ワーケーション? 実際どうなの?|地域のイノベーター見聞録 vol.1
取材・文:齊藤達郎/今中啓太(地域想合研究室)
コロナ禍以降、リモートワークとあわせてよく聞くようになった「ワーケーション」。
リゾートや温泉地といったバケーションで訪れたいところに出かけて、あえて日常の延長線上のワークをするってどうなんだろう? と、常々感じていたところ芸術活動をしながら新たなワークプレイスづくりに取り組んでいる友人が小田原市根府川でワーケーションを始めるとのこと。
根府川といえば、小田原文化財団「江之浦測候所」。壮大な杉本ワールドを体験しに行ったことがあるが、それ以外の情報は皆無の地域。
バケーションの地なのだろうか?百聞は一見に如かず、ワーケーションを体験しに根府川へ。
ホームから海の見える東海道線の根府川駅を降りて、わき道を登ったところにワーケーションハウスU(https://u-odawara.com/)がある。外見から察するところバケーション感はなく、強いて言うならデッキ部分のパラソルくらいか。それにしたってシンプルなものだ。
それもそのはず。かつては小田原市の片浦支所であり平成31年に閉館になった建物をリノベーションしている。しかも外観にはあまり手を入れていない。
「もうすぐ築70年、もちろん耐震基準は満たさない木造2階建てなので、当初は更地化の話もあった。それでも地域の方々から「何とか残して欲しい」という強い要望があり継続利用することになった。そうした経緯もあるので、地域の方々の想いをくんで外観にはあまり手を入れなかった」と株式会社文祥堂の岸 健二さんは語る。
また、場所についても「ノスタルジーというか、この場所が持つ記憶みたいなものがあるなと感じました。それですごくいいなと思ったのでやってみようと思いましたね」とは同じく文祥堂の大波裕人さん。
確かに駅からUまでは、短い距離ではあるものの住宅と住宅の間の細い道を登っている時には、子供のころ走り回っていた場所を思い起こさせる懐かしさを感じる道のりであった。
思えばこの辺から気持ちの変化が生じていたのかもしれない。
ともかくワーケーションを体験しに来たのだから仕事を始める。仕事の内容はいつもと変わりない。しかしまわりの雰囲気がそうさせるのか、いつもよりは深くものごとを考えられるし、俯瞰的な見方で思考をめぐらせることができる。
普段通っているオフィスとは違って慌ただしさがない分こう感じるのか。環境の変化がこんなにも思考に影響をあたえるとは思ってもみなかった。少しワーケーションを感じたようにも思えるが、これまで思い描いていたワーケーションとは違う気がする。
そうした思いを岸さんに聞いてみる。
「ワーケーションという言葉は難しくて、今となっては言葉の幅、とらえ方も様々になってきていると思います。ここを始めた時はバケーション要素を強くしたワークライフバランスではなくて、仕事も遊びも楽しもうよ。そういった普段感じることが難しい感情的な面、前向きに感じられる気持ちといった自発的な行動を大事にしながら、それをゲストに押しつけない空間にしようと考えていました。使い方は人それぞれ。働く場というのは会社によっても業種によっても変わってくるとは思いますが、今の環境がすべてではなく多様性があるよ、ということを感じてもらえるといいですね。そういった意味では、この場所をあらわす適切な言葉はなくて、あえて言うならワーケーション、という感じですね」
続けて大波さんも語ってくれた。
「自律的に動ける人、働ける人、楽しんでやっていこうという人には最初からここを使ってくれるだろうと。一方で、何のために「これ」をやるのか、という疑問を感じているのに、それを抑えながら生きている人が多いなと感じることが結構あって。そういった人たちのは背中を押してあげられる場所にしていきたい。変わるきっかけをこの場所から見つけてほしい、ということをUという場所を作る上では大切にしています。そういう意味ではやはり一般的にイメージされるワーケーションとは少し違うかもしれませんね」
なるほどワーケーションという言葉に縛られていたのはこちらの方だったか。とかく情報過多の中で生活していると自分なりに解釈した画一的な考えに陥りやすい。勝手な言葉のイメージ。そうしたある種の固定概念から解放してくれる場所。仕事や自分がやりたいことに対して、前向きな気持ちになれる場所を目指されたと。
そして、こうした場所を提供できるようになったのは地元の人の熱い想いのおかげでもあるとのこと。
「Uの考え方に賛同してくれて自発的に協力してくれる方が本当に多くて。われわれもそこに甘えているわけにいかないのですが「根府川を知ってもらいたい」といった熱い人も多い」と岸さん。
「僕はなるべくここに来て、近隣の方にご挨拶させてもらったりとか、自治会とかに出席させてもらってこの企画を説明したりとか。建物が地域から孤立しないようにバランスは注意しました。人の縁、つながりで、まずはここまでこれたかな」と大波さん。
地元の人に愛された建物や場所にやどる「想い」は、訪れた人にも伝わるのではないか。そうした「想い」に感化させられ、気持ちが揺り動かされ、前向きになれる。ゲストに自発的な変化をもたらしてくれる、あるいはちょっとだけ後押ししてくれる。ワーケーションの意義はこうしたところにあるのではないか。
環境の変化に刺激を受け、人の想いを受け取る。
こうした体験は、普段見過ごしているようなことに気づき、新たな発想が生まれる可能性を育む。ということであれば、体験や多様性が重視される社会にとってワーケーションは当たり前になっていくかもしれない。
「想い」を伝える地域のイノベーターが増え、仕掛ける「場」が増えていくことは、きっと訪れたくなる街が増えていくことに繋がるだろう。
Uは2022年6月にオープンしたばかり。これからたくさんのゲストや地域の方々に利用されながら、さらにその表情を変えていくに違いない。次はどんな発見があるだろうか? 変わった表情を見るために、そして自分をちょっとだけ後押ししてもらうために、根府川へ、Uへ、また行ってみようと思う。
(2022年7月22日 ワーケーションハウスUにて)