給料日になってもお金が入らないんです (2021/某日#1)
二〇二一年九月末、私は退職した。自己破産処理中、生活保護受給中の私を拾ってくださった会社を辞めた。
気持ち的には骨を埋める気でいたのだが、続けることは出来なかった。私が入社した時点で、この会社は事実上の倒産をしていた。
入社後初の給与は、給料日に支払われなかった。
一応、その月のうちに給与の振り込みはあったが、自己破産の際にお世話になった弁護士からとても心配された。
「そこ大丈夫ですか?」
自己破産をしたとき、持っている通帳とカードを弁護士に預けることになる。カードとはクレジットカードのことである。当然だ。これらのカードは戻ってこない。債務者として返金することが出来ないし、もう借りることはできない。ローンも、リボ払いもできない。
いわゆるブラックリスト入りしたのである。今なお、私の名前はきっとそのリストに載っている。
通帳は弁護士によって一定期間管理される。給料日も伝えており、きちんと働いているのかとか給料が入っているのかとかを見てくれる。監視である、といえばその通りだ。
私にはその気こそなかったが、通帳の監視でもしないとウソをつく人はこの状況にあってもウソをつくのだろうし、逃げる人は逃げるのかもしれない。
気温が上がってきて、日差しの下にいるより日陰にいる方が心地よい時期だったと思う。
確か給料日の翌日だった。給料日という認識はあったものの、通帳がないなら記帳することもない。お金を下ろすにしても「買い物の前でいいかな?」なんてのん気なことを考えていた。
業務中。スマートフォンが鳴っていることに気づき、見ると弁護士の名前。断りを入れて仕事を抜けてすぐに出た。
弁護士は当惑した声をしてこう言った。
「こまえさん、すみません。とても失礼なことを言ってしまうのですが」「え? はい、なんでしょうか」
悪口を言われるようなことしてないよな? なにかしたかしら。
まったくのん気していたものだ。弁護士は少し慌てたように言葉を続けた。
「いま、働いてらっしゃいますよね?」
言葉の意味が分からなかった。
同時に、確かにいま働いていることを証明することは難しいなと思った。チームのリーダーにでも出てもらえばいいだろうか? 仕事現場に私が破産者であることが広まってしまうかもしれないが……。私自身は気にしなくても、そういう人が現場にいる、同じ仕事をして給与を貰っていると思うと嫌な気持ちを感じる人はいるものだ。
だがほかにどう証明すればいいのだろうか。保険証もまだ出ていなかった。
「いえ、いえ」
弁護士は私が困惑していることを察したようで、電話の向こうで首か手を振って見せたかのような言いぶりをした。
「疑うようなことを言ってしまってすみません。〇〇という会社にお勤めで、給料日は〇日ということでご報告していただいています。お間違いはないですよね?」
これについては生活保護の方にもそう報告している。弁護士にも行政にもウソをついてしまっては、助かる者も助からないだろう。弁護士についても法テラスに助けてもらっている。ここまでしてもらって不誠実なことは出来ないではないか。
だが、いま私は何らかの疑いをかけられていることを知った。私が弁護士になにかあったのかと訊くと、弁護士は悩ましそうな声をした。
「私がお預かりした通帳、この口座にお給料が振り込まれるのですよね」「はい、そうです」
「こまえさんがご報告くださった給料日は昨日です。昨日、記帳しに行ったのですが記録がつかなかったのです」
残高がない、という連絡ではない。記録がつかなかった。
これはつまり、弁護士が確認するより前に私が全額引き落としたわけでもないということだ。振り込みの記録も、引き出しの記録もつかなかった。
口座に一円の動きもなかった。
給料日は昨日なのに。だから弁護士は私の就業状況を確認するために電話をしたのだ。
私は自分を賢いと思ったことはないが、それでも弁護士の言葉を聞いてここに至るのに秒もかからなかった。
だが、至ったところで言葉もなかったし、どうしたらいいのかも分からなかった。弁護士はさらにもう一押しした。
「今日も午前中に記帳しに行ったんですが、変わりなくて……」
給料日は、月の下旬だった。だからこの日に振り込まれなかったとなると、もう程なくすれば月を跨いでしまうことになる。
収入は生活保護にも証拠を添えて報告しなければならない。このままではこの給料というお金が貰えるかどうかもそうだが、生活保護にも疑われることになる。
私が何も言えないことに気づいた弁護士は声を掛けてくれた。
「とにかく、会社に連絡をしてください。振り込まれたら記帳します」
こういう状況にあってはそれしかないし、取る行動としては当たり前のことだったが、それすら頭に無かった。
給料って給料日に入るものだと思っていたのに。その常識が覆ってしまった瞬間だった。
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