吐く息が拡散しないまま、顔の前にもやもやとかたまってしまうような日。
親指に人差し指を引っ掛けて空気をはじくと「キン」と硬質で高い音が響く様な日だった。
Tシャツにセーターにダウンのコートを重ね、長いマフラーで作った渦巻の中に顔半分を埋めると、自分の吐く息で眼鏡が曇ってしまう。
水蒸気に視界をさえぎられながら、落ち葉の積もる森の中を歩いていた。
しばらく行くと茸の匂いがする。寒い冬の真っ只中に生えている茸は多くは無い筈だ。どんな茸なのだろうかと首を傾げていると、
「透明茸」
と言う言葉が聞こえた。不意に当たりは薄暗い。
「透明茸が今年は沢山生えています。この茸が沢山生える年はあまり良い事が起こらない。ここ数年透明茸は増え続けているようですね。」
「この茸は姿が見えませんから、匂いを頼りに捜すのですよ。ほらこの辺りにも沢山生えています。」と姿なき声は続けた。
「透明茸なんて聞いた事も見た事も無いけれど、美味しいのでしょうか?貴方は食べた事があるのですか?」と問うと、声は考え込むような間を空けてからこう言った。
「実に美味しいと聞いています。でも私は味わうこともなく飲み込んでしまいましたから。。。」
一体どういうわけでこの人は茸を飲み込んでしまったのだろうか?
「透明茸にまつわる話を聞いた事がありませんか?」
私は首を横に振った。
私はただその透明茸なるものを食べたくて仕方なかった。
ますます暮れてゆく中、匂いを伝って歩いた。すると目が慣れてきたものか、茸を探しているらしく地面を這い回る人影がいくつも重なっているのが見えた。
びっしりと生えている茸の上をザクザクと踏みにじっているのではないかと思うほどに、匂いが強く立ち昇ってきたので、足元を見るとそれは生えていた。
透明なのに、なんとなく周辺とのコントラストでその存在が確認できる。
海月のようにプルプルとしているようで、思わず手を伸ばした。
私の手が茸を掴むとスルスルと手中の熱のせいか溶けてしまう。何度試しても消えてしまう。やがて地面を這いつくばるようにして茸を探し始める。
手に入れようとしても手に入らない物を追い求めて、追い求めて我を忘れる。我を忘れる。
透明茸に手を触れる度に私の体も透きとおって、我を忘れる。