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【すっぽんノベル】 「純喫茶チルドレン」 第1話

「純喫茶チルドレン」第1話

writen:勝山修平

 子供にしか入店することが許されない喫茶店があるという噂を聞いて、成人式に行きそびれて、就活に失敗し、彼女が出来たこともなく、風俗に行く度胸も金銭的余裕も無い吉義男(ヨシヨシオ)は、来月38歳になる自分だが、精神年齢も、社会的にも貞操的にも子供のままと言い切っても過言では無いと心から思っているので、子供にしか入店することが許されない喫茶店を探し、入ってみようと思った。
 季節は春。少し肌寒いが歩き出すと問題はなく、でも手は少し冷えてしまうからポケットの中、なので大体カップルは手をポケットの中で繋ぎながら散歩している。

「いや、あれは散歩じゃないな。デートだ…」

 義男はけっこう大きな声でそう独り言を世界に言い放ち、小石を蹴りながら堤防を歩いていた。小石は自宅から歩いて10分程度のコンビニを出た時から蹴り続けている。

 小石を見失うことなく家に着けたら今日は良いことがある。

 そういう厳し目のルールを自己に課し、集中しないといけないのにカップルにだけは、いや、女性にだけはつい目が行ってしまう。そして目が合うと、そっぽを向いてしまう。
 目が合った瞬間、女性が自分に一目惚れする確率はゼロじゃ無いと心から思っているけれど、惚れられたとして自分に何ができるというのか。やたら滑りの良い滑り台のある公園を紹介することしかできないではないか。

「虚しいな…」

 義男はけっこう大きな声でそう独り言を世界に言い放ち、小石を堤防から自宅へと続く道に繋がる階段の下へと蹴り落とした。

 子供にしか入店することが許されない喫茶店がある場所は誰も知らないが、条件を満たせば世界のどこからでも行くことができるらしい。
 行く方法は地域によって様々で、チチカカの服を着たおばあちゃんに2000円札を渡して地図をもらう、単三電池を貸してくれませんかと言ってくるドレットヘアーのサラリーマンがお礼に連れて行ってくれる、携帯電話が壊れてしまったと騒いでいる「弾丸」と大きく書かれた皮ジャンを着ている痩せこけたチャラ男にテレホンカードを渡すと自分の携帯電話に折り返しの電話が来て行き方を教えてくれる、晴れの日も赤い傘を持ち歩いているショートボブの女性に象さんのジョウロで水をかけるとコインランドリーへと導かれ、洗濯機の中が子供にしか入店することが許されない喫茶店に繋がっている、等々。
 義男はだからいつも2000円札と単三電池とテレホンカードとたっぷりと水の入った象さんのジョウロを持ち歩いているが、残念ながらチチカカの服を着たおばあちゃんにも、ドレットヘアーのサラリーマンにも、「弾丸」と大きく書かれた皮ジャンを着ている痩せこけたチャラ男にもまだ出会えていない。
 赤い傘を持ち歩いているショートボブの女性には何度も見かけたけれど、はじめて赤い傘を持ち歩いているショートボブの女性を見かけるや否や象さんのジョウロで水をかけたら警察沙汰になってしまい、それからというもの見かけたとて行動に移せなくなってしまっていた。
 その度に、この意気地なし! もしかしたらコインランドリーへと連れて行ってくれる女性だったかも知れないのに! 違ったとしてもそれがきっかけで付き合うことになっていたかも知れないのに! と、自分を責めてしまう。
 ネガティブにアクティブな感情の行き所は小石へと集中し、義男は自宅まで蹴り続けるというルールなど知るものかと大きく右足を振りかぶり、力任せに小石を蹴った。
 小石は義男が思っていた方向へとは飛ばず、何故か斜め右後ろへと飛び、低木の街路樹の中へと消え、同時に「痛っ」という女性の声。
 やってしまった。赤い傘を持ち歩いているショートボブの女性に水を掛け警察に補導された記憶が蘇る。心は子供のままなのに、年齢は大人だからと高額の示談金を支払うまでに発展した出来事を思い出し、義男の体温は一気に退(しぞ)き、息ができなくなってしまう。
 逃げたいのに逃げられない。義男の体はトラウマで硬直してしまっていた。逃げられないのであれば謝るしか無い。土下座だ。そうだ、土下座にしよう。そうすれば怒った顔も見ずに済むし、何より暴力を働かれたとしても背中が致命傷を防いでくれる。
 振り向きと土下座を同時に行いつつ、「ごゔぇんなざいッ」と謝罪の言葉を放つ義男。目をきつく閉じているのに涙がこぼれているのがわかる。どこかの信号が変わったのか、横断歩道の歩行者誘導音が聞こえて来る。やがて鳴り止み、また鳴り出す。義男が土下座をしてから1分以上が経過していた。
 こんなにも必死こいて土下座をしているのに何の返事も無いのはどういうことだ、顔を上げるついでにスカートだったらパンツと内太ももをガン見してやる、と固く心に誓い、ゆっくり顔を上げつつ目を開けると、そこには足はなく、つまりは、人など居なかった。
 そして、歩き去る音も聞こえなかった。そこには最初から、誰も居なかったのだ。
 ただそこには、街路樹の影に隠れた、弱々しく咲く一輪の赤い花のみがあった。
 義男は急に寂しくなり、同時に、「痛っ」と声を上げたのはこの赤い花に違い無いと確信する。
 生まれてはじめて純粋な申し訳なさを感じ、道に転がってしまっていた象さんのジョウロを拾い、赤い花に水をやる義男。
 余談だが、義男は花に水をやるのも生まれてはじめてだった。
 「ごめんな、ごめんな」と繰り返し声をかけ、義男は水もかけ続けた。明らかにかけすぎだったが、義男は花に水をやるのも生まれてはじめてだったので仕方が無い。
 ジョウロの水が花のまわりに積もっていた枯葉と土を流すと、古いカードが顔を出した。

世界線の選択

① カードには、子供にしか入店することが許されない喫茶店への地図が記してあった。

② カードは美しい女性の免許証だった。

③ カードは暗証番号がメモしてあるクレジットカードだった。

番組内ではリスナーさんの投票で「②」の世界線が選ばれました。第2話は「②」の世界線で物語が続きます。

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立花裕介
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