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大人の絵本~Part3

『秘密の時間』     uta

ある日、静かなブックカフェでふたりは出会った。
彼は結婚していた。彼女もそうだった。
それでも、同じ本に手を伸ばし、
指がふれた瞬間、すべてが変わった。

最初は他愛ない会話だった。
好きな本、好きな映画、好きな音楽。
気がつけば、心の奥深くに隠していた寂しさを
互いに話すようになった。

「こんな気持ち、久しぶり。」
その言葉が、扉を開けた。

会うたびに、世界はふたりだけのものになった。
夜の公園、海の見えるホテル、
小さなレストランの片隅。
誰にも知られたくない、
けれど、誰かに知ってほしい。

ふたりの時間は甘く、苦しく、
そして、とても儚かった。

「これが愛なら、なぜ罪なの?」
彼女は問い、彼は答えられなかった。

家に帰れば、家族がいる。
笑顔を向けるたび、心が痛む。
愛していないわけじゃない。
でも、愛し方を忘れてしまっただけ——
そう思いたかった。

「いつか、終わるよね。」
「うん……わかってる。」

けれど、最後の瞬間を
ふたりは決められなかった。

ある朝、彼はいつものカフェへ行った。
けれど、彼女はいなかった。

携帯を開いても、メッセージはない。
わかっていた。
これは約束されていた終わりだった。

時が経ち、季節が巡る。
ふたりの物語は、誰の記憶にも残らない。
けれど、心の奥底には、
今もあの秘密の時間が息づいている。

それは、罪だったのか。
それとも、愛だったのか。

答えは、誰にもわからない——。

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詩-uta
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