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【すっぽんノベル】 「純喫茶チルドレン」 第3話 〜めくるめく義男の葛藤とその答え〜

第3話 〜めくるめく義男の葛藤とその答え〜

writen by 立花裕介

 封筒には、帯のついた札束が入っていた。

「ひゃくまんえん!」

 義男は思わず、けっこう大きな声で叫んだ。このお金はなんだ、もしかして、いなくなった母が置いていってくれたものなのか。だとしたら、なぜあの時直接渡さずこんなところに隠したのだ。他にも手紙などの手がかりが入っているのではと、封筒の中を確認するも入っているのは札束のみ。謎の札束を前に、義男はなすすべなく呆然とするしかなかった。
 1時間が経ち、2時間が経つ。やがて日も沈みかけた頃、義男は立ち上がった。

「ふ、ふふ、風俗に行こう!」

 けっこう大きな声で叫んだ。ようやく決心がついたのだ。あれからずっと考えていた。風俗に行くのか、行かないのかを。百万円という最強の後ろ盾を得た今、金銭的問題は余裕でクリアしている。後は自分の気持ち次第だった。

 義男にだってプライドがある。子供のままであるということだ。38年間守り通してきた貞操を、ここで捨てて良いのか。後2年待てば「魔法使い」になれる。魔法さえ使えれば人生は思いのまま。そこからの人生は薔薇色だ。その絶対的な権利をここで無くしてしまって良いのか。何より童貞を捨て、子供でなくなってしまったら、子供にしか入店することが許されない喫茶店に入ることが出来なくなってしまう。あんなにも日々願ってきたじゃないか。2000円札と、単三電池と、テレホンカードと、たっぷりと水の入った象さんのジョウロを持ち歩いて、毎日過ごしてきたじゃないか。それを無駄にするのか。自分の志はそんなものだったのか。

 義男は今までの人生で一番に迷った。葛藤に次ぐ葛藤。選択に次ぐ選択。そして、一つの答えにたどり着いたのだ。

 素人童貞は捨ててない。

 そう、風俗は所詮お仕事、身体と身体だけの関係なのだ。本当の意味での貞操を捨てるわけではない。心は守り通せるのだ。それなら自分の純粋性、子供らしさは何も変わらない。2年待てば魔法使いにだってなれるし、素人童貞を捨てるのはそれからでも遅くはない。何より、魔法を使ってその時が来たとして、女性の事を何も知らないなんて、お相手に申し訳が立たない。そうだ。僕は純粋なままなんだ。純粋だからこそ風俗に行くんだ。風俗は純粋なんだ!

 歪んだ理屈とこじれた自意識、そして何より金銭的余裕は、義男に正義と勇気をもたらした。
 そうと決まれば。お店選びだ。今までありとあらゆるお店をリサーチしてきた。エステ、出会い系、人妻、教師、痴漢、夜這い、電車、SM、M性感、etc...。各お店のお目当てだってチェック済みだ。義男は掌に収まる小さな画面で、ブックマークしている大量のページを、入念に見定め、遂に一人の女性にたどり着いた。

 「人妻ファッションヘルス・絆ドッキュンのアイコさん」

 彼女が経験豊富なことは、ホームページの日記を見れば一目瞭然。経験不足の義男でも、見事にナビゲートしてくれるだろう。義男は傲慢な男ではない。知ったかぶりをする事がロクな結果を生み出さない事は分かっている。AVなんて嘘なのだ。あんなものはファンタジーだ。やるからにはキチンと一から学び、正しいテクニックを手に入れるつもりだ。

 お店もお相手も決まった義男は、お風呂に入り、歯磨きをし、持っている中でも一番お洒落なTシャツを選び、札束の入った封筒を無造作にポケットに押し込み、きちんとマスクをして、家から飛び出した。

 「世界はなんて魅力的なんだろう!」

 つい、けっこう大きな声で叫んでしまった。いつもの町並みが鮮やかに見える。足取り軽くコンビニを素通りし、やたら滑りの良い滑り台を経由し、いつもは寄り付かない繁華街を緊張しながら歩き、とうとう人妻ファッションヘルス・絆ドッキュンの前までやってきたその時だった…。

世界線の選択

① 「あ〜〜!!なんで繋がらないんだよ!」大きな叫び声に思わず目をやると、そこには「弾丸」と大きく書かれた皮ジャンを着ている痩せこけたチャラ男が立っていた。

② 義男は目を丸くした。黒髪ロングのストレートに、少し垂れた奥二重の目。あの時と変わらない母の姿をした女性がお店に入っていく。胸には赤い花のアクセサリーをつけているのが見えた。

③ お店の前には「緊急事態宣言のため、しばらく休業させていただきます」とだけ書かれた張り紙が貼られていた。

番組内ではリスナーさんの投票で「①」の世界線が選ばれました。第3話は「①」の世界線で物語が続きます。

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立花裕介
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