学も額もないなら何ができるか? (2021/某日#01)
派遣として入った仕事は時給計算。通勤の便が良く、基本的に残業もない現場だった。不安がないと言えばウソになる。だがゆくゆくは正社員に、という話を貰うことが出来たのでまずはそれを目指せば良いと思った。この時期は閑散期で、仕事をゆっくり覚えられるというのも有難い話だった。
これが今の現場である。
とにかく人が違う。同じ言語を使っているのが不思議なくらいだ。
仕事に意欲的。責任を持っている。だが無理をすることはなく、トラブルやイレギュラーには連絡と相談のうえ処置を決める。もちろん仕事を溜め込みがちな人や、報告書が上手く書けない人など必ずしも全員が全員、完璧な人間とはているわけではないが(この一年足らずの新人が言うにはド失礼だが)、互いが互いの得手不得手を把握しているように見えた。
私は私で、現場の良さに驚いていた。
コーヒー飲んでいいの? いいの!?(再確認)
お茶パックもある! 電子レンジ? 使っていいの? ほんとに?(再確認)
消毒用のアルコールをデスクに一つ置いてくれてる……。
お仕事丁寧に教えてくれる……嬉しい……(残念! マニュアルはないので自分で作ってね!! → 余裕。むしろ新人である私の仕事だ)
20代のうちに入りたかった……。この現場……。
プライベートで関わる人に会うたびに「新しい現場がすごい」と言っていたのだが、「それは普通よ」と言われてしまった。
うっそやん。もう30代半ばですけど? 普通の現場に居たことがなかったってこと??
あの時と今とでは見えている世界が違うので、なんとも言えないものの。今の価値観や仕事の仕方を覚えた状態のままで20代に戻ってこの現場に入りたい。
この気持ち、どうか伝わってほしい。私は出来るだけこの現場に貢献したかった。
同時に引け目も感じた。
相手の事を知らない。同時に相手も私を知らない。私は何も言っていない。自己破産や生活保護のこと、前職のことを言っていない。言う必要はない。
一度転落したらおよそ九割は陥るであろう思考に、私も陥っていた。
この人たちと、私は違う。
この人たちはきっと、大きな失敗もなくここに来ている。いい服を着て、好きなものを食べて、将来を見据えて勉強も出来るし、実際にそうしたスケジュールを組んでいる人が居る。
少ない服を着まわしている人はいない。センスのいい衣服。仕事のために効率的な道具。好きなものをデスクに飾るなどしている人もいる。
自分に必要な出資をしているのだ。それが仕事の成果に繋がっている。正しいお金の使い方だ。
私はここにいていいのか? 場違いじゃないか?
こちとら一人暮らしで酒もたばこもしないのに貯蓄がない。賢いわけでもない。一週間のうちに同じ服を着ることもある。身ぎれいな方ではない。メイクだって習った方がいいと思っているくらいには基礎知識もない。
貧乏人。
「現場はどうですか? こまえさん」
担当営業から電話だった。
この現場を継続するかどうかを、現場の担当者だけでなく私自身の意見も聞いて継続かどうかを判断する。もちろん私がやりたいと思っていても現場側が「無理」と言えばサヨウナラだろう。
「は、はい」
なんとなくうわの空のような返答をしていたが、担当営業は気にしなかったようだ。
「よかったです! 現場の方からは、特に困りごともないなら続けてほしいって言ってもらえてます。何かお悩みなどあればなんでも相談してください。メールでもいいですし、当社の窓口を使って頂いても構いません」
続けていいのか?
この現場を?
私はこの時、気づいたことがある。
人を外見だけ、表面的なところだけで判断しているのは私の方だ。
私は私自身をも決めつけてしまおうとしていた。人の顔と名前を覚えるために、最初にやることは見た目の特徴、もしくは言動の特徴と名前をつなげることだ。私は自分自身にまでそれをしようとしていた。
私は私を貧乏人で終わらせようとしていた。
現場の担当者が私をどのように評価しているのかは知らない。私を外してしまえばまた新しい人を招くために膨大な量の個人情報と面接(面談)をしなければならない。それを思えば可もなく不可もない人間をとりあえず置いておくというのは一つの判断だ。
どうしても無理だと思われたなら切られるだろう。私は派遣だ。
そうではなかったのだ。少なくとも、教育係から匙を投げられるほどの低評価ではなかったし、現場担当者からもチェンジの選択カードを切られることはなかったということだ。
仕事に対して不安はある。
それは分からない部分や見えていない部分が多いからだ。同じフロアにいる人たちも覚えきれていない。いまの私の不安は「知らない」「分からない」から来ている。
ならば、それを解消すればいいのでは。
「分かりました。ありがとうございます」
そういう悩みを窓口や担当営業に打ち明けるには、私は何のアクションもしていない。
危ないところだった。努力することを忘れていた。学もないし額もないなら、あとは努力と継続くらいしか私に出来ることはない。
年が明ける一ヶ月ほど前のことだった。
カバー写真:unsplash.com
撮影者:Kacper Szczechla