日帰り登山だけじゃない。「高尾活動サポート施設」を探る。|地域のイノベーター見聞録 vol.2
取材・文:齊藤達郎/今中啓太/小野寺諒朔(地域想合研究室)
世界一の登山者数を誇り、日帰り登山の代名詞ともいえる高尾山。登山経験ゼロでも、安全に配慮すれば気軽に親しめる。登頂すればお茶屋で蕎麦が食べられるし、下山後は居酒屋で打ち上げ、新宿までは約1時間。どう見ても日帰りコースである。
そんな高尾山の玄関口である京王電鉄高尾線の高尾山口駅の駅前で「高尾活動サポート施設」というスローガンを掲げ、体験型ホテルをはじめた友人がいる。なぜ日帰りの山でホテルを? 高尾活動って何? 今回もいろいろな「なぜ」を抱えて、現地へ赴いた。
さっそく色々な疑問をホテル「タカオネ」(https://takaone.jp/hotel/)のマネージャーである壽榮松孝介さんに伺おうと思ったところ、「いきなり会議室に入ってスクリーンを見ながら仕事の紹介をするよりも、まずは軽く登りにいきましょう! あいにくの天気ですが、山歩きはこれくらいがむしろ気持ち良いんですよね! 今日は、僕が普段走っているコースを案内します。雨で足元が滑るかもしれないので気をつけて!」と歩を進めながら壽榮松さんは道端に落ちたゴミをさりげなく拾い上げポケットにしまう。
これが高尾活動なのだろうか。いや、本質ではないだろう。などと考えていられるのも今だけだった。
駅前の道路から一本裏に入り、民家の脇にある細い道を登っていく。聞けばこの辺りにはこうしたトレッキングコースが無数に存在し、地元の方しか利用しないコースもあるとか。「山の中で人とすれ違うとみな挨拶してくれます。街中ではそういったことは少ないんですけどね。山とまちの境界線はどこなんですかね」と壽榮松さん。
自然に入ると心の垣根が低くなっていくのだろうか。もし、そうであれば壽榮松さんが山歩きに誘ったのも納得である。
今回のルートの最高点につく頃、タカオネのプロジェクトをスタートするきっかけを伺った。
「タカオネの開発プロジェクトに携わっていた友人から、『登山だけではない高尾の魅力』を見つけて欲しいと言う話があり、2、3日泊まり込んで、周辺の山々や川などを歩き回って調査しました。その中でこの場所を見つけて。ここから見える朝日は格別なんです。関係者と魅力を分かち合ったスタートでもある。でも、電車の始発時間には間に合わないので、日の出を見られるのは地元の方か宿泊客だけ。日帰りだと見られないんですよ。是非泊って少しでも多くの人に体験してほしい! そう思ったのがきっかけのひとつですね」と壽榮松さん。
40分ほどの山歩きではあるが壽榮松さんとの距離は縮まった感じがする。短い時間でも同じ体験をすることで親近感がわくということか。しかし普段の運動不足もあってかとにかく疲れる。肉体的には限界も近いが、頭の中はむしろスッキリしている。不思議なことに嫌な感じは全くしない。初対面の緊張感をほぐす高尾ならではの打合せ方法かもしれない。と感じながらタカオネに戻る。
タカオネに戻りシャワーで汗を流した後、タカオネについて詳しく教えていただいた。
「タカオネは、『”登るだけ”ではない山での過ごし方』『”休むだけ”ではないホテルの在り方』という2つの『だけではない』を目指す高尾のエリアイノベーションプロジェクト。単なるホテル開発ではありません。私が所属する(株)R.projectが企画からオーナーと協働し、このホテルを運営しています。」
「私が登山ガイドをやり始めてから、それまで自分の中で非日常としてあった山が日常の空間に変わっていったんです。山に癒しを求めている部分もあるけれどそれ以上に、日常である山がどんどん楽に心地よくなっていくという感覚です。その感覚をもっと多くの人に知ってもらえたら、山はもっと楽しい場所になる。そんな想いを抱いていたところに偶然、タカオネプロジェクトの総合企画監理をされていた(株)アワーカンパニーの三輪さんから声をかけて頂きました」と壽榮松さん。
現在は、運営者の立場として経営企画・設計・開業検討の段階からプロジェクトに携わり、キャンプや学生の合宿、溢れる木々の中でのワーケーション、日帰り登山だけでは体験しきれない魅力を得るための活動拠点づくりの進めながら、マネージャーとしてフロントに立つこともあるそうだ。
また、タカオネに集まった人々がホテル内で閉じることなく、その興味が高尾というエリア全体に広がっていくよう、高尾ならではの魅力を日々「タカオのカタヲ」(https://takaone.jp/media/)というメディアで発信しているのにも注目だ。
中でも個人で活動する作家や醸造家など地域のプレイヤーとイベントを開催し、彼らと市外から訪れるゲストを繋ぐ役割を担っているのは面白い。なにより壽榮松さんを始めとする編集部員のワクワク感が記事から溢れていて興味を惹かれる。
「地元の高尾ビールブルワリーで、タカオネのオリジナルビールを作ってもらっているんです。スタッフもビールづくりにお邪魔させてもらってます」(詳しくはタカオネのカタヲのこの記事:https://takaone.jp/media/article/1595を参照)と壽榮松さん。
人と人との良好な関係の積み重ねが自然と記事にもあらわれている。我々も地域想合研究室.noteというメディアをやる上で学ぶべきところが多い。そんなことを思いながらタカオネのこれからを伺った。
「スタッフともよく話すのですが、周辺の皆さんとさまざまなチャレンジをして高尾の色々な景色を作りたいですね。でも、まずは食事が美味しいとか、地元の人が訪れてくれるようにするとか、ホテルとしてきちんとやっていこう、と。あんまり理想を広げすぎて運営がバラバラになってはいけない。そこを一番大事に考えています」。
さらにこう続ける。「それからさらに5年くらい経ったら、高尾民(高尾に住んでいる人たち)を巻き込んで村づくりをしていきたい。タカオネの取り組みが『郊外』というものの見方を変えられるようになれたらいいですね」
2021年7月のオープンから1年数ヶ月。実直に良いホテルを目指しながら、タカオネの近くで活動している宿泊+コワーク施設やカフェとの連携、高尾の名産づくりとして一念発起されたクラフトビール職人とコラボレーション、初めて経験するホテル運営など、たくさん苦労をしながらも少しづつ、確実にエリアの魅力づくりを創出してきた壽榮松さんは目を輝かせながら将来ヴィジョンを話してくれた。
高尾活動サポート施設とは、訪れるゲストの体験をサポートすることはもとより、タカオネだけにとどまらない楽しい高尾をこれからも仕掛け続けること。そのためのサポートと拠点施設づくりも含めた取り組みだと感じた。日常と非日常が交じり合い、自分らしい時間の過ごし方を許容してくれる高尾らしいコンセプトだと実感した。
今回は日帰りの訪問だったことが悔やまれる。次回はぜひ泊まりで、自分らしい高尾の楽しみを見つけようと思う。もちろんホテルタカオネを出発点に!
(2022年9月13日 タカオネにて)