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「心のHPが0になりそうなとき」に読んでほしい本を書きました



去年の10月ごろ、一通のメールが届いた。
ある出版社の編集者さんからの「メンタルヘルスの本を書きませんか」という内容だった。

そのメールには、ものすごい熱量の企画書が添付されていた。
妄想レベルといってもいいくらいの(笑)、ものすごく気合いの入った企画書だった。


soarのこの記事をきっかけに興味を持ってもらい、今までの僕の書いた文章をほぼ読んでくれた上で、書籍の仮のサブタイトルに「心のセーブポイントのつくりかた」という言葉を使ってくれていて、僕のメンタルヘルスに関わるスタンスや、クリニックによせる想いにとても共感してくれるのがわかった。


あと、僕がゲームをアホみたいに愛していることにすごく興味を持ってもらえたのも嬉しかった。
「ゲームを愛する先生だからこそ書けるメンタルヘルス本をつくりたい」という迫力に満ちていた。
「きっと、面白そうだな」と思える企画書だった。


「人は機能的な側面だけを切り取られると、傷つく」とは、山田ズーニーさんの言葉だ。

「本を作る」というのは、もちろん読んでもらえる人の役に立つことが目的だけど、文章を書くというのは自己紹介でもある。

人間同士の繋がりというのは、機能的なかかわりと情緒的なかかわりが複雑に折り重なっている。

その人となぜ一緒にいるのか。
「有益だから」「役に立つから」そばにいる。そういう一面はあるだろう。
じゃあ、役に立たなくなったら、一緒にいる意味は無くなってしまうのだろうか。
そんなつながりばかりじゃないだろう。


意味とか有益性とかだけでは語れない、もっと曖昧でよくわからない情緒的なもので他人や世界とつながりを持てるほうが、ゆたかで楽しくなれるだろうと考えている。
だから、「メンタルヘルスに関わるお医者さん」という機能的な一面ではなくて、「ゲームバカ」という何の役に立たない情緒的な自分の一面に目を向けてくれたことが素直に嬉しかったのだろうし、そういう切り口でつくられた本を読んでもらうことができたら、僕自身が世の中ともっと情緒的でゆたかなつながりを持てるのではないかと思えた。


本に限らず何か「企画」があった時に、それに全力でコミットしたいと思えるかどうかは、そこに全力で関わった先に、今よりも自分がゆたかで幸せになっている姿が見えるかどうかだと思う。
前の本のときも、そうだった。
そういうものに対して直感的に「面白そうだな」と感じているんだ。



その編集者さんと九段下で実際に会ってお話をすることにした。
編集者さんもゲーム好きであり、しんどい時にゲームに救われたことがあることを話してくれた。



「コンテンツ」と「生きづらさ」のつながりについてけっこう盛り上がって話したと思う。

「メンタルヘルス」と「コンテンツ」の関連の深さは、秋葉原という街で診療してきて、ずっと間近で見てきたことだった。

コンテンツ産業に従事する人が病みやすい構造を抱えているということもあるし、その一方であらゆる作品たちが生きづらい人たちの心の拠り所となってきたことも間近で見てきた。

僕自身も身をもってそういうことを経験してきた。


僕のクリニックでは、「コンテンツ処方」というものをやっている。
これは、相談に来た人のしんどさを軽減するのに役立つであろう作品や本を紹介するものだ。

よくわからない苦しみや生きづらさを持つ人に対して、例えばそれを紐解くような本や、似た苦痛・困難を描いた作品、癒しにつながる曲や動画だったり、それを見たり聞いたりしたら気分が楽になるようなコンテンツをおすすめしている。


そういう話をした時に、すごく共感してもらい、「クリニックならではユニークさと、普段の先生の人柄や診療の雰囲気が伝わるような本にしたい」といってくれた。


つたないながらも、僕はいまクリニックでやっていることや、これまで向き合ってきた人たちとの関わりや、うまくいかなかったことや、喪失のひとつひとつをとても大切に思っているので、そういうものを形にできる機会をもらえるのはありがたいなと思い、引き受けさせてもらうことにした。


一生懸命文章を書いたりしていると、たまにこういう面白い事態に展開していくから、ありがたいことだ。


仮タイトルはとりあえず「人生ハードモードの難易度が2くらい下がる本(仮)」みたいな感じにしてたんだけど、いよいよ本タイトルを決めるという段階になって、そこそこ難航したんだけど、もう15年くらいいっしょにつくることをしている相棒であり、クリニックの共同代表医師である石井洋介くんとブレストして決めた。


100個くらいタイトルのアイデアを出した中で、「メンタルファンタジー」からの「メンタルクエスト」で、「あっ」「これじゃね?」みたいな感じになった。

僕は中年にさしかかってもいまだに勇者を目指している中二病なのだった。



というわけで、いろんな思いを込めたこの本を、コンテンツを愛してやまない人にこそ届けたい。
こういう閉塞感があるときだからこそ、より強くそう思う。



はじめに 人生は、RPGに似ている

 あなたは、「人生ハードモード」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
 これは、 望んだ通りの人生を手に入れるのが困難な状況であることを意味する、ゲーム由来のインターネットスラングです。
 多くのゲームでは、難易度の設定を「イージー」「ノーマル」「ハード」から選べるようになっており、ハードモードの場合は、敵が強くなったり、制約が多くなったりするなど、難易度が跳ね上がるようになっています。
 ゲームの「ハードモード」は、通常のプレイに慣れた熟練者がやりがいを求めて楽しむものですが、人生の「ハードモード」は、これとは少し違います。


 生まれた環境や置かれている状況によって、自分の意思とは関係なく数々の困難が次々と襲いかかってくる。自分では難易度を設定できない理不尽なゲームに放り込まれてしまった状態——。そうした状況のことを「人生ハードモード」と言うのです。

 また、最近では、「ハードモード」に似た概念として、「生きづらさ」という言葉が広く浸透しました。
 例えば、こんなことを日々感じている人はいないでしょうか?


▼人の顔色ばかりうかがってしまい、なかなか自分の意見が言えない。
▼ 親や上司から期待されることを必死にこなしていたら、自分が何をやりたいのかわからなくなっていた。自分の人生を生きている感覚がない。
▼ 人間関係にも恵まれているし、経済的にも不安はないけど、なんとなく毎日虚無感を抱いている。生きている意味を感じられない。
▼自分のことが嫌い。この先にいいことがあるなんて信じられない。


「人生ハードモード」とは、まさにこうした生きづらさの渦中にいる人たちの状況を表す言葉だと思います。 僕のクリニックには、こうした生きづらさを抱えている人が多く訪れます。
 こうした人たちの生きづらさと、そこからの「回復」の過程に触れ合っていく中で、気づいたことがあります。
 それは、生きづらさを抱えた人は、何かしらのコンテンツに傾倒していることが多いということです。
 アニメ、ゲーム、映画、小説、アイドル、コスプレ、BL(ボーイズラブ)、演劇、二次創作——。それらのコンテンツにハマることが、生きるうえでの心の拠り所になっている。言い換えれば、「コンテンツが人を救っている」ということです。

 傷ついた時に、ゲームやアニメのキャラクターの生き様やセリフ、そして自分の心を代弁するような歌詞に救われた経験がある人は多いのではないでしょうか。

「この物語に書かれているのは、私だ」
「この人が感じている痛みは、私と同じものだ」 


 生きづらい現実世界の中で、そうやってコンテンツとのつながりを得ることで、なんとか生き延びてきた人が数多くいます。そのつながりとは、その人とこの世をつなぐ細い糸のようなもの。
 コンテンツがあるおかげで「なんとか明日を楽しみにできる」「なんとかこの世界で生きていられる」と話す患者さんに何人も出会ってきました。

 

 生きづらさを抱える人たちがコンテンツにはまりやすいのは、そうした人たちにとって「安心できる居場所」や「安心できるつながり」が、この社会にあまりないことを表していると思います。

 自分が生きている世界に、居場所やつながりが見つからない時、人はそれを作品の中に求めるのでしょう。

 家や会社、教室などに居場所がなく、最も気楽に行けて時間を潰せるのは、図書室だったという人はいないでしょうか。また、誰にも触れられず、ゲームに没頭している時だけが、安心できる時間だったという人もいるかもしれません。

 実際に生きている他人よりも、ファンタジーの世界を生きるキャラクターのほうがよほど信頼できるという心情は、決して珍しくありません。

 僕自身も、つらかった時に「ドラゴンクエスト」というゲームと、そのキャラクターの言葉に救われた人間の一人です。また、普段からゲームを心から愛するゲーマーでもあります。
「スプラトゥーン2」のプレイ時間は2000時間を超えましたが、幸いなことにまだまだ飽きる気配がありません。「スプラトゥーン甲子園」などのeスポーツの大ファンでもあり、日々その世界観から大いに癒しを得ています。
 
 僕が、世界最大級のコンテンツの街・秋葉原で開業しようと思ったのは、こうした世界観を共有できる人たちの近くにいたいと思ったからです。
 

 そして、この本は「ゲームやアニメは好きだけど、難しい話は少し抵抗感があるな……」という人にも読んでほしい。
 そんな願いを込めて、僕の大好きなゲームになぞらえて『メンタル・クエスト』というタイトルにしました。

 申し遅れましたが、僕は鈴木裕介といいます。メンタルヘルスをライフワークにしている内科医です。今は、秋葉原で小さなクリニックをやっています。
 精神科医ではないのになぜメンタルヘルスが「ライフワーク」かというと、たまたま僕のごく身近にいる大切な友人たちが心を病んでしまうことが多かったからです。

「死んでしまいたい」「消えてしまいたい」
 大切な人たちが発するそんなSOSを受け、これまでできる範囲でサポートをしてきました。医師というより、一人の人間として関わってきたので、「ライフワーク」という感覚に近いのです。使命感とかではなく、必要に駆られてやっていたら、人生のドアが想定外の方向に開いてしまったなあという感覚です。

 身近な人が「死んでしまいたい」「消えてしまいたい」という気持ちを抱えていることを突然知った時、多くの人はきっと困惑するでしょう。それは、医学を学んできたはずの僕も同じです。国家試験で勉強してきたことはあまり役に立ちませんでした。

 何をしたらいいかよくわからない中で、それでも「大切な人に死んでほしくない」と、ジタバタと試行錯誤をしていたら、10年以上経っていました。

 長くやっているとしんどいこともあるものの、それでも続けられている理由として、「大切な人を亡くしてしまった喪失感に、自分なりの意味を持たせたいから」というものがあります。過去に大切な人を亡くした経験があるのですが、その時に抱いた無力感はとても大きなものでした。
 
 でも、今、クリニックで生きづらさを感じている人たちに関わることで、少しずつその経験にも意味があったと感じられるようになりつつあります。「あの時の喪失があったからこそ、今の自分がある」と考えられるようになったことで、昔よりも幾分ラクになりました。
 

 さらに大きな理由として、単純に「人の変化を見るのが好き」というのもあります。絶望的な生きづらさを背負っていた人が、劇的に変化する瞬間というのがあって、その表情が変わる様子を最初に見た時は、鳥肌が立ちました。そういう、ロマンティックな変化の近くにいたいという気持ちがあります。
 僕がメンタルヘルスに関わり続けている理由については、「おわりに」でより率直な気持ちを書いているので、最後に読んでいただけると幸いです。

 この本は、僕が生きづらさを抱えた方々と向き合いながら考えた「ハードモードな人生から抜け出すヒント」をまとめた本になっています。

 そして、タイトル『メンタル・クエスト』を見てもらえばわかる通り、この本ではその方法をゲームのクエスト(冒険)になぞらえて説明しています。
 

 なぜ、「クエスト」なのか。
 それは、「ハードモードな人生からの回復の過程」と「ロールプレイングゲーム(RPG)攻略のプロセス」は似ていると考えているからです。
 RPGで勝つためには、まずなによりも、キャラのタイプや能力、特性を知ることが必要になります。次に、そのキャラが苦手な敵や、陥りやすいトラップを知る。そして、その敵やトラップを撃退・回避するための「技」を磨き、一つずつレベルアップしていく。これが、RPGの基本の攻略プロセスです。

 実は、「人生ハードモード」の攻略法もこれと同じなんです。
 まずは、自分という「キャラ」のタイプ、能力、特性をよく知ること。
次に、自分のようなタイプの行動や思考の傾向(クセ)を知り、自分が陥りやすい不幸のトラップに気づくこと。
 そして、現実世界という実践イベントの中で地道に経験を重ねて、徐々にハードモードを抜け出す方法・スキルを習得し、レベルアップしていく。
 

 これが、人生ハードモード攻略のための基本戦略です。RPGの攻略とよく似ていますよね。
 この本では、現実世界の生きづらさを抜け出すための攻略法を、次のような順番で説明していきます。

 まずStage1では、あなたの人生がハードモードになるメカニズムと、そこからの脱却のキーワードになる「信頼」という言葉について説明していきます。
 
 次にStage2では、自分という「キャラ」のタイプ、能力、特性を理解する際の参考になるように、「生きづらさを感じている人が当てはまりやすい三つのタイプ」を紹介していきます。
 
 続くStage3では、Stage2で説明したようなタイプの人が持ちやすい行動や思考の傾向(クセ)を紹介し、それらのクセが招いてしまいやすい「不幸のパターン」をお伝えします。そして、その不幸のパターンに陥らずに済む方法についても説明していきます。
 
 最後のStage4は、実践編です。生きづらさから抜け出したいと考えている人にとって役に立つだろう考え方を、攻略のための「キーアイテム」として紹介し、また「悟りの書」として、より深い内容が学べる参考資料などを紹介しています。

 この本をヒントにしながら成長の旅を重ねていく中で、あなたの人生が危険な「闇の世界」から、だんだんと「安心な世界」へと変わっていくことを願っています。

 この本の中では、生きづらさからの脱出方法をあえて「攻略法」と表現しました。
 しかし、決して「ラクして人生の困難を乗り越えるための方法」や「裏ルート」を紹介する意図はありません。

 ハードモードな生きづらさを感じている人たちが回復していく過程は、とても地道なプロセスです。ゲームにおいて、時には負傷しながらも、地道に一つずつレベルを上げていく必要があるように、生きづらさからの回復のプロセスも試行錯誤の連続です。この本を読んでも「すぐに」あなたの生きづらさが解消されるわけではないことは、あらかじめお伝えしておきたいと思います。ゲームと同様に、都合のいい裏ルートやバグはそんなにないのです。
 
 でも、生きづらさから抜け出すための試行錯誤の中で、何度も同じところでつまずき、負傷する必要はありません。知っておけば避けられる困難もありますし、そのプロセスを多少ラクにするコツというものは、確かに存在しているのです。
 
 だからこそこの本では、ハードモードな状態にある患者さんから「教えもらったおかげでラクになりました」「もっと早く知りたかったです」と言われることが多い知識や考え方のコツを、なるべく簡潔に、わかりやすく紹介していくつもりです。

 どの方向を目指したらいいかわからない——そんな「生きづらさ」を抱える人へのヒントを詰め込んだ、コンパスのような本になればいいなという想いを込めました。今の事態を好転するきっかけになってくれたら嬉しいです。

 闇の世界に生きる冒険者たちに、どうか光があらんことを。

                          鈴木裕介




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Dr. ゆうすけ
いつも読んでくれてありがとうございます。 文章を読んでもらって、サポートをいただけることは本当に嬉しいです。