウェルの「1984年」でしかない。これらの動きに徹底して抗することが、私たち一人ひとりの自由、人格が尊重される社会を築くことである。そのためにも図書館の公共性、公益性が書物を自由に選択できる環境を整えることにあることへの共通理解が私たちに必要である。

参考

 今回書いた記事に関連する私の記事は以下の通りです。ご参考までに提示します。

前回記事

本を読むこと5-図書館から本が消える危機(前編)-|宴は終わったが|note

中沢啓治に関する記事

中沢啓治「はだしのゲン」から学ぶ(前編)-私たちは被爆者の立場をどれだけ理解しているか-|宴は終わったが|note

中沢啓治「はだしのゲン」から学ぶ(後編)-中沢啓治の教育論-|宴は終わったが|note

中沢啓治「オキナワ」について|宴は終わったが|note

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(※1)

はだしのゲン閲覧を制限 松江の小中学校 市教委が要請 「描写が過激」 | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター (hiroshimapeacemedia.jp)

(※2)

『はだしのゲン』閉架問題 – 教育資料庫 (starfree.jp)

(※3)

はだしのゲン閲覧を制限 松江の小中学校 市教委が要請 「描写が過激」 | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター (hiroshimapeacemedia.jp)

(※4)

「ゲン」閲覧制限の撤回要請 日本被団協 | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター (hiroshimapeacemedia.jp)

(※5)

ゲン閲覧制限要請を撤回 松江市教委 手続きに不備 | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター (hiroshimapeacemedia.jp)

(※6)

「はだしのゲン」問題|新しい歴史教科書をつくる会 (tsukurukai.com)

(※7)

「はだしのゲン」東京など13自治体に撤去要請 | ハフポスト NEWS (huffingtonpost.jp)

(※8)

文科相は閲覧制限を容認 松江市教委のはだしのゲン閲覧制限 | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター (hiroshimapeacemedia.jp)

(※9)

hadashinogen appeal (jla.or.jp)

(※10)

本を読むこと4-「悪書」について考える|宴は終わったが|note





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