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卒業間近の地域おこし協力隊員のリアル——静岡県下田市に根差した生業を模索する|地域のイノベーター見聞録 vol.8
取材:今中啓太(NTTアーバンソリューションズ総合研究所)、小野寺諒朔
文:小野寺諒朔
街づくりは、仕掛けるのも、盛り上げるのも、実行し続けるのも、やっぱり「ひと」。
『地域のイノベーター見聞録』は、さまざまな地域で、新たな活気を与え、街づくりにつながるチャレンジを始めている活動を調査している中で、地域想合研究室が「なぜ?」から興味を持った魅力あるひと(たち)に、その地域と活動の魅力を学びに行く企画です。
地域おこし協力隊——都市地域から過疎地域等に生活の拠点を移し、地域おこしの支援や、農林水産業への従事、住民の生活支援などの「地域協力活動」を一定期間行いながら、その地域への定住・定着を図る取組として2009年よりスタートした制度です。
2023年度末時点で約7,200名の隊員が、全国の自治体で活動されています。
全国的に見ると、1〜3年の任期を終えた隊員のうち、約65%が活動地域に定住し、約45%が起業しているというデータがあります。地域の活性化に寄与している事例を多く耳にする一方で、地方自治体の期待と隊員の希望の相違や、住民とのミスマッチによるトラブルがメディアで取り上げられたこともありました。
隊員として活動されている方は、どのようなビジョンを描き、地域へ貢献し、自己実現へと向かっているのでしょうか? 外からやってきた隊員の存在によって、地域にどのような変化がもたらされているのでしょうか?
こうした疑問を探るべく、今回の取材では、静岡県下田市で地域おこし協力隊として活動する青木真(あおき・しん)さんにお話を伺います。
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サーフィンに導かれて、下田に移住を決めるまで
——エメラルド色に透き通る水面と白い砂浜。一年を通して多くのサーファーが訪れる多々戸浜で、我々をにこやかに出迎えてくれたのは、下田市に移住して4年目の青木真さん。10月下旬のやや肌寒い気温の中、ハーフパンツにゆったりとした白シャツ姿、そして小麦色に日焼けした肌。サーフカルチャーを愛する青木さんが下田に魅せられたいちばんのきっかけである、この海から取材はスタートしました。
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今中(NTT US総研)
お久しぶりです。以前僕が担当していたコワーキングスペースのプロモーション映像を真さんのチームに担当してもらって以来だから、直接お会いするのは10年ぶりくらいですかね。
青木
そうですね。ずいぶん経ちましたね。当時僕はオーストラリアからちょうど日本に帰ってきた頃だったかな。オーストラリアで、現地のクリエーター(写真家、映像作家、ファッションデザイナー、家具デザイナー、ミュージシャン、ウェブデザイナー)の仲間と一緒にLove Design Initiative(LVDI)というクリエーターチームを作って、僕は唯一の日本人であった事もあり、日本での新たな事業展開の担当をしていました。ちょうど日本でファッションの展示会をやるタイミングに、今中さん関連のお仕事もいただいて、クルーみんなでオーストラリアから日本に押し寄せてって感じでしたね(笑)
今中
あの時の撮影がすごく楽しかったのを今でも覚えていて、ずっとお会いしたいと思っていたんですよ。真さんとはFacebookで繋がっていて、下田市の地域おこし協力隊になられていたのもタイムライン上で見て知っていました。私自身、仕事で色々な自治体に行くことがあるのですが、地域おこし協力隊についてはよくわかっていないことも多くて……。なので、協力隊を題材にした記事を作るなら、ぜひ真さんにと考えていたんです。
青木
下田へようこそ。今日は、ここ多々戸浜でプロサーファーの大会「S.League」が開催されているんですよ。良いタイミングで下田を案内できて嬉しいです。
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——青木さんは京都府の出身。大学時代にサーフィンに出会い、全国各地の海を巡り始めます。時には京都から5時間かけて四国のビーチまで足を伸ばしたとか。大学卒業後、世界中を旅してみようと意気込んでいた青木さんでしたが、最初に訪れたオーストラリアにハマってしまったようです。
青木
世界中を旅する前に英語の勉強がしたくて、なおかつサーフィンもできるし良いなと思って、オーストラリアに行って、すっかり気に入っちゃいました。住み始めて2年目くらいの頃にゴールドコーストでサーフボードの修理工場の仕事が見つかったんです。LVDIのクルーとは、その時に修理工場で知り合い、みんなでサーフィンに行ったり、ギャラリーでアートイベントを企画したりして、仲良くなって一緒に仕事をするまでになったんです。
——10年前はオーストラリア、そして今は下田に拠点を構える青木さん。彼と下田を繋いだのは、やはりサーフィンでした。
青木
2015年にオーストラリアから日本に帰ってきて、最初は東京に住み始めました。でもやっぱり海が恋しくなってしまって、のちに湘南の方に引っ越しました。その頃からサーフィンを題材にしたドキュメンタリー映画を撮り始めたんですよ。
青木真さんによる、木材と漆を用いた100%自然素材のサーフボードの制作過程を描いたドキュメンタリー映画『BEYOND TRADITION』(2019年)。古代ハワイアンが乗っていた木製のサーフボードを現代に甦らせたオーストラリアのトム・ウェグナー氏と京都の漆職人、堤卓也氏の二人のクラフトマンシップを通して、自然の大切さを改めて現代に生きる我々に問いかける。Florida Surf 映画祭 最優秀短編映画賞、Toront Beach映画祭優秀賞を受賞。詳しくは堤淺吉漆店のwebsiteへ。
青木
2019年に、この映画の日本ツアーで各地を回る中で、映画に出演いただいたサーフボード職人のトム・ウェグナーさんと下田を訪れる機会があったんです。それが僕にとって初めての下田だったのですが、半ば一目惚れのような感じでした。「下田めっちゃいいな」「住みたいな」と思ったんです。
——その後、すぐに下田市に移住の相談をした青木さん。たまたま市の担当の方がオーストラリアに住んでいたことがあり意気投合したそう。その際に、「ちょうど下田で地域おこし協力隊を募集しているので興味ありませんか?」と声がかかります。
青木
移住するなら、地域に入っていきたいと思ってました。いきなり僕が移住者としてやってきて「下田でこんなことやりたいです」と言っても「誰ですかあなたは」ってなると思ったんです。でも地域おこし協力隊としてならば、自然と地域との交流も深められるだろうし、協力隊の仕事を通してすぐにでも下田に貢献できるかもしれない。そんな想いで、すぐ応募しました。
——オーストラリアでの生活も、LVDIの仕事も、ドキュメンタリー映画も、そして下田への移住も、「サーフィン」が紡いだ縁。自身が大切にしているものに常に真っ直ぐな青木さんの人柄がうかがえます。
この後は、下田の中心市街地に場所を移動し、地域おこし協力隊としての青木さんの活動についてお聞きします。
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地域おこし協力隊として、中心市街地活性化に携わる
——多々戸浜を後にした我々が向かったのは、下田の中心市街地。観光名所のペリーロードからほど近くにありますが、このあたりはシャッターが下りた店舗が目立っています。
こうした下りたシャッターをキャンバスに、サーファーたちが波に乗る様子が映し出された大判のプリントがいたるところに飾られています。聞くと、これは青木さんが地域おこし協力隊の活動の一環として行ったアートプロジェクトだそうです。
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青木
下田市の地域おこし協力隊は、農業振興だったり、移住促進だったり、それぞれの隊員ごとに任務が与えられるんです。協力隊としてのお仕事は月に20日あります。僕の任務は「中心市街地活性化」です。
この写真は、僕が協力隊の活動として行っているフォトストリート企画です。実は下田市って、日本商業写真の祖と呼ばれる下岡蓮杖の出身地なんです。名前が小学校の校歌にも登場するくらい、下田の人々には親しみある存在です。それにちなんで、下田を写真の街としてより盛り上げられたらなと思っているんです。
——青木さんがフォトストリートを初めて実施したのは2023年、コロナ禍が収束した直後でした。
中心市街地活性化の任務を与えられたものの、協力隊の活動を開始した時期はコロナ禍真っ只中、人が集まる企画は実施が困難でした。苦肉の策で、密にならずに人を集められるイベントとして、商店街の駐車場を活用したドライブインシアターの企画を進めていました。いよいよ開催というところまで漕ぎつけたものの、非常事態宣言発令のタイミングと重なりあえなく断念。そこで、ひねり出したアイデアが、写真や映像で下田の魅力を記録し、発信するという策であり、その活動がフォトストリート企画に繋がりました。
青木
実験的に始まったフォトストリートも、様々なテーマで実施できるようになり、今回で5回目の開催を迎えられました。本来は、シャッターが開いている状態が理想なのですが……。少しでもこの場所で「何かが起きている」状態を保っておくことで、将来、商売をやる方がこの場所を選ぶきっかけになればいいなと思っています。
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青木
少しずつですが、写真関連のイベントも増えてきています。コロナが落ち着いてきてからは、空き店舗を活用したカフェギャラリーを作って、地元の作家さんに展示してもらったり、自分もそこで写真の個展をやったりしました。
2022年には「写真で旅する下田」と題して、フォトコンテストを開催しました。
2024年6月には、僕も部員として参加している『下田写真部』(地域の写真愛好家の部会)の方々と下田を歩き、写真に収め、まちの魅力を発信しようという「フォトウォーク」のイベントもやりました。ニコンイメージングジャパンさんに機材の貸し出しで協力いただいています。
——ゆくゆくは国際写真フェスティバルや、写真甲子園が開催され「写真の町」として名高い北海道の東川町や、京都国際写真祭「KYOTOGRAPHIE」のような規模で下田の写真文化を育み対外的にアピールしていきたいと語る青木さん。一度断念したドライブインシアターも、再び挑戦したいそうです。
青木
下田の町中を写真で埋め尽くしたいですね。ドライブインシアターの次は、映画祭だってやれると思うんです。ビーチを使った映画祭は他の自治体でも珍しくはありませんし。ただ、下田市最大の祭りである黒船祭や地域のお祭りをお手伝いしていてわかったことですが、今までイベントを取り仕切っていた地元の人たちが高齢化しているんです。全国どの自治体も同じ状況だと思うのですが、なかなかイベントを開催するハードルが上がってきていますよね。
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街中で偶然お会いしたのは、地元銀行の支店長さん
——まちを歩きながら、道行く人たちと挨拶を交わす青木さん。聞くと、「まちがコンパクトなので自然と知り合いが増える」のだそう。確かに、先ほどビーチを案内いただいた時も、色々な人と世間話をされていました。
すると突然「おお、真さん!こんにちは!」とひときわ元気な声が聞こえてきました。青木さんもにこやかに「お疲れ様です!」と応えます。
青木
静岡銀行の大箸支店長さんです。たまに一緒にコーヒーを飲みながら下田のことを話す仲でして。面白い方なんですよ。
——なんと静岡銀行の支店長さんでした。支店長さんがこんなふうに町中をぶらぶらしているものなのか! と驚かされつつ、ご挨拶を兼ねて取材の趣旨を説明すると、大箸さんの思う下田における静岡銀行の役割について、お話いただけました。
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大箸
なるほどなるほど、今日の取材は下田のまちもそうだけど、メインは真さんの活動についてフォーカスする感じですね。
静岡銀行って、今はフィナンシャルグループなんです。バンキングはその仕事の一部にすぎません。支店長としての僕の役割って、民間版の市長みたいなものだと思っているんです。かつてのように融資するだけじゃなくて、地域の人口や移住者、税収を増やしていくことも地方銀行の仕事。私自身こうやって自らまちに出て、地域の人たちと直接顔を合わせながら仕事することを大切にしています。
市街地活性化を頑張っている青木さんのことを同志だと思っています。青木さんのような人たちと同じ目線で一緒になってまちを盛り上げたい。だからつい、青木さんにはグイグイ話しかけちゃうんですよね(笑)。青木さんのような方が下田にいることは本当に心強いですよ。
今中
デベロッパーとして仕事をしていた頃に常々思っていたのですが、地域の情報をいちばん持っているのは地銀さん。一緒になってやらないと、本当の情報ってなかなか集まらないですよね。
青木
大箸さんはいつもフランクな方で、地域の集まりでもよくお会いします。下田で何かチャレンジしたいという方にいつも親身になってくれていて、僕にとっても心強い存在です。
お金、やりがい、自治体とのマッチング——制度としての地域おこし協力隊について
——大箸さんと別れ、次に我々が向かったのは下田市の新庁舎です。廃校になった中学校の校舎を活用した「旧校舎棟」が2024年4月に完成したばかり。計画では既存の体育館を活用した「体育館改築棟」と「新築棟」が2026年までに整備される予定です。
この庁舎の特徴は、使い続けながら減築を行っていく点です。人口の減少に応じて庁舎に必要な床面積も小さくなることを見越して、20年後には「旧校舎棟」が、40年後には「体育館改築棟」がそれぞれ解体される計画になっています。これにより将来的な市民の財政負担を最小限に抑えることができます。
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青木
僕の任務である「中心市街地活性化」を管轄しているのは、この市庁舎の中にある産業振興課です。月に一度のレポート提出の際や、様々な課との連携が必要な企画を準備する際に、ここを訪れます。普段は、市街地にある商工会議所を拠点としています。
今中
なるほど、てっきり移住促進課のような部署が、市役所の中で地域おこし協力隊全体を統括しているのだと思っていました。では、農業振興や移住促進を担当されている隊員さんはまた別の課の管轄になるのですね。
青木
そうですね。下田市では隊員の任務ごとに管轄する課や係が異なります。これは自治体にもよりけりだそうです。協力隊の活動を通して感じた事は、先輩隊員たちが活動の中で得たものやノウハウをどこか一カ所に蓄積しておけると、引き継ぎや新隊員が活動を始める際にスムーズになりそうですし、卒業後の進路支援や定住にも良い参考事例として活用できそうです。
総務省では『地域おこし協力隊サポートデスク事業』を実施しており、円滑に制度運用ができるよう、情報提供やアドバイスを行っています。また静岡県では県内で活動する「地域おこし協力隊」の連携を図る団体「県地域おこし協力隊ネットワーク」も設立されました。
下田市の人口は2万人を切っていますし、協力隊、移住者が定住してくれる事は、とても大切な事だと思いますし、その為には、移住希望先での仕事や住まいは切実な問題です。僕自身も協力隊卒業後は、下田に定住する為に、なんとかして生業をつくっていく必要があります。
移住に関しては、市の職員さん、移住促進担当の協力隊員、移住の先輩や地域の方々が親身に相談に乗って下さいます。私が移住者で協力隊員だからなのかもしれませんが、市の職員さんはすごく身近な存在です。職員さんに限らず、市議会議員さんもまちなかでよく出会います。この環境を濃すぎると感じる人もいるかもしれませんが、自分としてはちょうど良いですね。
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——取材当時、下田市では合計6名の地域おこし協力隊員が活動されていました(市街地活性化担当1名(青木さん)、移住促進担当1名、ライフセービングなどを行うアウトドア担当1名、サッカーのコーチなどを行うスポーツ担当1名、観光担当2名)。ちなみに、全国で最多の隊員数を誇る北海道の東川町は人口約8500人に対して、地域おこし協力隊員の数は76名です。
受け入れ人数だけを見てもわかるように、地域おこし協力隊の運用は、受け入れ先の自治体の裁量が大きいと言えます。募集や選考の方法、定員、隊員の活動内容についてもそれぞれの地域の状況に応じて、自治体が主体的に決めることになっています。
今中
報酬については、全国的に一律の基準が定められていますよね?
青木
そうですね。国が定めた基準があります。2024年度より、地域おこし協力隊要綱が改定され、我々の報酬にあたる「報償費」の上限が280万円から320万円に引き上げられました。2019年までは200万円が上限だったので、大幅に増えましたね。
これとは別に、200万円を上限に「活動経費」が支給されます。
今中
上限が定められていて、その中からいくら支給するかは自治体の裁量ということですね。詳細な額は自治体によって異なると思うのですが、ここだけの話、下田はどうなのでしょうか?
青木
あまり他の自治体と比べたことはないのですが……(笑)、下田は他の自治体と比べて高い方だと聞きますよ。
報酬も大事ですが、僕にとって重要だったのは副業ができるかどうかという点でした。自治体によっては協力隊員を公務員として雇用するところもありますが、下田の場合は個人事業主として市と契約を結ぶかたちを取っているので、副業がOKなんです。ただし、協力隊としての仕事が月に20日あるので、副業はそれ以外の時間でということになります。
協力隊員はまちの人から見れば「半公務員」のように映ると思うので、本業の協力隊任務に支障が無い範囲での副業の実施や線引きを行なっています。
今も下田を舞台にした映像の仕事が進行していますし、呼ばれて市外へ撮影にいくこともあります。映像の仕事を下田で続けていくことは外せませんでした。なので、応募する際は報酬よりも副業の可否の方が重要でしたね。
——地域おこし協力隊を受け入れる理由は、高齢化による人手不足や、地域のPRに若いアイデアがほしかったり、あるいは専門的な人材を求めている場合であったりと様々であると考えられます。一方で、協力隊に志願する人も、協力隊の活動とは別にその地域で実現したいビジョンを持って移住を決めている人が多いはず。自治体と協力隊志願者のマッチングがうまくいかないと、任期を余して除隊することになりかねません。その点、青木さんは下田市とうまくマッチングしている様子でした。
青木
僕の場合は、下田に惚れてしまったので、どんな形であれ下田に移住すると心に決めた上で、地域おこし協力隊に応募しました。そういう順序だったので、ミスマッチングにはなりにくかったですね。
協力隊としてできる活動に、規模的な制限があることは確かです。先ほどお話しした「活動費」の中でやりくりしていかなければいけませんから。だから、例えば大きなアートフェスをやりたいとなったら、スポンサーを探すところから始めなければいけません。
でも、これは大きなことをやろうと思ったら当然のことなんですよね。僕が何か企画して、それが下田市のニーズに合っていれば協力隊の活動として認めてもらえる。そしたら、各所を巻き込んで作り上げていけばいいんです。逆にニーズに合っていなくて「協力隊の活動としては認められないから、青木さんの個人的な活動でやって」と言われてしまう企画だったら、そもそもうまくいかない可能性が高いとも言えます。
協力隊の活動では、常に地域に必要なものはなんだろう? と考えながらやってきました。自分がやりたいことと、地域のニーズをマッチングさせていくこの感覚は、僕が協力隊を卒業した後も大切にしたいですね。
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パーマネントなアグリカルチャー 「パーマカルチャー」を下田で実践したい
青木
実は、自分が下田でやりたいことのひとつに農業がありました。今年から知り合いに田んぼをお借りして、米作りに初挑戦したんです。次はその田んぼをご案内しますよ。
——青木さん運転でやってきたのは傾斜地にある不整形の田んぼです。かつては近隣の下田市立稲梓中学校の学生が農業体験で使用していましたが、2022年の近隣4校の統合に伴い使われなくなっていました。
放置すると雑草が生えてかえって管理が大変になるということで、2024年に青木さんが借り受けました。
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青木
以前から田んぼをやってみたいと言い続けていたら、知り合いに貸してもらえることになりました。米作りの知識は何もない状態で見よう見まねで初めて、今ちょうど初めての収穫を迎えました。とにかく失敗の連続でしたよ(笑)
田植えの時もとなりの畑のおじさんに「まっすぐ歪まないように植えなきゃダメだぞ」「綺麗に植えないと機械が入らなくなるぞ」と言われていたのに全然うまくいかなくて。それを見たおじさんに「ほら言ったただろ!」って冗談混じりに笑われる……。僕は「一年目なんで勉強です」とか言って強がってみたり。本当にやってみないとわからないことがたくさんあります。
——そう話す青木さんの表情は楽しげで、今回の失敗をどうやって次に活かそうかとワクワクしている様子でした。
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——地域おこし協力隊を卒業したら就農したいと話す青木さん。自身もサーファーで、サーフィンにまつわる映画も撮ってきた彼からそんな言葉を聞くとは少し意外でした。しかし、お話しを伺うと、下田に移住する前、オーストラリアに住んでいた頃から農業への強い想いがあったことがわかりました。
青木
WWOOFってご存知ですか? Worldwide Opportunities on Organic Farmsの頭文字を取っているんですけど、簡単に言うと半日くらい畑で働く代わりに、お金は出ないけれどご飯と宿が出ますよというもの。いまの「農泊」のはしりみたいなものですね。僕はオーストラリアに行った時に半年間ほどWWOOFをやっていました。
お金を稼ぐということよりもパーマカルチャー(パーマネント[永続的な]+アグリカルチャー[農業]+カルチャー[文化])に興味がありました。実際にこれを実践されている家族にお世話になって、雨水を貯水タンクに貯めてシャワーや植物の栽培に使ったり、週末はサーフィンしにゴールドコーストにいったりという生活をしていました。その時、これって理想の暮らしだなと思ったんです。
下田は海と山の距離が近いから、これと同じような環境がつくれるんじゃないかと思ったんです。
——通常地域おこし協力隊の任期は一般的に2〜3年ですが、青木さんは今年で4年目。2025年3月には卒業を控えています。今後、下田でどう地に足をつけて生きていくのか、その展望を語ってくれました。
青木
今僕は、海の近くにオーシャンビューの部屋を借りているんですけど、そことは別に山奥の畑と離れ付きの一軒家を購入していて、最近は山の家にいることの方が多いんです。
いずれは海の部屋で民泊事業をやって、山の家でWWOOFのような、オフグリッド型ライフスタイルの体験施設をやる予定です。それに今までもやってきた映像やクリエイティブ系のお仕事を入れて、3本の柱でやっていきたいですね。
最後に山の家をご案内しますよ。いっぱい喋って喉も渇きましたし、お茶でも飲んでゆっくりしましょうか。
海も山も全部楽しむ。オフグリッド型ライフスタイルに挑戦
——今回の取材で最後に訪れたのは、青木さんがオフグリッド型ライフスタイルの体験施設を構想している山の家です。地元の方もめったに訪れることはない場所だそう。細い山道を奥へ奥へ登っていくと、小川が流れる集落へと辿り着きました。
この川の存在も、青木さんがオフグリッド型の生活をここで実践したいと思った理由のひとつだそうです。
青木
うちの家の周りにわさび農家さんがあります。ここは川の源流に近いところなんです。水道は通っていません。地下30メートルから地下水を汲み上げてタンクに貯めて使っています。だから生活排水を出せないんですよ。本当に水が綺麗な場所だし、汚してはいけない場所です。この水が川を下って海に流れるんだな、と山から海への水の流れが感じられる場所なんですよ。
山の家の近くを流れる川。青木さん友人のサーフフォトグラファー撮影による川の映像。
一応電気は来ているのですが、ソーラーパネルによる発電で賄えるようになっています。
現状は、まだ僕が住みながら少しずつ建物や畑を整備していっているだけで、何もスタートしているとは言えない状況ですが、半日サーフィンして、半日畑で働いて、夜はバーベキューして、サウナに入って……みたいな体験ができる場所にしていきたいですね。
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青木さん撮影による周辺の俯瞰映像
——敷地を一通り案内してもらい、一棟貸しの宿になる予定の母屋でお茶をいただいていると、庭先から「こんにちは」という声が聞こえた。
約1年半前に下田に移住してきたタケさんという方が、我々が来ていることを聞きつけて顔を出してくれました。
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青木
タケさんは、もともと東京の有名店でシェフをされていた方で、1年半前くらいに移住されてきました。今はこの場所の近くで築100年の古民家を改修して、宿をやる準備をしているんです。タケさんが家探しをしていた時に市の職員さんから紹介いただいて、同じくサーファーだったということもあり仲良くしてもらっています。先ほど案内した田んぼも手伝ってもらっています。
タケ
僕が移住した時は、行政のサポートがあることすらわかっていませんでしたし、地域おこし協力隊という存在も知りませんでした。なので、宿ができる物件を探すのにも苦労しましたね。そんな中で、青木さんに知り合えたのは嬉しかったですね。
——田んぼやこれからの事業の準備などで、互いに助け合っているという青木さんとタケさん。やはり、移住者同士のコミュニティというものがあり、移住者にとっては不可欠な存在になっているのでしょうか。
タケ
今のところ僕は移住者同士で交流するというより、下田を、この地域を知ることが大事だと思っています。青木さんにはご近所さんということで色々とよくしてもらっていますけど、移住者の知り合いは少ないですね。今は、ゆっくり時間をかけて生活リズムを下田に合わせている段階です。集落の集まりには積極的に参加しています。僕もそれなりに歳を取っていますが、寄り合いの場では自分が若手です。自然とフレッシュな気持ちになれますよ。
青木
これはタケさんがこれまでの仕事で培ってきた姿勢なんだと思いますが、朝のなんでもない挨拶も、一度車を停めて「最近どうですかー?」と皆さんに話しかけていらっしゃる。すごいですよ。意外と地域の方々は我々移住者の言葉や行動を見ているものです。でもタケさんはそこにプレッシャーは感じないと言っていますよね。
タケ
なるべく自分をさらけ出すようにしています。裏表がない状態にしておけばいいんです。サーフィンと似ている部分があるなと思います。陸でどれだけ偉かろうが、海の上では関係ないですし、皆が平等に海のルールに従っています。それに、サーフィンというのは一人でやるもので、自分以外に助けてくれる人はいません。移住者が地域でどう振る舞うべきか考えた時、重なる部分があると思いませんか。
おわりに——青木さんから地域おこし協力隊を目指す人へひとこと
——タケさんも加わり、お茶のおかわりもいただき、気づけば日が暮れていました。
最後に、青木さんに地域おこし協力隊を目指す方へのメッセージを伺いました。
青木
地域おこし協力隊は、お仕事があるし、地域とも交流ができるし、いい制度ですよ。地域から求められ、それに応えていくというのは仕事としてもやりがいを感じます。
仕事も大事ですが、仕事ありきで考えるよりも、その場所で自分が将来的にどんな暮らしをしていきたいかを想像した方がいいかもしれないですね。僕は今やっと、思い描いていた暮らしのイメージに向かって進み出したばかりです。まだ何もできていないので偉そうなことは言えないのですが……(笑)移住するにしても色々な選択肢があることを忘れずに。地域おこし協力隊はその中のひとつです。最後に、自治体によって活動内容が大きく異なりますので、よく調べてくださいね。
あくまで僕という一例ですが、誰かの背中を押すことに繋がったら嬉しいですね。
(2024年10月18日収録)
編集後記
真さんとはSNSでやり取りしていたので、会っている気になっていましたが、顔を合わせるのはなんと9年ぶり。下田市で地域おこし協力隊をしていると知ってから、かねてより『地域想合研究室.note』で取材したいと思っていました。
出会った時から、いつもにこやかで力まない、柔らかなイメージの真さん。今回、まちの色々な場所を案内してもらいましたが、本記事に登場いただいた大箸さんやタケさんに限らず、そこここであいさつを交わし、幾人もの地元の方々とにこやかに立ち話しをしている姿が印象的でした。
移住当初から下田で実現したいライフ・ワークスタイルへ向かってコツコツと準備を進め、2025年の協力隊卒業とともに本格始動させるとのこと。今後の動向も気になります。移住生活の次のステージでも、そのまた先へと進まれた時も、また真さんを訪ねたいです。
今回は、現役の地域おこし協力隊の目線に立った見聞録をお届けしました。この制度が地方創生において大きな力となっているという感触は掴みつつも、たとえば卒業後の隊員の活躍であったり、あるいは自治体側の想いであったり、他にも様々なことが知りたくなりました。(今中)
朝から夕暮れまで、青木さんにはほぼ丸一日、取材にお付き合いいただきました。下田という土地のこと、青木さんが描く夢、支え合う仲間……。これだけの時間を割いていただいたからこそ、青木さんの中にあるキラキラとした尽きない好奇心と探究心と、その裏にある苦労や葛藤の、その両方を感じることができました。
移住した土地で、実現したい生活に向かっていくことは、なんとかけがえのないことなのだろう。それだけのエフォートを費やす価値があると信じ進み続けることには、相当な覚悟がいるのでしょう。
青木さんの穏やかな語り口がかえってそう思わせるのでしょうか。彼の言葉の一つ一つにビリビリと痺れるものがありました。(小野寺)
構成・編集:小野寺諒朔
編集補助:福田晃司、春口滉平
イラスト:藤巻佐有梨
デザイン:綱島卓也