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【すっぽんノベル】 「純喫茶チルドレン」 第6話 〜小さなドアノブに思いを乗せて〜

第6話 〜小さなドアノブに思いを乗せて〜

written by 立花裕介

 その扉は開かなかった。それもそのはず、扉には閉店を知らせる張り紙があり、よく見ると、20年も前の日付だった。

 どういう事だ。20年も前の張り紙がまだ貼られている。そんな事があるのだろうか。普通ならとっくに剥がれて無くなっているんじゃないだろうか。それに、この純喫茶は20年の間取り壊されることもなく、そのままだったというのか。なによりオレンジ色の裸電球。中の電気はついているのだ。
 中に人がいる。ここがもし「子供にしか入店することが許されない喫茶店」じゃなかったとしても、何か手がかりがあるはずだ。今はもう純喫茶チルドレンじゃなかったとしても、純喫茶チルドレン2号店を出店しているかもしれない。マスターはもう老体だからカウンターに立てなくて、美人でセクシーで、どんなことも曖昧に許してくれて、かといって深入りもしてこない。なのに、ここぞという時は思いっきり甘えてくる。そんな、すこし年をとってからできた娘さんに2号店を任せているのかもしれない。喫茶店は閉店したものの、住居として使われ続けているのだろう。オレンジの裸電球が何よりの証拠だ。そうであれば、いきなりドアノブに手をかけるなんて、マスター、いや、元マスターになんて失礼なことをしてしまったんだ。義男なら、自分の家のドアノブがガチャガチャいった時点で電灯を消し、テレビを消し、エアコンを消し、急いで押入れの中で布団にくるまっているだろう。急な来客なんてろくなもんじゃない。大抵、ネットの勧誘か、宗教の勧誘か、借金取りだ。元マスターは恐怖におののいているかもしれない。

(わかるよ、元マスター・・・)

 義男は、建物の中で小さくなっているであろう先代のことを思い、不憫で不憫で仕方なかった。思わず「先代!大丈夫だよ!出ておいで!怖くないから!」と叫びそうになったが、それも逆効果かもしれないと踏みとどまった。
 それなのにだ。兄はさっきから、ずいぶん勢いよくドアノブをガチャガチャしている。ガチャガチャガチャガチャ。一つも遠慮と言うものがない。兄も人が住んでいる事には気づいているのだ。

(わかるよ、兄ちゃん・・・。)

 僕らは所詮、現代社会に馴染めない爪弾き者。純喫茶チルドレンじゃなければ、僕らみたいな人間を救うことはできない。
 兄はどんなに壮絶な人生を送ってきたのだろう。そうじゃなければ「弾丸」と大きく書かれた皮ジャンを着て、こんなに痩せこけるわけがない。義男は、一見チャラ男に見える背中の向こうで加速して大きくなっていくドアノブの音に、この社会に対する怒りと悲しみの累積を感じて震えていた。

 だけど、だけど、それは純喫茶チルドレンに向けるものじゃない。それはもっと大きなものに向けるものだ。

「兄ちゃん、やめてよ!」

 兄の背中に向かって叫んだ義男は、その背中に思いっきりタックルをした。

「ぐはっ!」

 痩せこけた背中はその見た通りに脆く、簡単にドアノブから離れ、地面にへたり込んでしまった。

「ご、ごめん!兄ちゃん!」

 予想外の展開に焦る義男。我に返った兄は、焦りと失望、そして自分の無力さの中で言葉を失い、その目には涙が浮かんでいるように見えた。

「な、何すんだよ…」

 兄がこちらを睨みつけ立ち上がろうとしたその時、扉が静かに開いた…。

世界線の選択

① 「どなたですか?」声をする方に目をやると、扉の奥に立っていたのは、いかにも喫茶店のマスターの様な出立の、口髭を生やした初老の男だった。

② 「どなたですか?」声をする方に目をやると、扉の奥に立っていたのは、美人でセクシーで、どんなことも曖昧に許してくれて、かといって深入りもしてこない。なのに、ここぞという時は思いっきり甘えてきそうな、あの小さな四角い画面で何度も見ていた、人妻ファッションヘルス・絆ドッキュンのアイコさんだった。

③ 「どなたですか?」声をする方に目をやると、扉の奥に立っていたのは、黒髪ロングのストレートに、少し垂れた奥二重の目をした、あの時拾った免許証の持ち主であろう女性だった。

番組内ではリスナーさんの投票で「①」の世界線が選ばれました。第3話は「①」の世界線で物語が続きます。

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「立花裕介」と、放送業界を夢見る相方「AD.TAKEDA」と、時折やってくる劇団「彗星マジック」の作家、演出家である「勝山修平」が楽しいおしゃべり配信「夜のすっぽナイト」は、毎週金曜日22時からツイキャスにて生配信中!!


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立花裕介
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