翠の目のブローカ
翠の目のブローカ
「目を見ろよ。」yujiの隣に立つ男が言った。「これが最後の美しい瞬間だったな。」
「お前は、これで何人目だ?」
冷たい声が、暗い車の中で響いた。エージェントであるyujiは、車に乗った若い女性の目隠しを取って見た。彼女の緑色の目は、透き通っている。確かに、異常だ。
あまり見かけない。男は、
「こんな目のために、誰か欲しいって言ってんだよ。」
「ある一定の金持ちさ、あいつらは命のため、健康のため、美しさのためなら、金をはたいてでも、俺らに仕事を回す。」
ーー緑色の目が欲しいという理由だけで、人は人を殺すのだろうか。
私はその答えを知っている。暗い部屋の中、冷たいベッドに横たわり、目を閉じるしかない私は、それを痛感している。
もう目を開けても何も見えない。すでに手遅れだった。私の目は、私のものではなくなる。
いつからか「翠の目」と呼ばれていた。母がそう名付けたのは、私が幼い頃のことだった。緑色に輝く私の瞳は、ある一定の美しさを持ち、特殊な人々の目を引きつけた。その鮮やかさは、あまり忘れないから、やがてその目に何か特別な力があるという噂が広まった。
「その目は呪いだよ」と、ある年配の男が言ったことがあった。「異常な程に、美しいものが、この世に長くあり続ける事は、絶対に出来ない。」と、
「五人目だな。」yujiは答えた。背後で誰かが小さく笑った。車で喋るエージェント達
「特別な素材をこれだけ集めたんだ。金になるぞ。」
男は無感情な声で続けた。彼もyujiも、ここで行っていることの重みを、もう感じなくなっていた。いや、感じないようにしていると言ったほうが正しいかもしれない。
「美しいものは、在ってはならない。或いは、それを持つ資格のある人間に特権的に行き渡る。」
私はその言葉を冗談だと思っていたが、心の奥では不安が膨らんでいった。目を持って生まれた私には、他人には理解できない恐怖があった。自分の目が原因で、何か大きな災いが訪れるのではないかという漠然とした不安だ。
その不安が現実になるのは、私が18歳になった年だった。
ーー女性の目を凝視する男に、yujiはわずかな嫌悪感を覚えた。だがそれはほんの一瞬で消えた。彼はもう慣れていた。何度も繰り返されたこの行為に、感情を押し殺すのは簡単なことだ。
「目が狙われている」という警告は、最初は噂に過ぎなかった。しかし、いつしかその言葉は私の日常に影を落とすようになった。ある晩、私は自分の家の外で車が待機しているのに気づいた。窓越しにその車を見つめたとき、私の体は凍りついた。中に座っているのは、どこか見覚えのある顔だった。それは、家に訪問してきた男に似てた。彼がなぜこのような事をしているのか、私にはわからなかったが、その視線が私の瞳に向けられていることだけは確信していた。
その夜、私は逃げるべきだった。しかし、逃げるにはもう遅すぎて私は誘拐された。
車の後部座席で、私の体は揺れる。目隠しをされているにもかかわらず、外から差し込む微かな光を感じた。だが、頭の中は混乱していた。誰が私を奪い、何の目的でここに連れてこられたのか。それを理解するのに時間はかからなかった。
「君の目は、特別だ。」耳元で低く囁かれたその言葉が、私の心を冷たく貫いた。
「持って行け。」yujiは指示を出し、女性の身体が別の部屋へと運ばれていく。そこには、違法な移植手術が行われる手術台が待っていた。手術を行う医師、kasiwagiは、すでに準備を整えていた。
「君の目が、我々の希望だ。ある者が君の目を欲している。そして、彼は君の目を手に入れるだろう。」
私は叫ぼうとしたが、声が出なかった。
暗闇の中で、私は自分が手術台の上にいることを感じ取った。冷たい金属の感触が、背中に伝わってくる。体は動かせない。手足はしっかりと固定されていた。
手術が始まる。
麻酔の注射が打たれる前の一瞬、私は目の前に立つ医者の姿を見た。無表情な彼の顔は、機械のように冷たく、そこに人間らしい感情は微塵も感じられなかった。彼にとって、私はただの「素材」に過ぎないのだ。特殊な目を持った、価値のある物質。それ以外の何者でもない。
その瞬間、私は悟った。私の目は、私の魂の一部ではなかったのだ。私の命とは関係ない、ただの「部品」だった。それを持つ者が誰であれ、それを奪おうとする者にとって、私は生きている必要などなかったし、
「これは医療なのか?」とkasiwagiは自問することがあった。しかし、答えはいつも同じだ。選択の余地はない。この世界の中で生きるために、自らの倫理を捨てた一人だ。
彼らは私をここで死なせるつもりだった。もう使い物にならない体を持った私は、ただのゴミのように捨てられるのだ。それが、この世界の現実だ。
人は、目のために人を殺す。それが正しいのかどうか、もう私には答えはない。ただ、ここで消えていくだけだ。
「これでまた一つの『素材』が消える。」yujiは低くつぶやいた。
しかし、その言葉が口から出るたびに、彼の胸の中にわずかな重みが残る。それはいつか彼の心を蝕んでいくものだろうと、どこかで理解していた。
kasiwagiが手術室に向かう背中を見送ったあと、yujiはふと目を閉じた。彼の手に残る女性の冷たい肌の感触は、決して消え去ることのない記憶として彼に刻まれている。そして、それは次第に彼を破壊していくだろう。
彼らにとって、これが日常だった。目を、腕を、心臓を「素材」として扱い、富裕層の欲望を満たすために働く。命そのものがビジネスになったこの世界で、彼らにとって倫理という言葉は無意味だった。
手術が始まる。kasiwagiは、冷たい手術器具を握り、手を動かす。彼はただ機械的に、マニュアル通りに進めるだけだ。何も考えない、感情を持たない。ただ、完璧な移植を行うことが彼の任務だ。
しかし、ある瞬間、彼は手を止める。目の前にある若い女性の瞳が、わずかに震えているのを見てしまったのだ。まだ彼女は生きていた。kasiwagiの手は一瞬凍りついた。
「これでいいのか?」
医者としての倫理観が彼の中でかすかに囁く。しかし、その囁きはすぐに打ち消される。「もう遅い」と、
もう遅い、もう遅いー
「遅いよ。」と翠の目が、訴えた。
私はそれをまじまじと見てしまった。
やはり“異常“だった。
そして、他人のものになった。
その鮮やかさを持つ人間は、「私の目よ?」と、誇らしげに、喋っていた。