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不運な人に遭遇するひと

僕はよく、不運な人に遭遇する。

学校へ行くために家を出て通学路を歩いていると、僕と同じ学校の制服を着た女の人が前を歩いている。
その僕たちの上をカラスが飛んでいる。

なんとなくわかる。
カラスのフンが、彼女の肩に落ちるんだろう、と。
そんな事が頭に浮かんだ矢先、

「ビチャッ」

案の定、カラスのフンが彼女の肩にクリーンヒットした。こういう時、大抵はスルーして通り過ぎるか、優しい人であればハンカチを差し出し大丈夫ですかと声をかけるか。 僕は、声をかける勇気もないしハンカチも持っていない。にしてもガン無視して横を通り過ぎて「薄情なヤツめ」と後ろ指を刺されるのも少し後ろめたい。だから僕は


30秒程時間を巻き戻した。


30秒前に戻った世界で僕は、前を歩く彼女にわざとぶつかった。そして「すいません、大丈夫ですか。いそいでいたもので、、」とボソボソ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で伝え謝罪した。そのとき、

「ビシャッ」

ちょうど彼女の足元のコンクリートにカラスのフンが落ちた。


時間が戻せるようになったのは一年前。
高校生に上がったぐらいのときだった。きっかけは分からない。最初、どうやってやったかも覚えていない。それでも「時間を巻き戻せる」という能力の目覚めに正直めちゃくちゃテンションが上がった。何故なら、漫画みたいだったから。あとは軽い未来予知みたいなのもできる。多分、こうだろうな、と思ったことは大体そうなる。しかしこれは能力とは違って当たる確率は8割5分といったところだ。テストのヤマが毎回当たるわけではないし、思った通りにいかないことだってもちろんある。これに関しては誰だってこんな感じだろうと僕は勝手に思っている。


だがしかし、時間を巻き戻せるのは30秒だけ。
能力に目覚めてから今朝のような人助けもどきみたいなのを数回してみた。今朝の彼女も2.3回あんな感じでたすけたことがある。僕はよく不運な人に遭遇する。別に助けてなんて頼まれたことは1度も無いけれど、なんの才にも恵まれなかった僕に宿った微妙な能力。これは完全に自己満だけど、誰かに迷惑をかけている訳じゃないし、なんなら助けている。いつの日かふと消えるかもしれないこの微妙な能力をもう少し使ってみたい。たまには自分の為にも。

そんな微妙な能力を持っている僕はめちゃくちゃ遅刻魔である。原因は主に寝坊。30秒の寝坊なんてものは存在しないので、一時間、せめて30分は巻き戻せたかった。この世界でこんなないものねだりをしている奴は僕だけだろう。いやもしかしたら他にも時間を操れる奴が居るのかもしれない。きっとそうだ。漫画の主人公は何故か自分だけが特別だと毎回のように思い込んでは、同じ様に能力を持った奴と出会って仲間になったり殺しあったりしているじゃないか。
僕が出会う奴は、どっちだろう。仲間になってくれるか、それとも殺されるのか。
いや、時間を操る系で殺し合うも何も、、
また僕の妄想癖が出てしまった。そもそもこれは漫画でもアニメでもない、現実だ。変な妄想はここら辺で辞めとこう。丁度学校に着いた。

授業を終え、帰路に着く。万年帰宅部なので帰りのホームルームが終わるとそそくさ教室を出る。今日は何故か急いで帰路に向かっている。別に用事がある訳でもないし、楽しみにしている趣味がある訳でもない。とにかくその日は早く学校から出たかった。こんなのは珍しい、普段は友達と数分駄弁ってから帰っているはずなのに。

校門を出て10分程歩いた。少し息が上がっている。ふと前を見ると今朝の彼女がまた僕の数メートル先を歩いている。横には大きな水溜まり。道路の前からはワゴン車がこちらに向かってくるのが小さく見えた。

なんとなくわかる。
あのワゴン車はスピードを落とさずに彼女の横を走り抜け、彼女はビショビショになるだろう、と。

「バシャンッ!」

案の定、彼女の制服はビショビショになった。こんなとき優しい人ならハンカチを、、(以下略)
前述の通り僕はハンカチを持っていないので時間を巻き戻した。

30秒前に戻った僕はワゴン車と彼女が重なるタイミングで彼女とワゴン車に挟まるように小走りした。

「バシャンッ」

ちょうどワゴン車と彼女の間に挟まれた僕はビショビショになった。ワゴン車は何事もなかったかのように走り去って行った。

「大丈夫ですか!?」

彼女から初めて声をかけられた。

「あれ、今朝の、、」
「あ、いや、はは、、」

僕から声をかけたのは今朝の謝罪が初めてだった。

「ほんとに大丈夫ですか?よかったらこれ、、」

下を向いている僕の視界にハンカチが差し出されていた。今朝、使わずに済んだハンカチ。僕はそろりと手を伸ばしハンカチを受け取った。

「ほんと、災難でしたね、、にしても人が近くを歩いてるのにスピード落とさないなんて、、」
「はは、ですね、、」

濡れた制服を拭きながら、少し話した。
あまりハンカチを濡らさないように。

「ハンカチ洗ってお返しします。同じ学校ですよね?」
「あ!制服同じですもんね!私2年の、、」
「あ、大丈夫です!ほんとにありがとう!また!」

僕は急いでいた。急いで彼女の元から去った。
彼女に背を向け全力疾走した。これ以上は口から心臓が飛び出そうだった。数十メートル走っただろうか。




呼吸がくるしい、息が吸えない、酸素、、
朦朧とする意識の中で手に握っていたハンカチの匂いを、思い切り吸い込んだ。

「ああ、あの子の匂いだ、、」

僕は夢中になって嗅いだ。あの子の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。さっきまであの子と話をしていたなんて信じられない。しかもこれはあの子のハンカチ。僕はもう死んでもいいと思った。


そのとき、十字路から飛び出してきたトラックに轢かれた。まるで漫画やアニメみたいだった。




私はよく不運な目に合う。
カラスのフンが降ってきたり、車に水溜まりを思いっきり掛けられたり、お気に入りのハンカチをなくしたり。でもこんな小さなことで文句は言わない。
私は言えない。世の中にはもっと不運なひとがいるのだから。

おわり

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